163 ハンマーヘッドの死体
とりあえず現場を見てみようという話になり、マグダレナと共に洞窟の奥へと向かう。
同行するのはレディ・マーブルとサラとルーンとベニトとスピリタス。ヘンドリックたちは『まだ調査の続きがあるから』と言ってそれぞれの担当エリアへ向かった。多分面倒事の気配を察知して逃げたんだと思う。
「それにしても驚いたわい」
歩きながら、ベニトがレディ・マーブルを見上げて溜息をついた。
「まさかガーゴイルがお嬢さんで、こんな立派な洞窟を一人で作り上げたとはのう…」
視線を向けられたレディ・マーブルが、恥ずかしそうに両手を頬に当てた。
《お嬢さんだなんてそんな。洞窟だって、ちょっとずつコツコツ作っただけよ? 頑張ったのは確かだけど》
最初は勝手が分からず、部屋を作った直後に崩れて生き埋めになったこともあったらしい。
「え、それ大丈夫だったの?」
《びっくりしたけど平気だったわ。ガーゴイルってヒューマンと違って、息してるわけじゃないのよね》
「…じゃあ溜息の仕草とかは、もしかして人間だった頃の名残り?」
《…そういえば、そうなのかしら》
息をしてないなら、普通は溜息なんかつかないはずだ。レディ・マーブルと顔を見合わせて首を傾げていると、マグダレナが頷いた。
「そうでしょうね。教えられたわけでもないのに、文字も読めるでしょう?」
《あっ…》
レディ・マーブルは元人間の変異個体でほぼ間違いない、というのがマグダレナの見立てだった。だからこそ、初めて会った時に問答無用で討伐せずに逃がしたんだそうだ。その辺、本人には敢えて教えてなかったみたいだけど。
そんな元人間のレディ・マーブルは、第1休憩所で状況を確認し合った時、文字どころか例のエルドレッドが作った洞窟の地図も一目で理解出来ていた。
『何で!?』と叫んだ私が生温かい目で見られたのは言うまでもない。
マグダレナ曰く、魔物が変異個体になった場合でも、元の魔物種と同じ行動を取るケースがあるそうだ。レディ・マーブルは人間だった頃の記憶はないみたいだけど、知識とか、身体に染み付いた習慣みたいなのは残ってるのかも知れない。
そんな話をしているうちに、目的地に着いた。
なお道中出て来た魔物はマグダレナが全部瞬殺した。『たまには魔法も使わないと、腕が鈍ってしまいますから』とか言ってたけど、瞬きする間に魔物が消し炭になるってどういう腕だろうな。
「おお…!」
ベニトが目を輝かせて魔蛍石の山に駆け寄る。そのすぐ脇に頭が爆散したハンマーヘッドの死体がそのまま転がってるんだけど、全く気にしていない。
《うは、デカいやっちゃな!》
「ユウ、これが討伐したハンマーヘッドですか?」
「はい。討伐証明部位が分からなかったので放置してます…」
マグダレナの問いに、ちょっと目を逸らしながら答える。
魔物の討伐証明部位は、大抵身体のどの部分か分かりやすいパーツが選ばれている。ハンマーヘッドだったら、多分触覚あたりじゃないだろうか。
…ルーンに切られた後、どこに飛んでったのか分からないんだけど…。
しかしマグダレナは、さもありなん、という顔で頷いた。
「冒険者によるハンマーヘッドの討伐は過去にあまり例がないので、討伐証明部位が設定されていないのですよ」
「え、そうだったんですか?」
「ええ」
私が知らないんじゃなくて、そもそも決まってなかったらしい。
マグダレナはハンマーヘッドの周りをぐるりと回った後、ふむ、と考える仕草をした。
「…ユウ、このハンマーヘッド、私が回収して行っても良いですか? 折角なので、ギルド本部の魔物研究班に提供したいのですが」
代わりに、私がハンマーヘッドを討伐したという事実はマグダレナが責任を持って証明してくれるという。
「もちろん構いませんけど…頭が爆散してますよ? 研究用のサンプルとしてはイマイチなんじゃ…」
「それを含めて、研究対象ということですよ」
