161 ベニトの事情
「どうやって、というか、なんでこっちまで来たのか、理由を聞いても?」
私が訊くと、ベニトは困った顔で視線を彷徨わせて、ピクリとも動かなくなったハンマーヘッドに目を留めた。
「あー…、その、ちょいと新しい鉱脈を探しておってだな…」
ベニトの説明はこうだ。
ドワーフたちは既存の坑道で採掘しつつ、常に新しい鉱脈を探している。その手掛かりとして、ハンマーヘッドを利用する。
ハンマーヘッドは穴を掘って見付けた生き物を手当たり次第食べるけど、鉱物も食べる。と言っても普通のじゃなくて、ミスリル銀や魔蛍石など、魔力や魔素に関わる鉱物を食べるらしい。良い鉱脈があるとかなり遠くからでも嗅ぎ付けるので、変な方向に向かうハンマーヘッドを追い掛けると、高確率で新しい鉱脈を見付けられる。
ちなみに、ハンマーヘッドは自分で砕いた岩盤を食べたり変質させたりして取り除くので、ハンマーヘッドが通った後には地下通路が出来る。器用だな。
「ハンマーヘッドが自分で道を作ってくれるから、追跡も簡単ってわけか」
「そういうことじゃ」
私の呟きに、ベニトが大きく頷いた。
アルとの遠隔会話が終わって途中から話を聞いていたルーンが、呆れたように片耳を倒す。
《それにしたって、ハンマーヘッドが地下を進むのには結構時間が掛かるだろ? よく後を追おうなんて思えるな》
「なに、ずっとつきっきりではないからの。通り道を見付けておいて、頃合いを見て追跡するんじゃよ」
あまり早く追い付くと自分がハンマーヘッドに食われる恐れがあるし、遅すぎると鉱脈を食べ尽くされてしまう。
匙加減が難しいとか言ってるけど、やってることはほぼハイエナと一緒…。
…いや、何も言うまい。
《それ、ハンマーヘッドのメシを横取りしてるってことか?》
言っちゃったよ。
ルーンが突っ込むと、ベニトは悪びれずに肩を竦めた。
「有効活用というやつじゃ。わしらにとっては、ハンマーヘッドは鉱脈を食い尽くす害獣みたいなものじゃからな」
新しい鉱脈に向かっているのでなければ、出会い頭に倒すはずの相手らしい。新しい鉱脈を見付けた場合は、発見者のハンマーヘッドも速やかに討伐するそうだ。ドワーフ容赦ないな。
「しかし…」
ベニトはハンマーヘッドの死体に近付いて、呆れたようにその巨体を見上げた。
「まさかヒューマンの娘っ子がこやつを倒してのけるとは思わなんだ」
「私の力じゃないよ」
触覚を切り飛ばしたのはルーンだし、足止めしてくれたのはレディ・マーブルで爆発から守ってくれたのはサラだ。私だけじゃそもそもまともに攻撃が入らなかった。
そう説明したら、ベニトがはっきりと呆れた顔になる。
「なんじゃ、やたら謙遜しよって。行き過ぎた謙遜は自分を卑下してるのと同じじゃぞ」
《だよな》
ルーンが勢いよく同意した。レディ・マーブルとサラもこくこく頷いている。…解せぬ。
「ドワーフだったら、ハンマーヘッドはどうやって倒すの?」
何となく旗色が悪い気がするので、さっさと話題を変えてみる。
先程ベニトは、ハンマーヘッドを出会い頭に倒すと言っていた。つまりドワーフはこの厄介な相手を普通に討伐してるってことだ。
でも、ドワーフは私と身長がそれほど変わらないし、ずんぐりむっくりしてて素早く動けるとも思えない。どうやって倒すのか、イマイチ想像がつかない。
「それはな…」
ベニトはにやりと笑い、ポケットから小さなビンを取り出した。
「こいつをヤツにぶつけるんじゃよ」
《…ビン?》
《何か液体が入ってるわね》
