164 魔蛍石の秘密
「──うむ、これくらいじゃな!」
その後、1時間も掛からずに部屋の壁から魔蛍石を剥がし切ったベニトが、満足そうに頷いた。
採掘したものをスピリタスがせっせと運んだ結果、部屋の真ん中には新しい魔蛍石の山が築かれている。すごい量だけど…
「もっと掘れば出て来るんじゃないの?」
予想より終わるのが早くて首を傾げたら、そう思ったんじゃが、とベニトが呻く。
「どうも、ここにあるのは表面に見えていた分だけのようでな」
「え、そんなことってある?」
「不思議なんじゃがなあ。ツルハシの手応えからするに、そうとしか思えん」
ドワーフはツルハシの手応えで付近の鉱石を感知するんだそうだ。鉱石の種類によって精度は変わるけど、魔蛍石を感知し損ねるってことは無い。
「…表面だけ…?」
この空間はレディ・マーブルが魔法で作ったものだ。その壁の表面にだけ都合良く魔蛍石の鉱脈が現れるとは、ちょっと考えにくい。
壁に近寄ってみると、ハンマーヘッドが開けた穴──ベニトが通って来た通路が目に入った。
魔蛍石の光で照らされたこちら側はかなり明るいが、通路側は真っ暗だ。そのすぐ手前の壁からは魔蛍石が採れたのに。
(…あれ?)
ライトを手に通路を覗き込むと、部屋側の壁と通路の壁の質感が違うことに気付いた。
…そういえばレディ・マーブルは、部屋とか通路を作る時に岩を圧縮して、別の種類の岩に変えてるんだっけ──
「……あっ!」
《何だ、どうした?》
「何かありましたか? ユウ」
思わず声を上げたら、ルーンとマグダレナがすぐに駆け寄って来た。私は即座に振り返り、部屋の壁全体が通路の壁とは違う色合いになっていることを確認する。
「…もしかしたらだけど…と言うか、素人考えだけど」
「うん? なんじゃ」
「──魔蛍石、レディ・マーブルの魔法で出来た、って可能性はないかな?」
『…………は?』
ベニトたちがぽかんと口を開けた。
こっちの世界じゃどうなのか分からないけど、私が元居た世界には『変成岩』というものがある。
ものすごく高い温度とか圧力とかを受けて変化した岩のことだ。昔、理科の授業で習った。
レディ・マーブルは、魔法で『岩を圧縮して別の種類の岩に変える』と言っていた。それってつまり、魔法で変成岩を作ってるってことじゃないだろうか。
元の世界云々のことは伏せて説明すると、ベニトが眉間にシワを寄せて唸った。
「ううむ…岩を変化させる魔法か。本当にそれで魔蛍石が出来るのか?」
「把握している限りでは、そのような前例はありませんが…そもそもそんな高度な魔法はヒューマンにもドワーフにも使えませんから、前例がなくて当然かも知れません」
《え? こ、高度な魔法?》
マグダレナの指摘に、レディ・マーブルが狼狽えた。マグダレナはあっさりと頷く。
「ええ。私もそこまで精密な地属性魔法は使えません。ガーゴイルならではでしょうね」
ルーンが言ってた通り、普通じゃ出来ない魔法らしい。
ベニトが改めて部屋の壁を検分し始める。
部屋を一周ぐるりと回り、ハンマーヘッドが作った通路と入口方面へ向かう通路を見比べ、ツルハシで各所を叩き、やがて一つ頷いた。
「…確かに、ハンマーヘッドの通路と他の場所では岩の種類が違うようじゃ。より緻密で、魔素濃度の高い岩に変化しておる。…じゃが、元の岩自体はそれほど珍しい部類ではないのう…」
眉間のシワが深い。納得いかないらしい。
じゃあ、と提案したのはサラだった。
《この部屋、レディ・マーブルにもう一回り大きくして貰ったら良いんじゃない? 今は壁の中に魔蛍石は埋まってないって話だし、この状態で魔法を使って魔蛍石が出て来たら、レディ・マーブルの魔法が原因で確定でしょ?》
なるほど、確かに実際にやってみるのが一番早い。
マグダレナも頷いた。
「そうですね。レディ・マーブル、お願いできますか?」
《そ、それは構わないけど…魔蛍石が出て来なくても文句言わないでよ?》
「言いませんよ。そもそも岩を変質させるほどの地属性魔法を見られるだけでも貴重な経験ですから」
…あの魔法、そんな希少価値モノだったんだ…。
じゃあ、とレディ・マーブルが壁際に向かい、緊張気味な表情で手を翳した。その様子を、マグダレナとベニトが真剣な目で見詰める。
レディ・マーブルの魔法は、魔法陣が出るわけでも何かを唱えるわけでもない。手を翳した方向の壁がズ…と低い音と共に動き出し、その周囲も連動して下がって行く。
そして、20センチほど動いたところで壁の見た目にも変化が現れた。
キラキラと、白っぽい光があちこちに現れる。最初は小指の先にも満たない大きさだった微かな光は壁が後退するにつれてどんどん大きくなり、歪んだ五角柱の結晶の形がはっきり見え始めた。
「おお…」
ベニトが気圧されたように呻く。
全体的に1メートル程壁が後退したところで、レディ・マーブルは手を下ろした。
《…ど、どうかしら…?》
緊張のあまり壁自体の様子を見ていなかったらしい。レディ・マーブルは周囲を見渡し、唖然として目を見開いた。
《え…》
《出来たな》
「出来たね」
《出来たわね》
《やりよったな》
私とルーンは以前見ていたのでそれほど驚きはない。レディ・マーブルとの付き合いが長いサラも同じだろう。スピリタスは完全に面白がっているだけなので除外する。
比較的平然としている私たちとは対照的に、ベニトはあんぐりと口を開けていた。
「こりゃあ…とんでもないことじゃぞ…」
動いた壁一面に散らばって埋まっている、大量の魔蛍石。
親指の爪くらいの大きさから握り拳より大きいものまで色々だけど、全部虹色の光を含んだ透明な石で、キラキラと──と言うよりギラギラと光り輝いている。正直、滅茶苦茶眩しい。
「…すごいですね。こんな現象、初めて見ました」
マグダレナも目を見張っている。
「そんなに珍しいんですか」
「珍しいなんてもんじゃないわい!」
私が呟いたら、ベニトがものすごい勢いで噛み付いて来た。
「目の前で鉱石が出現するなんぞ、わしらドワーフでも見たことも聞いたこともないんじゃぞ!?」
《今、見ただろ》
「いやまあそうじゃが──ではなく!」
突っ込みが忙しい。
ベニトはくわっと目を見開いて叫んだ。
「お前さんたち、何でそんな落ち着いとるんじゃ! これは間違いなく大発見じゃぞ!? 魔蛍石の常識が変わる瞬間じゃぞ!?」
「いやだって、魔蛍石の常識とか知らないし…」
《だよな》
《そうよね》
《ええと…》
《レディ・マーブル、素直に『知らない』って言ってエエんやで》
「ええいそこの馬! お嬢さんに要らんことを教えるでない!」
テンションのおかしいベニトはスピリタスにビシッと指を突き付けた後、ものすごい勢いでレディ・マーブルに駆け寄り、真正面で跪いた。
目を白黒させるレディ・マーブルの手を取り、大変真剣な顔で、
「お嬢さん! いや、レディ・マーブル! 是非、わしらドワーフの里に来てくれんか!?」
《…は、はい!?!?》
レディ・マーブル、その反応はまずいって。
『はい』って言ったら了承と見做されるよ、『姐さん』呼ばわりを拒否できなかった私みたいに…。




