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165 熱烈勧誘


 求婚さながらの真剣な目でレディ・マーブルを見上げるベニトの様子に、サラたちが唖然としている。


 深い溜息が聞こえた。マグダレナだ。


「…冗談でも笑えませんよ、ベニト」

「わしは至って真面目じゃ!」


 ベニトは一旦レディ・マーブルの手を離して立ち上がる。キリッとした顔で仁王立ちして、


「お嬢さんが居れば、魔蛍石の人工合成の研究が出来る! 鉱脈の枯渇問題も一気に解決出来るかも知れんのじゃ!」

「だからと言って、()()()()()()()()()を勝手に連れ出されては困ります。研究ならばこの国でも出来ますし、現状、レディ・マーブルが魔蛍石を作り出せるこの場所は、ユライト王国領ですから」


 …あれ、何か雲行きが怪しいぞ。


 マグダレナ、ベニトの暴走を止めようとしてるんじゃなくて、レディ・マーブルをこの国に抱え込もうとしてない?


 様子がおかしいことに気付いて戸惑うレディ・マーブルにサラがそっと近寄り、私たちの傍に誘導して来た。


《こっちに避難してましょ。あの2人の近くに居たら危ないわ》

《え、ええ…》

《うわー、バッチバチやなレーナとオッサン》

《貴重な人材をどうしても手元に確保しておきたいんだろうな》

「怖っ」

「聞こえとるぞ」


 私が首を竦めたところでベニトがこちらを向いた。マグダレナもこっちを見ている。どちらの目も真剣──と言うか、何か完全に獲物をロックオンした顔になってるなあ…。


 レディ・マーブルがひえっと小さく息を呑んで私の後ろに隠れた。まあ、身長差があるから実際には全然隠れてないんだけど、気分の問題か。


 私は振り返ってレディ・マーブルを見上げた。


「大丈夫だよレディ・マーブル。好きな方選んで良いし、何だったら断っても良いと思う」

《す、好きな方って言ったって、そんな突然…》

「大丈夫大丈夫」


 私はグッと拳を握り、親指を立てた。


「世の中には、嫁が仕事に出てる間に体調不良のフリして会社休んで自宅で浮気相手とヨロシクやった上に嫁にバレたら『俺を気遣わないお前が悪い、だからこの家から出て行け』って開き直るクソ野郎とか、平和に日常生活送ってた見ず知らずの人間をある日突然全然違う場所に喚び出して『喚んでやったんだから役に立て!』って無茶振りする阿呆とか、上の立場の人間がポロッと零した発言を拡大解釈して暴走して全力で外堀埋めて『あの御方がお前を妻にと言っている、感謝しろ!』って宣言するために拠点に押し掛けて来る常識知らずとか、そういうのも居るから。知ってる相手がちゃんとこっちに同意を求めてる時点で大分マシ。少なくとも拉致監禁とか誘拐じゃないし」


《えっ…》

《比較対象が大分アレやな》

《ユウ、顔が怖いわよ》

《瞳孔開いてんぞ》

「おや、失敬」


 いかんいかん。こう、本人の意向無視してその後の生き方決めようとするシチュエーションになると…ちょっとね。


『……』


 あ、ベニトとマグダレナが固まってる。


 暫くして、こほん、とマグダレナが咳払いした。


「…ベニト、少し落ち着きましょう。レディ・マーブルの意向が最優先ですから」

「そう、じゃな…」


 ベニトは困惑気味に頷いて、私に視線を向けた。


「…お前さん、まさかそういうことが実際にあったのか? やたら真に迫っとったが…」


 その言葉に、私はフッと荒んだ笑みを浮かべる。


「小王国支部所属の冒険者が()()()ユライト王国の洞窟の中に居る、ってあたりで察しといて」

「お、おう…」

《……》


 ベニトとレディ・マーブルがドン引きしてる。でも今は私の境遇を披露してる場合じゃない。


「…で、さっき言ってた『人工合成』って何? 鉱脈が枯渇してるって本当なの?」


 訊いてみたら、ベニトがハッと表面を改めた。


「うむ、そうじゃ。わしらドワーフの里は、この大陸で唯一、魔蛍石が出る鉱山を持っとるんじゃが…ここ数年、産出量が目に見えて落ち込んどってな」

《採り尽くしちゃったってこと?》

「いや、ハンマーヘッドの食害と、新しい鉱脈がなかなか見付からないのが大きい。硬い岩盤と脆い岩盤がごちゃ混ぜになっとるせいで、探索も思うように進まなくての…」


 それは『採れる場所では採り尽くした』と言うのでは。内心で突っ込む。

 なくなったとは言いたくないってことかな…。


「魔蛍石は魔法道具で使うじゃろう? 需要は年々増すばかりでな。何とかして量を確保したいんじゃ」

《それで人工合成ってわけやな》

「うむ」


 スピリタスの言葉に、ベニトが大きく頷いた。


 魔蛍石の枯渇は数年前から問題視されていて、ドワーフの里ではハンマーヘッドを利用した鉱脈の探索と並行して、人工的に作り出す研究も行われて来た。

 でも、研究はなかなか成果が出ず、最近では諦めムードも漂っていたそうだ。


「研究の副産物として、石英やサファイアの合成には成功したんじゃがの」

《副産物呼ばわりしていい成果じゃないと思うぞ、それ。宝石商が知ったら飛び付くんじゃないか?》

「石英なんぞその辺に転がっとるし、サファイアは他の地域でも採れるじゃろ」


 ドワーフ的には『コレジャナイ』ってことか。贅沢な。


 ぞんざいに言い放ったベニトは、ゴホンと咳払いして話題を戻した。


「…とまあ、うちの里はこういう状況なわけじゃ。──そこに、このレディ・マーブルの魔法じゃよ」


 壁に現れた大量の魔蛍石を視線で示して、ベニトが溜息をつく。


「正直、世界が引っ繰り返った気分じゃわい。この魔法をわしらドワーフが再現出来れば、魔蛍石の問題は一気に解決するはずじゃ」

「あ、レディ・マーブル監禁して魔蛍石作らせようとしてるわけじゃないんだ」


 私が呟いたら、ベニトは目を剥いた。


「そんなことするわけなかろう! どこの外道の話じゃ!」


 真正面から抗議される。


「いやごめん、この世界の権力者って大体そんな感じなのかと」

「その基準は何じゃ──ああいや、さっき言っとったアレか…」


 ベニトが途中で勢いを失った。察しが良いな。


 実際、小王国の歴代勇者はひたすら国に搾取されてたし、私は同意なくいきなり召喚されたし、挙げ句こっちの都合も無視して上から目線で求婚されるしで、それがこの世界の権力者のスタンダードだと思ってたよ。

 あれは小王国だけの話だったんだね。国が違えば常識も違うか、失敬失敬。


《…ねえ、小王国の上層部、やっぱり頭おかしいんじゃない? ユウの基準が常識とかけ離れてるんだけど》

《それ言っちゃおしまいだぜ、サラ》

《怖い国もあるのね……》

《せやで、気ぃ付けやレディ・マーブル》


 何か後ろで人外たちがぼそぼそ話してる。

 小王国の関係者であるはずのルーンとスピリタスがきちんと否定してないあたりがもうね、色々ダメだと思う。



 ──とりあえずその後、ベニトとマグダレナがレディ・マーブルに『不遇な扱いを受けないよう自分が責任を持つ』『監禁などは絶対にさせない』などと必死に弁明していたが…レディ・マーブルが納得するのには、結構な時間が掛かった。


「レディ・マーブルは慎重派だねぇ」

《いや、どう考えてもお前のせいだろ》







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