162 旧友
翌朝早く、マグダレナが第1休憩所にやって来た。
乗合馬車で来たにしてはやたら早い──と思っていたら、それもそのはず。
《おおっ、ちゃんとそれっぽい感じやないか!》
「…スピリタスに乗って来たんですか」
ポニーサイズになった精霊馬が、それは楽しそうに休憩所を見渡す。その隣で、マグダレナが肩を竦めた。
「これが一番手っ取り早いですからね。たまには運動させないと、太りますし」
《ンなわけあるかい! ワイは天下の精霊馬やで!?》
「背中が随分とプニプニしていますが、気付いていますか?」
《んな!?》
スピリタスが愕然と目を見開き、ぐるっと首を回して自分の背中を確認し始める。
途端に静かになった精霊馬を見て、レナたちはドン引きしていた。…そういえば、ヘンドリック以外は精霊馬に馴染みがないか。
「…ねえ、あれ、馬? 馬よね?」
「精霊馬っていう生き物。馬と言うより魔物とか精霊に近いらしいよ。ちなみに本来はもっとデカい」
《精霊に近いって…ちょっとアレの親戚だとは思われたくないんだけど…》
《むっ、失礼なやっちゃな》
スピリタスが耳聡く反応した。ずかずかとサラに近付き、鼻を鳴らす。
《なんや、生まれたてホヤホヤの水精霊やないか。こちとら100年以上先輩やで。ホレ、『スピリタス先輩』って言うてみ?》
《私、敬う相手はちゃんと選ぶことにしてるの》
サラはとても冷ややかだった。
なー!?と叫び始めるスピリタスの背をポンと叩いて黙らせ、マグダレナが微笑む。
「慧眼ですね。──私はマグダレナ。こちらは、精霊馬のスピリタスです。あなたの名前を聞いても?」
《…水精霊の、サラよ》
名乗りながら、サラの姿が変わる。
人型になったサラは、マグダレナと握手を交わした。敬語は使ってないけど、一定の敬意は払うつもりらしい。
なおスピリタスはマグダレナの背後できいいい!って感じで歯ぎしりしてるけど綺麗に無視されている。
…何となくだけど、サラとマグダレナ、ものすごく気が合いそう…。
「大まかな事情はルーンから聞いています。ユウを助けてくれたそうですね。冒険者ギルドサブマスターとして、お礼を言わせてください」
《大したことはしてないわ。契約相手を守ったってだけだもの、精霊として当然よ》
澄ました顔で応じるサラを、何やらマグダレナは微笑ましそうに見詰めている。
──ちなみにルーンの見立てによると、ハンマーヘッドの一件でサラが出現させた水塊は、出現速度といい物量といい封じ込め性能の高さといい、現在のサラの能力の限界に近かったそうだ。
一歩間違えると存在を保てなくなる程度の無茶だったわけで、『当然』の範疇を超えてるんだけど…多分そのあたりも、マグダレナにはバレてるんだろうな…。
「さて──レディ・マーブル」
マグダレナが視線を向けた途端、レディ・マーブルがビクッと後退る。
《な、なにかしら》
「…そう身構えないでください」
マグダレナは苦笑した。思いのほか穏やかな声に、レディ・マーブルがきょとんとする。
《…怒ってないの?》
「怒りませんよ。元々あの約束も、あなたにスキルを封じられた冒険者を納得させるための方便でしたし…あなたはきちんと約束を守っているでしょう?」
なるほど、確かにレディ・マーブルは『人里には近付いていない』。若干頓知みたいだけど。
レディ・マーブルがあからさまに肩の力を抜いた。元気そうで何よりです、というマグダレナの言葉に、貴女もね、と笑顔で応じる。
続いてマグダレナはベニトに向き直ると、整った笑顔で口を開いた。
「お久しぶりですね、ベニト。まさかこんな所で会うとは思いませんでしたが」
あっ、笑顔が怖い。もしかして結構怒ってる? …いや、そりゃ怒るか。無断越境だもんな。
その圧力に気圧されたように、ベニトが若干目を逸らしながら応じる。
「う、うむ、久しぶりじゃのう『銀の秘蹟』よ。手間を掛けてスマン」
「ええ、全くです」
マグダレナが深い溜息をついた。
「昔から散々警告していたというのに…鉱脈を前にすると後先考えなくなるのは変わっていませんね。長がそれでは、民は随分と苦労しているのではありませんか?」
「え、長?」
ちょっと待て。ベニトって、ドワーフのトップなの? トップがこんな所まで来ちゃったの?
私たちがギョッとしていると、ベニトはとても居心地悪そうに明後日の方を向いた。
「ドワーフはみんなこんなじゃよ。ちょーっとわしの行動範囲が広いだけじゃ」
《その『ちょっと』で山越えるのはどうかと思うけどな》
ルーンが冷静に突っ込むと、ヘンドリックたちも頷く。
「だよな」
「ドワーフが坑道広げ過ぎてるって、冗談のつもりだったんだがねぇ」
「ハウンド、それ『フラグ』って言うらしいわ」
「フラグ回収…しましたね」
「完璧に」
何だか分かり合っている。仲良いな。
「何じゃ、言いたい放題言いおってからに」
ベニトが眉間にシワを寄せた。
昨夜、みんなとベニトを引き合わせた時はベニトに対しては何もなかったからね。私が『またか』みたいな空気に晒されただけで。
…怒られるのもアレだけど、諦めの境地みたいな雰囲気になるのもね…。
私がそっと遠い目をしていると、マグダレナが溜息をついた。
「言われるだけのことをしているのですよ、自覚してください。──とにかく、今回のことは『事故』として処理します。ハンマーヘッドを討伐するために追い掛けていたら国境を越えてしまった、と。良いですね?」
「…う、うむ…」
折角マグダレナが解決策を示してくれたのに、ベニトの返事は煮え切らない。どうしたんだろうか。
「…のう、マグダレナ」
「何でしょう」
「そのー…、ここの奥で見付けた魔蛍石だけ、採掘させてくれんか?」
「魔蛍石?」
マグダレナが眉を顰めた。多分、この辺りでは魔蛍石は採れないと知ってるからだろう。
私は圧縮バッグを漁り、レディ・マーブルから貰った大きな魔蛍石を取り出した。
「マグダレナ様。この洞窟の奥で、こういう魔蛍石が採れるんです」
ドン、とテーブルに置くと、ヘンドリックたちが目を見開いた。
「でかっ!?」
「えっ、こんな大きさ有り得るの?」
「見たことない…」
「すごいですね」
「とんでもないレア物じゃないか」
…そういえば、貰った後みんなには見せてなかったっけ。
みんなの反応からするに、このサイズは本当に珍しいようだ。マグダレナもちょっと目を見張っている。
「これは…」
「なんと、こんなのも出て来るのか!」
ベニトは完全に目の色が変わっていた。本当に鉱石好きだな。
「マグダレナ、頼む! わしに魔蛍石を掘らせてくれ! この通りじゃ!」
ベニトがものすごい勢いでその場に土下座する。長のプライドも何もあったもんじゃない。
(…っていうか、土下座の文化、ドワーフにもあるんだ…)
小王国は『歴代勇者』こと日本からの召喚者の影響が大きいので、罰ゲーム的な意味での正座の文化も、土下座の文化もある。でも、他の地域にも浸透してるとは思わなかった。
…まさかとは思うけど、小王国を出た歴代勇者が各地で変な文化広めたとか…いや、ないよね、ないない。
一瞬浮かんだ大分アレな想像を振り払う。広めるならもっとマトモな知識なはずだ、多分。




