175 再会はいつものテンションで
翌日、ベニトから人工石英と大理石が、マグダレナからユライト湖畔の泥を乾燥させたものが届いた。
運んで来たのはスピリタスだ。3日前にドワーフの里方面へ駆けて行ったんだけど、今朝大荷物を背負って帰って来て魔蛍石の山がある部屋に石英と大理石を下ろし、そのままロセフラーヴァ方面へ駆け抜けて、昼頃には圧縮バッグいっぱいの乾燥泥を持って帰って来た。
ちなみにその後もドワーフの里とロセフラーヴァをそれぞれ往復して、少しずつ材料を運ぶ手筈になっている。『これが終わったら…ウイスキー…』とか呟きながらドワーフの里方面へ去って行く背中は、ちょっと、いやかなり疲れて見えた。
(まあ精霊馬の面目躍如ってことでひとつ)
普通の馬だったら通るのを躊躇するだろう狭い地下道──というか現時点ではただの穴──でも、スピリタスだったら普通に通れるし、いざという時には空中を駆け抜けるって手段もある。極秘で荷運びするのにはうってつけだ。
あと、スピリタスが材料を運ぶのにはもう一つ理由がある。実はドワーフの里の側からも白い石材の施工を行うらしい。
ドワーフにも地属性魔法に長けた者が何人か居るそうで、ベニトがマグダレナから教わった魔法を伝えたそうだ。まあレナと同じく『材料が揃ってないと無理』って話で、スピリタスが魔蛍石とユライト湖の泥を運ぶことになったんだけど。
残念ながら、ベニトにもマグダレナにも『スピリタスは酒で釣れる』って把握されちゃったから、多分今後も顎で使われることだろう。南無。
ともあれ、向こう側とこちら側、両方から作業することで、工期は相当短縮される。もう貫通はしてるから、どこぞのトンネル工事みたいに両側から掘って行ったら数メートルばかりズレてた、なんてことにもならないだろうし、あとは淡々と作業を進めて行くだけだ。
──そうして、施工を始めてから15日後。
私はマグダレナに呼び出されて、ルーンとサラと共に、冒険者ギルドロセフラーヴァ支部にやって来た。
買い出しで3回ほど街には来てたけど、支部に顔を出すのは久しぶりだ。相変わらず受付ホールは冒険者で賑わい、食堂からはカレーの良い匂いが漂っている。
「こんにちは」
「ああ、ユウさん! お待ちしておりました」
受付に声を掛けたら、若い男性職員がパッと顔を輝かせた。新人研修を受けた時に最初に会った職員だ。あの時とは打って変わって、明るくハキハキした雰囲気になっている。
「2階の会議室へどうぞ。マグダレナ様もすぐにお呼びします」
「分かりました、ありがとうございます」
新人研修の後にも同じようなことがあったなあ──などと感慨に耽りながら、受付横の階段を上がる。
冒険者たちの視線がこっちに集中してる気がするけど、気にしたら負けだ。
2階の廊下には人影がなかった。ちょっとだけホッとしつつ、突き当たりの会議室の扉を開けると──ちょっと予想外の人物が待っていた。
「あれ、ギルド長」
「あれ、じゃねぇ」
小王国支部ギルド長こと、カルヴィン。
しかも何故か、ものすごく疲れた表情を浮かべている。
「え、なに、どうしたの? あっちで何かあった?」
「お前なあ…」
心配になって訊いてみたら、ギルド長の額に青筋が浮かんだ。
あっ、これヤバいやつだ。
悟って私が扉を閉めた直後、ギルド長がくわっと口を開けた。
「『何かあった?』はこっちの台詞だ! 何をどうしたら洞窟探索が国家間の街道整備なんつー一大プロジェクトに発展すんだよ!?」
うわあ、この感じ懐かしい。
それほど時間は経ってないはずなのに、何だかちょっと嬉しくなってしまう。怒鳴られて安心するとか、私疲れてんのかな。
「話を大きくしたのはマグダレナ様だから文句あるならそっちへどーぞ」
「言えるわけあるかあ!!」
とりあえず平静を装って返したら叫ばれた。予想通りの反応だ。
《まあ落ち着けって。事の経緯はちゃんと逐一報告してたろ? サクラから聞いてるよな?》
こっちと情報共有できるように、ルーンの娘のサクラが小王国支部に待機してくれている。ルーンはちゃんとサクラに状況を伝えていたらしい。律儀だな。
