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171 小王国の白い石材


 ベニトの帰還手段の心配はなくなった。

 後の問題は、『魔物が大量発生している通路をどうやって整備していくか』だ。


「…そんなに魔物が多いとなると、『リスクが高すぎる』とユライト王国側が難色を示すかも知れませんね」


 国と国を繋ぐ道は、安全であることが大前提だ。あの惨状はどう贔屓目に見ても『安全』とは言い難い。


「それなんですけど、マグダレナ様」

「何でしょう」

「小王国の白い石材を使うことは出来ませんか?」


 私の提案に、マグダレナがちょっと目を見開いた。ベニトが首を傾げる。


「白い石材?」

《小王国の首都の建物とか石畳とか、村の防壁に使われてる特別な石材でな、地面から滲み出て来る魔素を遮断する性質があるんだ》

「なんと、そんな物があるのか!」

「…確かにあれなら、魔素を遮断出来ますが…」


 顔を輝かせるベニトに対して、マグダレナは少し難しい顔をしている。


「何か問題があるんですか?」

「地下道全てにあの石材を敷き詰めるとなると、相当な魔力と時間が必要です。床も壁も天井も、全て覆わなければならないでしょう?」

「あっ」

《…そう考えると滅茶苦茶広いな、施工面積》

《すっごく大変な工事になるってこと?》

《労力もやけど、一番は賃金の問題やないか? 魔法使いの労働力、高いでー?》


 スピリタスが指摘する。面白そうな顔してるけど、ちょっと洒落じゃ済まないぞ、それ。

 マグダレナが頬に手を当てて考え始めた。


「…両国間で契約を交わした後でなら、ユライト王国とドワーフ族、双方の地属性魔法使いをいくらでも動員出来ますが…後々ここで魔蛍石の研究を行うことを考えると、施工に関わる人員は出来るだけ少ない方が良いですね…。それに、素材の問題もあります」

「素材の問題?」

「ええ。あの白い石材は、いくつかの鉱石と泥を魔力で混合して作るのですよ。多少素材が足りなくても魔力で補えますが、その場合は消費する魔力量が何倍にも膨れ上がります」

