166 レディ・マーブルの選択
ドワーフの事情を理解した後は、マグダレナ、つまりユライト王国側の事情を聞く。
「ユライト王国は農業大国──農産物や畜産物の生産が盛んな国です。逆に言うと、それ以外にそれほど強みはありません」
魔蛍石は、この大陸ではドワーフの保有する鉱山でしか採れない貴重品だ。大国ではあるけど鉱産資源をほぼ全て輸入に頼っているユライト王国にとって、『魔蛍石が自国で合成出来るかも』というのは、国家プロジェクトになり得る重大事実なんだそうだ。
「地属性の魔法が関わっている以上、外部顧問魔法使いである私が研究を主導出来ます。レディ・マーブルに決して不利益がないよう取り計らいましょう」
自信満々だが、
「わしだってドワーフの里の長じゃぞ。ユライト王国は大きい国じゃが、それ故に人間同士の軋轢も多い。レディ・マーブルを完璧に守れるとは思えん」
「そちらだって同じでしょう。鉱脈探索を理由に頻繁に里を抜け出しているのはどなたです?」
「お主こそ、肩書きが多すぎて首が回らなくなっておるんじゃろ? 研究に関わる暇があるとは思えんが」
ふふふふふ、と、圧の強い笑顔で再び刺々しい言葉の応酬をする重鎮2人。
私はパンと手を打った。
「2人とも、そこまで。当事者ビビらせてどうすんの」
「むっ」
「…すみません」
とても居心地悪そうにしているレディ・マーブルを見て、2人が険を引っ込めた。
笑顔なのに怖いって、下手な怒鳴り合いより困るよね。止めていいのか分からないこともあるし。
「どっちを選んでもレディ・マーブルが守ってもらえるのは分かった。…で、レディ・マーブルは現時点ではどう思ってる?」
《えっ!?》
話を振ったら、レディ・マーブルは目を見開いた。
《私がどう思ってるかって…》
「あ、どっちか選べって話じゃないよ。別にどっちも選ばないで今まで通りここで暮らすのでも良いし、どっか静かに暮らせるような場所に行くのでも良いし、『保留!』って言って何十年か結論先延ばしにしても良いし、適当にどれか選んどいて後で『気が変わった』って言っても良いし」
他の選択肢を挙げたら、ルーンが首をひねった。
《いや、良いのかそれ》
「良いんだよ。最終的に、決めるのはレディ・マーブルだからね。魔蛍石が魔法で作れるって分かった以上、ベニトもマグダレナ様も、最悪レディ・マーブルが協力しなくても何とかするでしょ。どっちも本気みたいだし」
ねっ、と同意を求めたら、ベニトとマグダレナが苦笑いした。多分図星だ。
レディ・マーブルが居た方が研究の進みが速いのは確実だから囲い込もうとしてるだけで、どうしても絶対にレディ・マーブルを協力させたいってわけじゃない。
だからレディ・マーブルも、他人の都合は一旦置いといて、自分がどうしたいかを優先すればいい。
そう説明すると、レディ・マーブルは困惑気味の表面で周囲を見渡し、やがておずおずと呟いた。
《…私は、出来ればここに居たいわ。人と交流は持ちたかったけど、いきなり街に行くのはちょっと…》
「ドワーフの里ならそんなに人数は居らんし、皆も受け入れるのは早いと思うぞ」
「ベニトはちょっと黙ってて」
「…おう」
ベニトが口を挟んで来たので、スパッと言っておく。放っておいたら話が進まない。
「ごめんね。続けて」
《え、ええ…。その、魔蛍石の合成に関わりたくないわけじゃないの。私でも役に立てるんだったら、協力したいとは思ってるのよ》
「ここはユライト王国領ですから、ドワーフではなくこちらの領分ですね」
「マグダレナ様」
「…すみません、先走りました」
マグダレナがしゅんと肩を落とす。見た目美少女だけど、私はその手には乗らないぞ。
《…ユウが無双し始めた…》
《たまにやるのよね…》
ルーンとサラが何か言ってる。放っておこう。
…さて…
「街に行くのは怖いけど研究には協力したいなら、選択肢は一つだね」
《え?》
キョトンとするみんなの前で、私は腰に手を当てた。
「ここで、研究する。レディ・マーブルが街に行くんじゃなくて、研究に参加したい人がここに来れば良い」
