177 進んでいた裏工作
特級冒険者に昇格『させる』って、そんな強引な。私まだ大した実績ないはずだけど、ゴリ押しするつもり?
私はそう思ったんだけど、
「幸いと言うか…ユウがこちらに来てから1ヶ月程度しか経っていないというのに、既に色々と不測の事態を起こ…ゴホン、実績を上げていますから、推挙するのはそれほど難しくありません」
難しくないと言いつつ、マグダレナは何やら疲れているように見える。その顔のまま、マグダレナはテーブルの上に複数の封筒を並べた。
「これが私の推薦状と所属支部長であるカルヴィンの推薦状、こちらがギルド本部魔物研究班班長の推薦状。そして、フィオレンティーナ多種族経済共同体の共同代表である妖精族の女王フィオレッタと、ドワーフ族の長、ベニトからの申し添え書。さらに、ユライト王国王太子ライオネルからの申し添え書もあります」
「待って、半分以上知らない人なんですけど!? っていうかギルド長、いつの間に推薦状なんか書いてたの!?」
私が目を見開くと、ギルド長はにやりと笑った。
「お前がこっちに逃げ込んですぐだ。小王国での実績なら、小王国の固有種3種の発見と、半年前の魔物大量発生事件での超大型ゴーレム討伐で十分だからな。討伐は目撃者も多いし、固有種についてはチャーリーの証言もあるから、推薦状を書くのは簡単だ」
簡単と言うが、確かそういうのには裏付け書類も添えて提出しなきゃいけなかったはずだ。
私がユライト王国に来てすぐってことは、小王国側では『ユウが逃げた』ってアレクシスあたりがギャースカ騒いでたんじゃないだろうか。そんな中で先を見据えて面倒な書類をサクッと用意してるとか…ギルド長、いつの間にそんなデキる上司になったんだ…。
私が感動していたら、不意にギルド長が半眼になった。
「お前今、相当失礼なこと考えてるだろ」
「いやそんなまさか。片付けられない男の成長に感動してただけだよ」
「それ! そういうところ!!」
何か文句言ってる。良い上司っぷりが台無しだ。
推薦状を書けるのはギルドの幹部級の人間、もしくは特級冒険者のみ。各国の偉い人たちに推薦状を書く権限はないが、代わりに『申し添え書』という書類で昇格を後押し出来る。それにしたって、書類を書いてくれた人たちのラインナップがおかしい。
フィオレンティーナ多種族経済共同体の代表とかユライト王国の王太子とかはまだ分かる。街道整備に直接関わって来る人たちだから、今後顔を合わせたり話をしたりする機会もあるだろう。
でも…ギルド本部の魔物研究班の班長って、誰?
そう訊いたら、マグダレナはにっこりと笑みを浮かべた。
「ユウ、ハンマーヘッドを倒したでしょう?」
「え? あ、ハイ」
「死体は、私が回収しましたよね」
「そうですね…?」
「あれを本部の魔物研究班に引き渡したところ、班長がいたく感動しまして、その場で推薦状を書き上げてくれました。8割方、ハンマーヘッドの死体がどれほど貴重なのか力説する内容になっていますが」
「推薦状とは」
マグダレナ曰く、ハンマーヘッドは存在こそ有名だが、冒険者による討伐例はほぼ皆無で、死体を解剖出来るのも今回が初めてだったらしい。そりゃあ研究者も目の色変えるかあ…。
「ドワーフにとってはわりと身近で倒し方もよく知られてるらしいですけど、ギルドにとっては貴重だったんですね」
「…ユウ、その話、あとで詳しく聞かせてください」
納得して呟いたら、マグダレナの目がギラついて声がワントーン低くなった。
(…な、何か地雷踏んだ?)
マグダレナが怖い。内心冷や汗を流す私の隣で、ルーンがそっと目を逸らした。
《種族が違えば、常識も違うよな…》
──ま、まあともあれ。
「…コホン。特級冒険者になれば、冒険者ギルドそのものがユウのバックにつきますし、治外法権に近い権力が発生します。襲撃者を返り討ちにしても、牢屋に直行することはないでしょう」
「グロリアス自体、治安の維持やら経済活動やらで冒険者ギルドに依存してる面もあるからな。手も出し難くなるんじゃないか?」
グロリアスは北の『未明の地』の探索を行う冒険者たちの前線基地になっている。単なる冒険者個人には高圧的な態度を取ったり直接的な妨害行為を仕掛けたり出来ても、背後に直接冒険者ギルドが居るとなればギルドとの関係悪化を懸念して手を出さなくなるだろう、というのが2人の見立てだった。強いな冒険者ギルド。
「本来なら推挙から調査検討、答申まで1ヶ月程度掛かるのですが、状況が状況なので諸々省略して手続きを進めました。後は本人の了承があれば正式に決定、事務手続きをもって昇格となります」
「えっ」
てっきりこれからやるのかと思ってたら、提案じゃなくて事後承諾だった。
(いやまあ、元々特級冒険者になるのを目標にしてたわけだけど)
なんだろう、このモヤッと感。『小王国の馬鹿王太子とその取り巻きの要求を蹴るため』って当初の目的がかすれるくらい、目の前の問題がヤバいからか。それとも、頑張った実感もないのにいきなりホイッと渡される感じだからか。
「ユウ、よろしいですか?」
「あ、はい、お願いします」
とりあえず即座に頷いておく。もう手続きは8割方終わってるみたいだし、元々の目標だったわけだし、ここで断る理由はない。モヤッとするけど。
マグダレナはホッとした顔で立ち上がった。
「──では、行きましょうか」
「へ?」
どこに?
