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170 行きはよいよい、帰りは?


 これ以上行くと戻るのが大変だからと、私たちは小川のところで調査を切り上げ、マグダレナとベニトのところまで戻って来た。


「戻りましたー」

「おう、帰ったか!」

「お疲れさまです、みなさん」


 マグダレナたちは一通り打ち合わせが終わったらしく、石のテーブルで優雅にお茶を飲んでいる。冒険者が使うような木とか金属のコップじゃなくて、ちゃんとしたティーカップとソーサーだ。…もしかしてマグダレナ、ティーセットも圧縮バッグに入れて持ち歩いてんのかな…。


「道の状態はいかがでしたか?」

「行けたのは途中までなんで、そこまでの話ですけど…人が通れるくらいの空間はありました。レディ・マーブルくらいの身長でもギリギリ通れます。ただ、こっちの洞窟と比べて歩きにくいし亀裂とか穴も多いんで、整備必須です。大きな亀裂と穴は、レディ・マーブルが塞いでくれました」

「途中というと、どの辺りじゃ?」

「ええと…地下水っぽい小川が流れてる、ちょっと広い空間なんだけど…」

《こっちから一番近い地下水脈のところだ》


 私の説明にルーンが補足してくれる。


 私たちが確認した道中、小川が流れていたのはあの1ヶ所だけだ。ベニトはすぐに合点がいったように頷いた。


「あそこか。全行程の1割といったところじゃの」

《あれで1割…》


 意外と移動距離自体は短かったらしい。サラがげっそりと溜息をつく。


 全体の1割であの魔物の数。どこもかしこもあんな状態だとは思いたくないけど、それなりに覚悟しといた方が良いんだろうか。

 思わず微妙な表情でルーンたちと顔を見合わせていたら、マグダレナが首を傾げた。


「何かあったのですか?」

「…滅茶苦茶魔物が多かったんです」

《ええ…びっくりしたわ》

《蜘蛛っぽい魔物にネズミの化け物に何かよく分からない甲殻類っぽい何かに素早く動く楕円形の黒光りする虫の大型版に…》


 サラの目が昏い。


《小王国の魔物大量発生には負けるけどな》

《まあアレに比べたら、今回のはお遊びみたいなモンやな》


 現場ではげっそりしてた割に、平然と軽口叩いてるのはルーンとスピリタスだ。確かに、魔物の種類も数も大きさも小王国のあの事件よりマシだったけど…比較対象がおかしいって突っ込み入れるべきかな。


「…ベニト、貴方がハンマーヘッドを追っていた時は、魔物に遭遇しましたか?」

「いんや、ハンマーヘッドに好き好んで近付こうとする魔物は居らんでの。平和なもんじゃった」

《地下水脈を境に、若干だが魔素濃度が上がってたぞ。あの辺、何かあるんじゃないか?》

「ふぅむ…?」


 ルーンの指摘に、ベニトはテーブルの上に視線を落とした。そこには大きな地図が広げられている。


 地図と言っても地形を表すぐにゃぐにゃした線が細かく描かれてるようなやつじゃなくて、すごくざっくりしたイラストっぽいやつだ。上の方に『ユライト湖』とでかでかと書かれた水色の塗り潰しがあるので、多分ユライト王国とその周辺の地図だろう。こういう単純なやつなら私も分かる。


 右上の方、ユライト湖の東岸にぽつりと『小王国』と書かれているのが見えた。…こうして見るとホントにあの国小さいな…。


「…あの辺りは…」


 無骨な指が、地図の右下の方を辿る。


 ロセフラーヴァ大洞窟と書かれた地点から南西方向に向かうと、ユライト山脈にぶつかった。うむ、とベニトが頷く。


「恐らく、ユライト山脈の地下を流れる魔素がハンマーヘッドの掘った穴に流入したんじゃろ。こっちまで溢れておらんのは、地下水脈のお陰じゃろうな」

「地下水脈があると魔素が止まるの?」

「止まると言うより、水の流れに引っ張られてそちらに流れて行くんじゃよ。もっとも、そうやって食い止められるのはほんの少しじゃがな」


 元々、このロセフラーヴァ大洞窟も奥の方は比較的魔素濃度が高い。それでも、魔物が大量発生するほどじゃなかった。その『ほんの少し』の差が魔物の発生量の違いに直結するわけだ。あの場所に地下水脈があって良かったと思うべきか…


(…ん?)