小首を傾げるルーンに、ギルド長はやたら深々と頷き、据わった眼で呟いた。
「父がユウさんと無事に合流出来ました。ユウさんは小王国第2王子のエルドレッドっていう人をコテンパンにしてたみたいです。洞窟の奥の方でガーゴイルと水精霊を拾って、ユウさんは水精霊と契約しました。変な振動の原因を調べたらハンマーヘッドだったので倒しました。ハンマーヘッドの通った穴からドワーフが出て来ました。マグダレナ様を現地に呼びました。魔蛍石の合成研究をすることになったみたいです。ハンマーヘッドの通り道を街道にすることになりました」
ものすごく平坦な声で並べ立てた後、思い切り頭を抱える。
「…ツッコミどころがあり過ぎて理解が追い付かねぇよ! 何だよエルドレッドをコテンパンにしたって! あいつこんな所に居やがったのか!?」
「うん、居たよ。すっごい勢いでどこぞの王太子の愚痴言ってた。半分血の繋がった兄弟のわりに全然似てないけど、ギルド長と気が合いそうだよね」
「あーまあ、ヤツは城の中では珍しく正気だったから──じゃなくてだな」
チッ、現実に戻って来るのが早いな。
「まあ百歩譲ってエルドレッドをコテンパンにしたのは良い」
「良いんだ」
《雑だな》
「茶々を入れるな。──問題は街道の整備の方だ」
…じゃあ何でエルドレッドの話を出したんだ。文句言いたかっただけか。
私が疑いの目で見ていると、ギルド長も負けず劣らず凶悪な顔で続けた。
「お前、分かってるか? この西大陸の情勢が一変するぞ」
「グロリアスを経由しないで南北を行き来するルートが出来るから?」
「そうだ。…分かってたのか」
「そりゃあ、ベニト──ドワーフの長が色々言ってたし」
むしろそれがあったから、ハンマーヘッドの作った穴を通路にしてしまえと言い出したわけで。
私が平然と頷いたら、ルーンがちょっと呆れ顔で片耳を倒した。
《多分だけど、ユウが想像してるよりずっと影響の規模がデカいと思うぞ》
「えっ」
道が2本になったよ、行き来が楽になって良かったね!じゃなくて?
《片や大陸の西端、通過するのにやたらカネを取られるルート。片や大陸の中央より東側、通れるサイズに制限はあるが関税は確実に安く済む、しかも地下道だから天候を気にしなくて良いルート。荷運びするならどっちを通る?》
「………あっ」
「…分かってなかったじゃねぇか……」
ルーンに言われて、ようやく理解する。ギルド長が頭を抱えた。
少なくとも私だったら、間違いなく地下道を使う。だって西の端まで行くの面倒だし、通るってだけでお金取られたくないし。…そう考える人は、きっとたくさん居ることだろう。
そうなると、グロリアスを経由する人やモノは激減する。中間マージンで美味しい思いをしてたグロリアスの商人にとっては大打撃だ。
「でもそれでグロリアス経由の物流が減ってもしょうがないよね? 関税とかバカスカ取ってた奴らの自業自得だよ」
《そりゃそうだけどな》
「それで大人しく引き下がると思うか? カネに物言わせて商売敵に物理的な妨害工作仕掛けるような連中だぞ」
指摘されて、ちょっと背中がぞわっとする。
魔物相手ならとりあえずハンマー振り回してれば良いけど、商人相手じゃそうもいかない。
これは…
「すごい面倒事の予感…!」
「いや、もうちょっと危機感持てよ!? 普通に命を狙われてもおかしくないんだぞ!?」
ギルド長に盛大に突っ込まれる。言いたいことは分かるけどさ、もうそれどうしようもないんだよね。
「だってもう主導権はマグダレナ様とベニトに行っちゃってるし。私殺したところで計画は止まらないって言うかむしろそれをネタにグロリアスの商人に圧力掛けるとか平気でやるんじゃない? マグダレナ様なら」
《まあやるだろうな》
「ええ、やりますね」
「うわっ!?」
いきなり予想外の方向から同意されて、私は思わず飛び上がった。
いつの間にか、背後にマグダレナが立っている。固まる私とギルド長をよそに、マグダレナは涼しい顔で奥の席に座った。
「ユウ、貴女も座ってください。その辺りを含めて説明しますので」
「…ハイ」