その提案に──
《…そんなこと出来るの?》
《またけったいなこと言い出しよったな》
「…いえ、有りですね」
サラとスピリタスが首を捻る横で、マグダレナが考える表情になる。
「ここでなら、魔蛍石の合成は確実に行えるでしょう。魔素濃度、岩石の種類、温度湿度に特殊な魔法…どれが魔蛍石の合成に必要な要素なのか分からない以上、再現実験が出来る場所で研究を行う方が効率が良い…そういうことですね?」
「そんな感じです」
確信を持ったマグダレナの言葉に頷いておく。
…本当は『やりたいっつーなら呼び付けるんじゃなくてやりたい奴が自分で動け』ってニュアンスだったんだけど…都合の良い方向に解釈してくれたみたいだから黙っていよう。
結構居るよね。他人を呼び出すだけ呼び出して、アイデアとか文句とか口から垂れ流して自分からは絶対動かない、足に根っこでも生えてんの?って突っ込みたくなるようなヤツ。
そういう奴に限って、いざこっちが動き出すとどこからともなく寄って来て余計なことだけして作業の邪魔になるんだけどさ。
(…いかん、発作が)
思考が変な方向に流れそうになるのを、深呼吸して食い止める。
真剣に考え始めるマグダレナに対して、ベニトはあからさまに肩を落としていた。
「…ここでやるのか…わしらは手が出せんのう…」
「え、なんで? 参加したいなら来ればいいのに」
私が首を傾げると、ベニトは溜息をつく。
「わしらはユライト山脈の南側に居るからの。公的にユライト王国へ来るならば、西に大回りしてグロリアスを経由せねばならん。…が、あそこは色々と面倒なんじゃよ」
ユライト山脈が大陸のほぼ中央を南北に分断しているため、北と南を行き来できるルートは限られている。
まず、東側は海岸線までユライト山脈があって、陸路で北側に来るのは難しい。海路なら行けなくはないけど、フィオレンティーナ多種族経済共同体の東岸には港が無い。
…何でかって?
東側の海岸線沿いはリザードマンと人魚の居住地で、彼らにとっては船なんか使うより自分で泳いだ方が速いから…。
そもそもヒューマン以外の種族は、『船で海を渡る』なんて基本的にしないらしいんだけど。
そんな感じで東側にはまともな移動手段が無いので、南と北との交易は、全面的に西側で行われている。
その拠点となるのが、『自由国家グロリアス』だ。『商人の国』、『文化の集積地』とも言われている。
…と言えば聞こえは良いけど…要するに、中間マージン取って旨い汁を吸ってる金の亡者の国、それがグロリアスだったりする。南の住民が北に行くのにも、北の住民が南へ向かうのにも、物が行き来するのにも結構な額の『通行税』を取るとか何とか。
そんな国をドワーフの長が通過しようとしたら、当然色々と理由をつけて絡まれるだろう。
ルーンも頷いた。
《下手したら魔蛍石の合成のこと嗅ぎ付けられて、通して欲しければ一枚噛ませろとか迫られるかも知れないよな》
「うむ。バレたら確実にそうなるじゃろうて」
「うへぇ」
思わず変な声が出る。
…まあ商売っ気がなさそうなベニトとマグダレナさえこの状態だもんね。金の亡者だったら、どんな手を使ってでも関わろうとするだろうね…。
内心で呟きながら、改めて地面に積み上げれた大量の魔蛍石を見遣り──ふと、ハンマーヘッドが通って来た穴が目に入った。
(…そういえばコレ、ベニトが通って来たってことは、ドワーフの里方面と繋がってるよね…?)
里に直結しているかは分からないけど、少なくともドワーフが所有する鉱山とか、その近辺には出るんではないだろうか。ベニトは鉱脈探索の一環でこっちに来ちゃったんだし。
ならば──
「──じゃあさ、グロリアスを通らなければ良いんじゃない?」
「む? 何じゃ、わしらに不法入国しろとでも言うつもりか?」
「違う違う。…ああいや、ある意味ではそう…?」
私は微妙に首を傾げつつ、グイッと親指でハンマーヘッドが通って来た穴を示した。
「これ、通れば良いんじゃない?」
『…………は?』