169 魔石
みんなが注目する中、死骸の一部が灰色に変わる。
そこからの変化は速かった。
次々に死骸が色を失い、その後灰色や黒褐色、赤銅色といった様々な石に変化していく。形はそのままなのにはっきり石と分かる質感に変わっていくのが面白い。
変わった後の石の種類も様々だ。一部の死骸は脆い石に変化したらしく、青灰色になった後、すぐに崩れて地面に落ちた。
そうして全ての死骸が変化すると、レディ・マーブルは手を下ろした。
《…どうかしら?》
ルーンが死骸だったものを一通り検分して、深く頷く。
《大丈夫だ。全部ちゃんと石になってる》
《…よかった》
「あっという間だったね」
《すごいわ、レディ・マーブル》
《滅茶苦茶便利やな》
口々に称賛されて、レディ・マーブルは恥ずかしそうに微笑んだ。
《お役に立てて良かったわ》
はにかむ感じが可愛い。
「…あれ?」
石の山の中から適当な破片を手に取ると、指先に何かツルンとした硬いものが触れた。
ひっくり返してみたら、石に透明感のある薄紅色の球体が嵌まっている。
「…なにこれ?」
《うん?》
みんなに見えるように、石を地面に置く。薄紅色の球体を見た途端、ルーンは軽く目を見張った。
《魔物の魔石じゃないか。…結構デカいな…》
「魔物の魔石って…たまに魔物の体内で自然に出来るっていう、アレ?」
《そう、それ》
魔石には2種類ある。
一つは、地下を流れる魔素が何かの拍子に結晶化したもの。これは普通の鉱石みたいに、鉱山で採掘される。魔法道具の材料やエネルギー源として利用されることが多い。
もう一つが、魔物の体内で形成されるもの。魔素を大量に取り込んでかつそれを溜め込む性質がある魔物の場合、溜めに溜めた魔素が体の中で結晶化することがある。
鉱石としての魔石と違って溜め込んだ魔力にクセがあり沢山採れるものでもないので、魔法道具には使わないけど、それだけを集めるコレクターが居るとか何とか。
目の前にある魔石は、多分野球のボールくらいの大きさだ。石──魔物の死骸にガッツリ嵌まり込んでいて全体像は分からないけど、見えている部分はまるで磨いてあるみたいに艶々している。
「レディ・マーブル、この魔石だけ綺麗に取り外せたりする?」
《やってみるわ》
レディ・マーブルが手を翳すと、周囲の石だけが砕けて薄紅色の魔石が地面に転がった。
《おお、取れよった!》
《キレイね》
「うわあ…」
予想通り野球ボールくらいの大きさの、表面ピカピカの球体。びっくりするほど歪みがない綺麗な真ん丸だ。ベースは透明感の高い薄紅色で、真ん中に向かうにつれて紅色が濃くなっている。ルビーとかガーネットとか、普通の宝石とも全然違う。
「…すごい…何か、石なんだけど生きてるみたい…」
手に持ったら、ほんのり温かく感じた。中央の色の濃い部分が、規則的に明滅しているように見える。
…一瞬、『色がもうちょっと黄色っぽくて表面に星マークついてたら某世界的人気漫画のアレ』とか思っちゃったけど、その連想は全力で頭の中から消し去っておく。
これは魔物由来の魔石。間違っても7個集めたら龍を呼び出せるアレじゃないぞー。
《魔物の魔石の特徴だな。これは火属性が強いみたいだ》
ルーン曰く、魔物の魔石は体内から取り出されると少しずつ周囲に魔素を放出するので、その魔素の属性によってそれぞれ異なった現象を起こすらしい。
と言っても、魔法とは違って派手な変化ではない。火属性が強かったらほんのり温かく感じて、水属性が強かったら魔石の表面が常に濡れている。そんなささやかな現象だ。魔物の魔石のコレクターは、そういう現象に萌えるらしい。