レディ・マーブルとサラが首を傾げ、ルーンがビンの中身を確認するように身を乗り出して──ブワッと全身の毛が逆立った。
《──臭っ!?》
ものすごい勢いで後退り、鼻っ柱にシワを寄せてイカミミになる。
《なんだそれ! 滅茶苦茶臭いぞ!?》
「おおスマン、ちょいと漏れておったか」
《待て下手に閉め直すな! 余計に臭いが漏れる!!》
ルーンが珍しくパニックになってる。
私には分からないけど、何だかすごい臭いがしてるらしい。ビンの蓋を閉め直そうとしたベニトは、ルーンに止められて素直に蓋から手を離した。
試しに、私もビンに顔を近付けてみる。
…ああなるほど、近くに寄ると分かるわ。これは…
「柑橘系の匂いだね」
「うむ。レモンとオレンジの香油と、いくつかの薬草を混合した特製薬液じゃ」
ハンマーヘッドは目が退化している代わりにすごく鼻が利くので、臭いが強いものを本体にぶつけるか周囲に撒き散らせば混乱して動きが止まる。その後触覚を潰して頭部上面の瘤を叩けば、あっという間に倒せるそうだ。
頭部上面の瘤…ドリアン部分は爆散しちゃったので確かめようがないけど、トゲトゲの中に本当の急所が隠されていたらしい。
「へえ、初めて知った」
「なんじゃ、ヒューマンには知られておらんのか」
「私は今日初めてハンマーヘッドに遭遇したんだよね。図鑑とかにはそういう情報も載ってるかも知れないけど…」
《いや、載ってないと思うぞ。そもそもヒューマンは、普通に生きてたらハンマーヘッドと出くわすこともないしな》
冒険者ギルドでも、ハンマーヘッドは優先討伐対象になっていない。世間一般では、危険な魔物と言うよりは『珍しい生き物』くらいの感覚なんだそうだ。…ドワーフは違うらしいけど。
結果、ヒューマンの間ではハンマーヘッドの生態は知られておらず、効率的な討伐方法も広まっていない…と。
「ハンマーヘッドが強い臭いに弱いって知ってたら、もっと簡単に倒せたのになぁ」
思わず溜息が出た。
だって強い臭いって言ったら、ねえ? 数日前まで第1休憩所を牛耳ってたどこぞの不良王子連れて来たら一発だったんじゃない? すごい臭いしてたもん。
──そんなことを考えていたら、ルーンがピクリと耳を立て、明後日の方を向いた。
ヒゲを震わせながら沈黙すること数秒。
《…マグダレナから返事があったぞ》
ルーンはちらりとベニトを見遣った。
《明日の朝、こっちに来てくれるらしい。とりあえず第1休憩所まで行くから、ドワーフとガーゴイルその他諸々、連れて来てくれってよ》
《えっ!?》
レディ・マーブルがあからさまに動揺した。
《私も!?》
《洞窟を作った当事者なんだから当たり前だろ。昨日も言ったけど、もうマグダレナには『レディ・マーブルがここに居る』って伝わってるから、逃げようとしたって無駄だぞ》
覚悟を決めろよ、と迫るルーンはちょっと楽しそうだ。気持ちは分かる気がする。
「マグダレナ?」
ベニトが首を傾げた。記憶を探るように視線を彷徨わせて──おお、と手を打つ。
「『銀の秘蹟』か! 懐かしいのう! まだ元気にしとったんか」
「え? ベニト、マグダレナ様の知り合い?」
意外過ぎる反応だ。私が訊くと、ベニトは大きく頷く。
「お前さんたちが言う『マグダレナ』は、見た目の若い銀髪の女魔法使いじゃろ? わしが若い頃に、ウチの里を訪ねて来たことがあってな。今でもたまに手紙を交わす仲じゃよ」
普通に知り合いだった。しかも手紙を交わす仲ってことは、結構親しい友人なんじゃないだろうか。
…あの御仁、友好関係が広すぎるよ…。