マグダレナが意味深な笑みを浮かべる。
…よし、これ以上突っ込まずにお任せしてしまおう。
「分かりました。お願いします」
「ありがとうございます」
嬉しそうだな。
マグダレナが錫杖を掲げ、ハンマーヘッドの死体に魔法を掛ける。ヒヤッとした空気が流れたと思ったら、死体が丸ごと凍り付いていた。そばで眺めていたルーンが、ちょっと飛び跳ねて後退る。
《冷たっ!》
「あら、すみません」
思ったより影響範囲が広かったらしい。気を付けてくれよな、と眉間にシワを寄せて、ルーンが前脚の肉球を舐める。可愛いなオイ。
こんな大きい死体をどうやって運ぶのかと思っていたら、マグダレナはポケットから皮袋のようなものを取り出した。
その袋の口を大きく開くと、ギュルンと音を立ててハンマーヘッドの巨体が吸い込まれる。
「うわ…」
「大容量で状態保存機能のある、特殊な圧縮バッグです。中身が整理出来ないので、基本的に1袋につき1種類しか物を入れられませんが」
マグダレナがちょっと得意気に説明してくれる。散らばった欠片も魔法で一塊にして凍り付かせると、同じ袋に放り込んだ。丁寧なんだか雑なんだか…いやまあ、この場は綺麗になったし良しとしよう。
「ほっほう! やはりすごいのう! 大きさ、純度、色合い、全部一級品じゃ!」
魔蛍石の山を崩し、片っ端から石を持っては眺めていたベニトが興奮気味に声を上げた。
手に持つ魔蛍石が強く光っているので、多分魔力を流しているんだろう。チカチカ明滅して眩しい。
「ベニト、少し落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか! こんな量、滅多にお目に掛かれんぞ!」
とてもテンションが高い。
目を輝かせたまま、ベニトは周囲をぐるりと見渡した。
「この壁一面の魔蛍石! 埋蔵量もとんでもないはずじゃ!」
多分昨日は色々我慢してたんだろう。ベニトはツルハシを担いで壁に駆け寄り、早速壁に露出した魔蛍石の採取を始める。
マグダレナは許可を出してないはずなんだけど、こうなったらもう止めるのは無理か。マグダレナをちらりと見遣ると、仕方ないと言うように肩を竦めていた。
「ユウ、レディ・マーブル、サラ、ルーン。少し休憩しましょう」
「分かりました」
《ええ》
《なあ、ワイの名前が挙がってないのは何でや》
「スピリタスはベニトが採った魔蛍石を拾って集めてください。多分、採るだけ採って落として行くはずですから」
《ワイだけ働けっちゅーんか!》
「その通りです」
強制労働はんたーい!と叫びつつ、スピリタスがベニトの方へ向かう。何だかんだ、マグダレナには逆らえないらしい。
レディ・マーブルが地属性魔法でテーブルと椅子を作ってくれたので、私はみんなに干し肉を配る。ルーンにはケットシー専用の干しササミだ。
「おやつにはちょっと味気ないですけど」
「十分ですよ、ありがとうございます」
干し肉を口に入れたマグダレナが、ちょっと目を見開いた。
「…美味しいですね。思ったより柔らかいです」
「小王国支部の料理人──イーノック謹製の干し肉なんですよ。塩ベースの味付けでハーブ多め、燻製で保存性を上げてます」
脂身は少ないけど、味はほぼベーコンとかハーブウインナーだ。初めて食べた時は衝撃を受けた。
…みんなに配ったら無くなっちゃったけど、まあこれはね。いつかなくなるもんだし。
「料理も変化するものですね…」
《マグダレナが知ってる干し肉とは違うの?》
サラが訊くと、マグダレナは遠い目になった。
「ええ…。私が知っているのは、ナイフで切れ込みを入れておかないと噛み切れなくて、スープに入れても柔らかくならなくて、ほぼ岩塩と同じくらいの塩辛さの『乾燥した茶色い何か』です…」
「うわあ…」
《もうそれ食べ物じゃないんじゃ…》
…料理って、進化するもんなんだなあ…。




