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17 異世界の米

 グレナの家は、ギルドのすぐ近くにあった。

 2ブロックくらいしか離れていない。聞けば、街の入口に近い裏通り沿いは比較的地価も家賃も安いそうだ。


「その代わり、正直治安は良くない。住むなら覚悟が要るね」


 引ったくりなどの軽犯罪が多いのと、外から魔物の襲撃があった時に真っ先に被害に遭うのがこの地区のため、好んで住む者は稀だという。


「グレナ様はその稀な例?」

「私の場合は、ギルドに近い方が便利だったからだよ。昔は緊急の呼び出しなんかもあったからね」


 …今一瞬、ブラック臭がしたような。


 綺麗に片付けられた部屋を横切り、小ぢんまりしたキッチンの収納庫を開けると、みっちみちに詰まった革袋が入っていた。袋自体がデカくて、収納庫を圧迫している。


「米はこの袋だ。丸ごと持って行きな」

「良いんですか?」

「構わないさ。一人暮らしじゃ余らせるだけだからね」


 グレナの息子夫婦は南の村で農家をしているそうで、自分の田畑で採れた作物を定期的に送ってくれるらしい。ただし、現役農家の消費量基準なので、とにかく量が多い。


「今までのギルドじゃ持って行っても腐らせるだけだったろうが、今度からは連中にも差し入れてやろうかね」


 うんそれ、全部私が調理することになりそうだな。…良いけどさ。食費浮くし。


 収納庫から袋を引っ張り出したら、日本で売ってる30キロのデカい米袋くらいのサイズだった。

 それをひょいと持ち上げて思う。──やっぱり私、明らかに筋力上がってるわ。


 以前から25キロくらいまでの物なら一人で運んでたけど、結構ギリギリだった。でも今は、明らかにそれ以上の重さの物を持っているのに『ちょっとずっしりしてるな』くらいの感覚だ。

 大きさの関係上、両手持ちしてるけど…多分片手でも持てる。


(スキル『剛力』…これも召喚特典かねぇ)


 そういうことにしておこう。何か違う気もするけど。


 ちなみに、以前の私みたいに25kgの物体を一人で運ぶのは真面目にやめた方が良い。変な魔法とかあるならともかく、生身だと一歩でも間違えたら普通に腰が死ぬ。


 一人で運ぶ重量物の目安は、成人男性なら体重の40パーセントが上限だって日本の偉い人が言ってた。ちなみに女性の場合は筋肉量が少ないので、さらに0.6掛けしたのが上限値らしい。

 つまり、体重60kgの成人男性なら上限は24キロ、同体重の成人女性だったら上限は14.4キロ。…意外と軽いとか言ってはいけない。


 その理屈で行くと、自分の体重の50パーセント超の重量物を運んでた私はかなりヤバかったってことだ。よく腰壊さなかったな、私。


 …あ、今の情報で私の体重逆算するのは禁止な。禁止。


「流石『剛力』持ちだね。余裕かい」


 グレナが感心している。

 この国は日本じゃないので、業務上の重量物取り扱いの指針なんて無い。

 ついでに私は冒険者なので、労災とかも対象外。…この国に『労災』って概念があるのかどうかも分からんけど。


「このくらいなら、まあ」


 本当は全くもって余裕だが、言葉を濁して予防線を張っておく。

 …今朝から何度か運んでいる不燃ゴミの塊の方がずっと重いとか言ってはいけない。


「ついでにこれも要るかい?」


 グレナが棚の奥から黒っぽい鍋を取り出した。

 …あれ、この質感、まさか…。


「食材がこびりつきにくい特殊加工が施された鍋だ。米を調理するのに良いんだが、私にはデカすぎてね」

「ください」


 私は即答する。


 …こっちの世界にもテフロンとかマーブルコーティングとかに近いものがあるとは。やばい泣きそう。

 焦げ付きって落とすの大変なんだよ…どこぞの阿呆は『鉄とか銅とかの方が健康に良いし熱伝導率もどーのこーの』って講釈垂れてたけど。

 たまーに料理したと思ったら、片付け全部私に押し付けてたくせに。焦げ落としを経験してから言えっての。


 …いかん、また無駄に『剛力』のスイッチが入る。



 気を取り直して米袋を抱え、鍋を持ったグレナと共にギルドに戻る。


 入口付近はまだまだだが、キッチン周辺の廊下や小部屋は見違えるように綺麗になっていた。どうやら私がグレナの家にお邪魔している間も、ケットシーたちは片っ端から洗浄してくれていたらしい。