《何倍にも…》


 サラがちょっと引いている。魔法も万能じゃないのだ、残念ながら。


《素材って、何が要るのかしら?》

「泥はユライト湖畔の湿地帯から採れるものを使います。あとは、魔蛍石と石英、それから石灰岩ですね。出来るだけ純度の高いものの方が、耐久力の高い石材を作れます」

「……魔蛍石…」


 みんなの視線が一斉に部屋の一角に向いた。


 山と積まれた魔蛍石は、今もほんのり光っている。ベニトも大興奮する品質だし、魔蛍石はこれを使えば良いんじゃないだろうか。


「…魔蛍石はここにあるもので良さそうですね」

《足りなくなったらレディ・マーブルが作れるもんな》

《ええ、頑張るわ》

「なにっ!?」


 みんなが納得する中、ベニトだけは愕然と目を見開く。


「使うと言うのか!?」

「ええ、使います」

「そんな…ここまで品質の高い魔蛍石は貴重なんじゃぞ!?」

「え、高品質だからこそ使うんじゃないの?」

《だよな》

《せやな》

《地下通路に敷き詰めるんだから、耐久力が高い方が良いものね》

《そうよねぇ》


「…貴重だというのに…!!」


 ベニトがぐわっと頭を抱えた。でも残念ながら、この場にベニトに賛同してくれる相手は居ない。

 マグダレナが笑顔で口を開いた。


「ベニト、お忘れのようですが、ここはユライト王国です。採掘の許可は出しましたが、持ち帰りを許可した覚えはありませんよ」


 悪徳業者みたいなこと言ってるな。


「……はっ!?」

「この場で採れた魔蛍石の使い道は、ユライト王国で決めさせていただきます。よろしいですね?」

「………ハイ」


 ベニトがしおしおと頷いた。


「あとは、石英と石灰岩ですが…」

《石英って、ドワーフが人工合成に成功したとか言ってなかったか?》


 ルーンが首を傾げると、ベニトが思考を切り替えるように頭を振った後、顔を上げる。


「うむ。魔蛍石の人工合成研究の副産物じゃがな。結晶形は多少歪むが、純度は高いぞ」

「なら、それを使うのが良さそうですね。よろしいですか、ベニト?」

「無論じゃ。石灰岩も、大理石で良ければうちの里が鉱山を持っとる」

「それは助かります」


 マグダレナが笑顔で頷く。


 なんで石灰岩が必要なのに大理石が出て来るんだと思ってたら、石灰岩の中でも結晶が見えてて綺麗なのを『大理石』と呼ぶらしい。ややこしいな。


「魔法使いの方は、そうですね…」


 マグダレナは視線を巡らせ、レディ・マーブルに目を留めた。


「レディ・マーブル、やってみる気はありませんか?」

《えっ》

「白い石材の作成は人間の魔法ではありますが、貴女ほどの使い手であれば再現出来るはずです。自分で出来れば、この洞窟に見ず知らずの魔法使いを大量投入せずに済みますよ」


 街に行くのを躊躇したレディ・マーブルの心情と、魔蛍石の人工合成の研究を秘密にしておきたい事情を考慮した提案のように思えるけど──これ、『人件費を抑えたい』って目的もありそうだな…。


《教えてもらえるなら、やってみるわ》


 レディ・マーブルは素直に頷いた。深読みした自分がちょっと汚れてるような気分になる。


 そんな私の心情を知らず、マグダレナは立ち上がって魔蛍石を手に取り、早速レディ・マーブルに魔法を教え始めた。


「まず、見本を見せますね。今は魔蛍石しか素材がありませんから、他は魔力で補います」


 いきなり応用編から入るスタイルらしい。マグダレナが錫杖を掲げると、目の前の地面に複雑な魔法陣が浮かび上がった。


「魔法陣はこんな感じです。この部分が各素材の分解、精製、混合、合成に相当します」

《こっちは?》

「それぞれ、石英と石灰岩、それから泥の成分を魔力で補うための紋様です」

《じゃあ──》


 人間の魔法に関しては素人のはずなのに、レディ・マーブルは次々とマグダレナに質問していく。マグダレナがとても楽しそうなところを見ると、ものすごく的確な質問をしているんだろう。


《……いやいやいや、ちょっとおかしいだろ》


 その証拠に、ルーンがドン引きしてる。


「そんなに変?」

《…予備知識もないのに海図と羅針盤を読んで正確に帆船を操作してる感じって言ったら想像出来るか?》

「ああうん、それは色々おかしいね」

《レディ・マーブル、人間だった頃は魔法使いだったのかしら…》

《かもなあ》


 感心半分、呆れ半分で見守ること暫し。


《…行くわよ!》


 レディ・マーブルが地面に置いた魔蛍石に手を翳すと、魔蛍石は溶けるように広がり、白い板状の石材が出現した。マグダレナがそれを拾い上げ、両面を確認する。


「…出来ていますね。完璧です」

《よ、良かった…》

《おお》

「すごい」

《やったわね、レディ・マーブル》

《ありがと》


 嬉しそうに応じるレディ・マーブルの向こうで、マグダレナは不思議そうに首を傾げている。


「恐ろしく品質が高いようですが…レディ・マーブル、魔法の構築を何か変えましたか?」

《マグダレナのやり方だと、精製の後に全体を混ぜて、それから魔力を入れてたわよね? それを、各素材を精製して魔力を混ぜた後に全体を混ぜ合わせるようにしてみたの。それぞれを魔力に馴染ませてから混合した方が、混ざりやすいんじゃないかと思って》


 あれか。パウンドケーキ焼く時にドライフルーツに小麦粉まぶしてから生地に混ぜるとか、砂糖とバターと卵混ぜてから小麦粉突っ込むとか。順番無視してもできなくはないけど、順番守った方が作りやすいとかそういうやつ。


「それは盲点でした…」


 マグダレナがちょっと目を見開いている。錫杖を掲げて再度魔法陣を出現させると、


「ここを、こう…ですね」


 紋様の一部を書き換える。何が何だか分からないけど、マグダレナは魔法陣の中央に魔蛍石を放り込み、そのまま魔法を使った。


 魔法陣が淡く輝き、レディ・マーブルの時と同じように魔蛍石が溶けて白い石材が現れる。


「──この方が、消費魔力も少なくて済みますね」


 自分が作った石材を手に取って、マグダレナが頷く。そして、心底感心したようにレディ・マーブルを見上げた。


「素晴らしい発想力ですね…レディ・マーブル、他の魔法についても研究する気はありませんか?」

《えっ》


 私は即座に突っ込んだ。



「マグダレナ様、スカウト禁止です」









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