 そこまで考えて、ちょっと嫌な事実に気付く。


「…ユライト山脈から魔素が流入してるなら…あの小川から向こう側全部、魔物がわんさか湧いてる可能性があるってこと?」

「……ぬ」


 ベニトの顔がぴしりと凍った。ドヤ顔で解説してたのに気付いてなかったのか。

 マグダレナが少しだけ眉を寄せて頬に手を当てる。


「地下水脈を越えた途端にその状態なら、可能性は高いでしょう。ベニト、帰りは苦労することになりそうですね」

「他人事のように言うでない! 何とかならんのか!?」


 なるほど、この状況で一番ヤバいのは、あの道を通ってドワーフたちの領域まで帰らなきゃいけないベニトだ。

 私は速やかに笑顔で片手を挙げた。


「国境侵犯になるから、私らは同行出来ないね。頑張れ、ベニト」

《すばしっこいヤツが多かったから気を付けろよ》

《天井から蜘蛛も降って来るわよ》

《大変ねえ》

《骨は拾ったるでー。残ってたらやけどな!》


 ルーンたちも即座に笑顔で追随する。うむ、息が合ってるな。


 実際、勝手に国境を越えたベニトがこっそり帰るだけならまだしも、私たちまで一緒に行ったら今度はこっちが犯罪者になってしまう。ベニトは焦った表情で立ち上がった。


「護衛くらい付けてくれても良いじゃろ! 冒険者なら国境を越えるのも問題ないはずじゃ!」

「それは通常通りに関所を通ればの話です。現状、ここは違法ルートですから。私の目の前でユウたちに犯罪行為を要求しないでください」


 マグダレナがぴしゃりと言うと、ベニトは周囲に視線を走らせ──スピリタスに目を留めた。


「…なら、スピリタス! 協力してくれ!」

《へ?》

「お主の脚なら、魔物を置き去りにして逃げられるじゃろ! それに精霊馬に国境は関係ないはずじゃ! 頼む!」

《ええ……ワイ、乗せるならエエ感じに年重ねた淑女とか若くてキレーなねーちゃんの方がエエんやけど。むっさいオッサン乗せてもなあ…》


 相変わらずブレないな。


 まあ、ベニトの言いたいことも分かる。スピリタスは現状、マグダレナに顎で使わ──ゲフン、マグダレナの庇護下に入ってるような感じだけど、別に国のルールに則って契約を交わしてるわけじゃない。人間のルールには縛られないはずだ。

 色々と大急ぎで準備を進めなきゃならないし、スピリタスの脚を頼るのは間違いじゃないと思う。


 問題は当のスピリタスが嫌がってるってことだけど…


「ドワーフ謹製の火酒を出そう!」


 ベニトが言った途端、スピリタスがぴくっと耳を立てた。ベニトはさらに畳み掛ける。


「今回だけではないぞ! 今後わしの頼みを引き受けてくれるなら、毎回その時期に一番美味い酒を飲ませてやる! 『酒飲み族』の異名を持つわしらの酒、興味あるじゃろ!?」

《む、むむむむ…》


 スピリタスが真剣な顔で悩み始めた。…そういえばスピリタス、小王国の魔物大量発生事件の打ち上げでタライに並々注いだビールをがぶ飲みしてたっけ…。


 火酒という単語に反応しているところを見るに、ビールだけじゃなくて他の酒も好きらしい。となると──


《──…分かった! 引き受けちゃる!》

「本当か!」


 ぱあっと顔を輝かせるベニトに、スピリタスはずいっと鼻面を近付けた。両耳をピンと立てて、キリッとした顔になる。



《その代わり、酒は1回につき1瓶以上! つまみも付けるんやで!》



 …いやそれ、ただの飲兵衛の台詞…。









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