 キッチンに入ると、火の番をお願いしていたエレノアの他、何故かギルド長とデールとサイラスも居た。


「あっ、ユウさん!」


 エレノアが泣きそうな顔でこちらを見る。


「助けてください! ギルド長たちが『味見させろ』って…」

「げっ、ユウ!?」


 振り返ったギルド長たちがあからさまに顔を引きつらせた。



「よーし野郎ども、今ここで一口味見して昼食を抜くか、今すぐ掃除に戻って片付けた後に昼食にありつくか、好きな方を選べ」


『掃除に戻ります!!』



 ギルド長たちの声が揃った。

 ドタバタと出て行く男連中を見送った後、私はカウンターに米袋を置く。


「ユウさん、それ…お米ですか?」

「うん。グレナさんに貰った」

「余り物だがね」


 グレナが横に例の鍋を置いてくれたので、早速米袋を開ける。


 おおっ、分づき米だ。白米とまではいかないけど、玄米よりぬかが落ちてて食べやすいやつ。

 精米するの面倒だから、今日はこのまま炊いてしまおう。量は…勘で良いか。


 さっき洗ったマグカップでとりあえず10杯、米を鍋に入れて行く。つまみ食いしようとするほど空腹の男たちがどれだけ食べるか分からんし、余ったら夕飯として私が食べれば良いし。


 キッチンの中には砂糖醤油と肉の脂のたまらん匂いが充満している。

 そういえば、ケットシーたちは覗きに来ていないんだろうか。

 米を洗いながらそう思ったら、入口の方から気合の入った声がした。



《よーし、室内はここで最後だぞー!》

《応!》

《にくー!!》



 ばしゃんではなく、ドシン、と重量感のある音がして、床がちょっと揺れた。

 …溢れ出る食欲を仕事へのモチベーションにしたっぽいな。人間よりよっぽど自制が利いてる。


 さて、水の量は…白米より多め、玄米より少なめ。米を炊くのに炊飯器を使わないのは久しぶりなので、これも勘だ。

 よし、吸水スタンバイ。


「この米袋ってどこに置いとけば良いかな?」

「変なところに置くんじゃないよ、虫が湧くからね」


 あ、こっちの世界にもやっぱり居るんですね、お米サイズの蛹作る羽虫。


「汚染されたら部屋ごと全部丸洗いだし、万一口に入れたら一大事だ。気を付けるんだよ」

「待ってそれ私の知ってる米の害虫と違う」

「おや、違うのかい」


 グレナが面白そうにこちらを見た。


「こっちで米につく害虫と言えば、『ヒイロコガシ』って毒虫なんだが」


 『緋色焦がし』。もう名前からしてヤバいその虫は、身体の関節から常に毒を分泌している小さな甲虫なのだそうだ。


 温度と湿度の条件が揃わなければ生きていられないので遭遇率は低いが、条件に合った場所に米があれば大繁殖し、周囲一帯を毒まみれにする。

 素肌に触れれば火傷のような水ぶくれが出来て猛烈な痛みと痒みに襲われ、口に入れたら口から喉、そして内臓をやられてのたうち回ることになるらしい。


 …日本にも居たなあ、そういうやつ。確か通称『やけど虫』だっけ。こっちじゃアレよりもっとえげつないのが米袋の中で大繁殖するのか…。


(絶対遭遇したくないな…)


 保管場所は慎重に決めなければ。


「そんなに心配するこたぁないさ。ここはデカい保冷庫があるだろう? そこに入れときゃ間違いない」

「あ、それで良いんですね」

「後は、都度使う分だけ出して、なるべく早く調理して早く食べ切ることだ。特に()()()()()()()はね」


「え、まさか炊いた米にもつくんですか…?」

「むしろそっちの方が好みらしい」

「うげっ」


 ご飯の常温保存、ダメ、ゼッタイ。




ちなみに重量物運搬の目安はわりとマジです。説明簡略化してますが…。

…腰痛には気を付けましょうね…!

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