私は思わずギルド長に視線を向ける。どういうことだと目線で訴えてみたが、ギルド長も私に負けず劣らず困惑していた。そんな私たちの反応に、マグダレナが補足する。
「特級冒険者への昇格手続きは、本人と所属ギルド長立ち会いのもと、ギルド本部で行います」
「え、それじゃあ『行く』って」
「ええ。──ユライト王国王都へ、です」
「ちょ、ちょっと待ってください! ここから王都へは片道10日は掛かるでしょう! オレは5日くらいで小王国に帰るつもりで」
「ああ、それなら大丈夫ですよ。明日にはこの街に帰って来れます」
「へっ?」
余裕です、と宣うマグダレナに、ギルド長がぽかんと口を開ける。言わんとするところを何となく察して、私はそっと遠い目になった。
直後、バーン!と会議室の扉が開く。
《今日のノルマ終わりや! レーナ、ワインは!?》
「勿論用意してありますよ──王都に」
上機嫌で入って来たポニーサイズのスピリタスは、マグダレナが笑顔で放った台詞にピタッと固まり、私とギルド長とルーンとサラを順に見遣って、その場に崩れ落ちた。
《…どんだけブラックな職場なん…!?》
「でも、嫌いではないのでしょう?」
《足元見よって…!》
くうっ!と歯ぎしりしながらも否定しないところを見るに、図星だろう。スピリタスも難儀な性格だ。
「…スピリタス、お前マグダレナ様に世話になってたのか」
ギルド長がドン引きしつつ呟いた。ルーンの報告にはスピリタスのことは含まれていなかったらしい。
《せやで。まあ相手はレーナやしめっちゃ馬使い荒いんやけど、それなりに楽しくやってるで! 酒も飲めるしな!》
スピリタスがケロッとした態度で立ち上がる。小王国に居た頃より生き生きしてるけど、その理由の大半を『酒』が占めているのは間違いないと思う。見た目『馬』だし、小王国の城じゃあお酒なんて飲ませてもらえなかったって前に愚痴ってたんだよね。
「お前がこっちに来た後、大変だったんだぞ。アレクシスのやつが『ユウがスピリタスを盗んだ』とか言い掛かりつけてきやがって」
《うはー、アホやな。ワイが愛想尽かして出て行ったに決まっとるやん。ワイ、こっち来て正解やったわ》
「でもそれ、大丈夫だったのギルド長? 相手は曲がりなりにも権力者だよね?」
ギルド長は小王国の第3王子だけど、王位継承権も放棄して『元王族』くらいの立ち位置になっている。現役の騎士団長であるアレクシスの方が社会的な立場は上だ。
ちょっと心配になって訊いてみると、ギルド長は胸を張った。
「アレクシス程度でどうにかなるほど、オレたちはヤワじゃねぇよ。サイラスがギルドの外に身体で押し出して、ケットシー連中がヤツを2度洗いした後、城に送り届けて終わりだ」
「どういう状況」
「手は出してないぞ、手は」
にやりと笑う。
身体で押し出したって、アレか。羽交い絞めにして放り出したとかじゃなくて、本当にただ胴体でグイグイ行った感じか。
(…確かにサイラスだったら出来そう…)
ちょっと見てみたかった、と思っていると、ルーンが尻尾を一振りする。
《あの時は状況が状況だったから、ケットシーも大集合してたんだよな。その前であんな見当外れな脅迫するなんて、天下の騎士団長が聞いて呆れるぜ》
…あ、そうか。私が国外脱出した直後だったら、タイミング的にルーンはまだ小王国に居たのか。アレクシスの2度洗いを主導したのって、多分ルーンだな…。
(…もしかして、あの国で一番敵に回しちゃいけない相手って、ケットシーなのかも…)