…うん、よく分からん。
(カイロ代わりにするにしても、温度が微妙過ぎるしなあ…)
この分だと、水属性が強い魔石の『表面が常に濡れてる』っていうのも、本当にただ濡れているだけで飲み水に使えるほどじゃないんだろう。
《ちなみに、魔素を放出し切ると白く濁って最終的にはボロボロに崩壊するぞ》
「え? 魔力の再充填とか出来ないの!?」
《出来ない。──多分ユウが想像してるのは、魔法道具の魔力源に使う魔石だろ? あれは繰り返し魔力を充填出来るように特殊加工した後の魔石だからな。鉱脈から採れる魔石も魔物から採れる魔石も、本来なら魔素を放出し切ったら崩れるんだ》
『魔石』と一括りにしてるけど、厳密には魔法道具に電池みたいなノリで使う魔石は別物らしい。
ちなみに、繰り返し使用の特殊加工が出来るのは鉱脈由来の高品質な魔石だけ。鉱脈由来の魔石なら魔素の自然放出はあまり起こらないが、魔物由来の魔石は魔物の体内から取り出された時点で魔素を垂れ流し始め、崩壊へのカウントダウンが問答無用で始まるそうだ。
「なにそれ。じゃあ大金注ぎ込んで魔物の魔石を集めても、時間が経ったら崩れてなくなっちゃうってこと? それってコレクターが収集する意味あるの?」
《知り合いは、その時その瞬間に出会えたものにこそ意味がある…とか言ってた気がするな》
…ロマンに実用性を求めちゃいけないってことか。
あと、時間経過で崩壊するから保管場所が一杯になることはないね…崩れた後の魔石も後生大事に保管してたら分らんけども…。
その時点で、私は魔石コレクターに対する理解を放棄した。
良いんだ。私にとって大事なのはコレクターの心理じゃない。そのコレクターの需要のお陰で、この魔石には価値がつくって事実の方だ。
「…まあとりあえず、これは持って帰ろうか。確か、高く売れるんだよね」
《これだけの大きさは珍しいし、形も綺麗だからな。結構な値が付くんじゃないか?》
ルーンのお墨付きを貰って、いそいそと魔石を圧縮バッグに仕舞う。
魔物の魔石の買い取り金額の目安はギルドの規約に書いてあったけど、含まれる魔素の属性と量、色合い、透明感、サイズと形状によって金額が大きく変わるので、現時点ではいくらになるか分からない。でも、ちょっとだけ期待しておこう。
その後、石化した魔物の死骸を手分けして漁ってみたら、さらに2つ、魔石が見付かった。ビー玉くらいのちょっと扁平な緋色の魔石と、小さめのサイコロみたいな立方体の水色の魔石。その2つも、レディ・マーブルに取り出してもらう。
《はい、取れたわよ》
「ありがと、レディ・マーブル」
《上手いもんやな》
《これもすっごいキレイね…》
私の手のひらの上、3つの魔石がルーンの明かり魔法でキラキラと輝く。
《レディ・マーブルが石化の魔法を使えて良かったな》
「ん? ……あっ」
ルーンがしみじみと言うのを聞いて、ようやく気付いた。
…冷静に考えたらコレ、元の状態だと魔物の体内に埋まってたわけで…魔物の死骸を丁寧に切り分けて血みどろスプラッターを拡大させつつ探さないといけなかったハズなんだよね。こう、肉とか内臓とか甲殻っぽいのとか謎の繊維とか漁って。
(…ちょっと、だいぶ…)
ユライトウルフの皮を剥ぐのとかで慣れたつもりだったけど、想像したらかなり嫌だわ、それ。変にリアルに想像できるから余計に。
…もしかしたら、そういう理由もあって魔物の魔石は希少だと言われてるのかも知れない。こんな小さい石、血だまりの中にあったら見逃しそうだし…。
「……ホント、レディ・マーブルが死骸を石化してくれて良かったよ…」
私は深く深く頷いた。




