168 街道整備の下準備
新しく出来た穴だから魔物も少ない、という期待は儚く消えた。
《そっち行ったぞ!》
《うっわちょい待ち!》
「させるか!」
《レディ・マーブル、上!》
《えっ…やだ何これ!?》
天井から落ちて来た馬鹿デカい蜘蛛に、レディ・マーブルが悲鳴を上げる。
悲鳴ついでに振り上げた腕で蜘蛛の頭を見事に粉砕してるから、危険はないんだけど…何だあの破壊力…。
《…ユウのウォーハンマーにはちょっと負けるか》
「ルーン、何を比較してるの」
突っ込みつつ、暗がりから飛んで来た4枚羽根のコウモリを叩き潰す。
さっきまでは散発的にちょっと大きいコウモリとかゴキ…Gの親戚(サイズ当社比20倍)みたいなのが襲って来るだけだったから、メイスでちょいちょいとぶん殴るだけでよかった。道が狭かったから、小回りが利く武器が大活躍だ。
でも、少し広い空間に出て、ちょっとした小川みたいな地下水脈を越えた途端、様子が変わった。
コウモリは何か大きさとか外見とかバリエーション豊かになったし、虫っぽいのとか動物っぽいのとかもわらわら集まって来る。
多少広いから武器をウォーハンマーに変えて片っ端から叩き潰してるんだけど、奥──推定ドワーフの里方面からどんどんやって来るのだ。
ルーン曰く、そっち方面は魔素濃度が少し高くて魔物が発生しやすくなってる、らしい。
「ルーン、魔素濃度って下げられないの!?」
《無茶言うな!》
中型犬くらいのネズミ…ネズミかなこれ…とにかくそれっぽい魔物をフルスイングで吹き飛ばしながら叫んだら、ルーンの返事はまあ素っ気ないものだった。
…分かってたけどさ。ちょっとくらい希望を持たせてくれても良いじゃない…。
《とりあえず今出て来てる魔物を片付けるしかない! 今後魔物が出るのが困るなら、道を拡張し終わったところから小王国の白い石材でも敷き詰めれば良いだろ!》
風の刃でコウモリの羽根をもいで墜落させながら、ルーンが付け足した。
「その手があった!」
流石はルーン、良いこと言う。
小王国の首都アルバトリアの石畳や建物、農村の周囲を囲む壁は、魔素を通しにくい特殊な石材で作られている。魔物大量発生事件の時も、首都の中で出現する魔物は外より格段に少なかった。
どうせあの白い石材もマグダレナが一枚噛んでるだろうし、後で聞いてみよう。
…と、いうわけで…
目下の目標は魔物の殲滅。
さっさと片付けてやろうじゃないか。
「ルーン、ちょっと派手に行くよ!」
《げっ…みんな下がれー!》
──そんなこんなで。
《………お、終わった…?》
《そーだな……》
「…みんな、生きてる?」
《…ええ……多分……》
《何とかなるもんやな…》
襲って来た魔物を片っ端から地面に沈めた結果、地下水脈のほとりのちょっとした広場は、ちょっと正視し難い光景へと様変わりした。
まあスプラッターなのはいつもの事だけど、横の小川のせいで何か賽の河原っぽい雰囲気になってる。いや、賽の河原は見たことないし、実際にあったとしても、もうちょっとマトモな見た目してると思うけど。
…この有象無象の破片、全部集めて焼くか埋めるかして片付けなきゃいけないんだよね…。
「……魔物討伐って、こんな面倒臭いモンだったっけ」
《小王国とは勝手が違うんだから仕方ないだろ》
デカい昆虫の羽根っぽい何かを拾い上げながら私が呻くと、ルーンが浮遊魔法でネズミっぽい物体を浮かせながら応じた。
《むしろ、小王国以外じゃこれが普通なんだからな》
ものすごく嫌そうな顔で言うあたり、説得力が少々…。
小王国、意外と楽だったんだなあ…魔物自体はこっちより圧倒的に強いけど…。
まあともあれ、みんなで手分けして魔物の残骸を1ヶ所に集める。さて処理しよう、となったところで問題が発生した。
「…ここで火魔法使ったら、窒息しない?」
《あっ》
《…せやな》
そもそも呼吸を必要としないレディ・マーブルはともかく、他の面子は酸欠になるんじゃないだろうか。
《じゃあ埋める……いや、岩の中に埋めても意味なさそうだな…》
「洞窟の中だと、普通どうやって処理してるの?」
困った時のルーン頼み。訊いてみたら、ルーンは片耳を倒した。
《獲物としてそのまま持ち帰るか、風通しの良い所まで持って行って焼くか、あとは地下水脈に流すか…》
呟きつつ、小川に目を向ける。
《下流がどこに繋がってるか分からないのに流して良いの?》
《そこまで考えないのが冒険者やで》
《あらやだ、短絡的》
サラとレディ・マーブルがちょっと顔を顰める。
「地下水脈に流すのはナシかな…」
流すのも状況によっては有りだと思うけど、今回は水量に対して死骸が多すぎる。どこかに引っ掛かって水か詰まったりしたらこっちに溢れて来る可能性もあるし、他の手段を考えた方が良さそうだ。
とはいえ、
「…持って行くのも面倒だよね…」
《普通は討伐証明を兼ねて持ち帰るんだぞ》
「全部ごちゃ混ぜになっちゃってるのに?」
《……》
指摘したら、ルーンがそっと目を逸らした。
討伐証明部位がどこかなんて一切考えずに倒しまくったし、どんな魔物が何体居たかなんて把握してない。実際、目の前にあるのは『死骸』と言うより『残骸』と表現した方が良さそうな物体の山だ。
これを獲物として持って帰ったら、ギルド職員が『何が何体いるかなんて分かるかー!』って発狂するんじゃないだろうか。
《じゃあ、洞窟の入口まで持って行って燃やす?》
《その前に、この面子で火力高めの火魔法使えるヤツ、居るか?》
スピリタスのツッコミに、一同、顔を見合わせて沈黙。
私はそもそも魔法を使えないし、手持ちの道具を考慮に入れても用意出来るのは火種くらいだ。スピリタスは風魔法と水魔法、サラは水属性特化型でレディ・マーブルは地属性特化型。頼みの綱のルーンは、火魔法も使えるけど火力はそれほど高くない。
「確かレナは火魔法使えるんだよね…。あとヘンドリックは火の魔剣持ってる。火力は低めらしいけど」
《それか、最終兵器のマグダレナだな》
最終兵器とはこれいかに。
首を捻っていると、レディ・マーブルがおずおずと手を挙げた。
《…あの、石化っていう手はどうかしら?》
「石化?」
《ええ。私の魔法で石化させて砕いちゃえば、嵩も減るし腐ることもなくなるわよね?》
《そんな魔法使えるのか》
《使えるわ。ほとんど使ったことないけど》
石化と言っても元の世界の神話に出て来る『メデューサ』みたいに生きてるものを石に変化させるんじゃなくて、切り倒された木とか魔物の死骸とか土とか、そういうものに対して使える魔法らしい。そりゃあ逆に使いどころがないわ。
しかし、今の状況にはうってつけだ。
《それなら丁度いいな》
「うん。レディ・マーブル、お願いできる?」
《ええ、任せて頂戴》
ルーンと私が頷くと、レディ・マーブルはどこか安堵した顔で死骸の山に手を翳した。
《…じゃあ、いくわよ》




