160 新手が来た。
ハンマーヘッドの巨体は、頭が爆散してもまだビクビクと動いていた。
本当にミミズとかムカデみたいだ。サイズは全然違うけど。
《……や、やったのよね……?》
レディ・マーブルが恐る恐る近付く。ルーンも様子を確認して、一つ頷いた。
《頭が原形留めてないし、もう大丈夫だろ》
《……良かったぁ……》
途端、レディ・マーブルがその場にへたり込んだ。サラが私の腕の中から地面に飛び降り、ハンマーヘッドに駆け寄る。
《ホント、すっごい大きいわよね。ユウ、いつもこんなのと戦ってるの?》
「いや、ハンマーヘッドと戦うのは初めてだし、こんなサイズの魔物も初めて……でもないか」
《魔物大量発生事件の時はもっとデカいゴーレムもいたな。ウォーハンマーで粉砕したんだっけか》
「何体かはね。一番大きいのはかかと落としで真っ二つに砕いた気がする」
《なにそれ!?》
レディ・マーブルが悲鳴を上げたのに対して、昨日ざっくりその話を聞いていたサラは納得の表情を浮かべる。
《『剛力』の面目躍如ってやつね》
《ユウだからな》
《ねえ、それで全部片付けようとしてない?》
《そこは流しておくべきだと思うわ、レディ・マーブル》
なんだろうね、この『ユウのやったことに対して突っ込んではいけない』みたいな雰囲気。
何となく釈然としないでいると、不意にルーンがピンと耳を立てた。
《…静かに。何か来る》
《!》
レディ・マーブルとサラはすぐに念話を止めた。
耳を澄ますと、右奥の──ハンマーヘッドが開けた大穴の方から、規則的な音が聞こえて来る。ザッザッと、ちょっとすり足気味の足音みたいな響き。
《……人か?》
ルーンが困惑気味に呟く。
洞窟の入口の方からならともかく、ハンマーヘッドが開けた穴の奥からってどういうことだろう。レディ・マーブルも訳が分からないという顔をしている。
足音だとしたら、歩き方からしてヘンドリックたちでもなさそうだし…
「…」
とりあえず武器を手に、大穴の前で待ち構えてみる。
ルーンが私の隣に立ち、レディ・マーブルがサラを抱えてそっと距離を取った。分かっていらっしゃる。
そして──
「おお! 出口……か…?」
「………へ?」
ぬっと姿を現したのは、何かずんぐりむっくりしたじーさん1名。
……ええと、どちらさま?
私が呆然としていると、ルーンがあんぐりと口を開けた。
《なんでドワーフがこんな所に居るんだよ!?》
ドワーフ。
………ドワーフ?
「──はあ!?」
私は思わず叫んだ。
ドワーフといえば、ここより南、山脈の南側に住む種族だ。
身長はヒューマンより小さく、骨格はがっしりしていて全身筋肉質。鉱物の採掘と、鍛冶なんかの金属加工が得意な亜人種だとか。
ドワーフは基本、自分たちの里から出ることはない。当然、ユライト王国には住んでないし、ましてロセフラーヴァ大洞窟の奥から出て来るなんてことはないはず──
(……あっ)
脳内に今朝のハウンドの台詞が再生される。
──大穴で、ユライト山脈の南側に住んでるドワーフが坑道を拡張し過ぎてるって線もある。
「む? こんな所?」
ずんぐりむっくりしたじーさんは、胡乱な目で私たちを見渡した。
「お前さんたちこそなんでこんな所に居る。ここはわしら、ドワーフの縄張りじゃぞ」
《ンなわけあるかー!》
ルーンが即座に突っ込んだ。
《ここはユライト王国の、ロセフラーヴァ大洞窟! ユライト山脈の北側だっての!》
「おおっ!?」
途端、じーさんが目を見開いた。
「やたら遠いと思ったら、あのハンマーヘッド、とうとう山を貫通しおったのか!」
(え、待ってどういうこと?)
「いやあスマン。魔蛍石を追って、ここまで来てしもうた。国を跨ぐとは思わなんだ」
ものすごく気楽かつ照れ臭そうに笑うじーさんを、呆然と見詰める。ちょっと思考が追い付かない。
魔蛍石…?と呟いたのはレディ・マーブルだった。
《…まさかあのデカブツ、私が溜め込んでたこの石を狙って来てたの…?》
「うむ! 魔蛍石はハンマーヘッドの大好物じゃから──ってガーゴイルうぅぅぅっ!?」
笑顔でレディ・マーブルを見遣ったじーさんが、ギョッと目を見開いてツルハシを構えながら後退する。
《そ、そんな反応しなくたって……》
《ああもう、落ち込まないでよレディ・マーブル! ──ちょっとそこのオッサン! レディに失礼だと思わないの!?》
「す、スマン…? ……いや待て、そやつメスなのか!?」
《メスって言うな! どこからどう見ても立派なレディじゃない!》
「どこがじゃ! 過剰にマッチョな魔物にしか見えんわい!」
《か、過剰にマッチョ…!?》
《言っていいことと悪いことがあるわ!》
「わしが知るか──」
──ドガン!!
私がウォーハンマーで壁を少々粉砕すると、ぴたりと会話が止んだ。
「全員、ちょっと落ち着こうか」
「…」
《…》
《…》
笑顔で告げて、固まっているルーンに向き直る。
「ルーン」
《ヘイッ!》
「マグダレナ様に緊急要請。『無断越境したドワーフ発見。冒険者の手に余る案件なので、ギルドまたはユライト王国の偉い人として対処求む。出来ればすぐ来て』って」
《イエス、マム!》
ビシッと姿勢を正したルーンが、明後日の方を向いて集中し始める。
私は改めてじーさん──ドワーフへと向き直った。
「──で、そこのドワーフ氏」
「お、おう…」
「とりあえず、おたくはユライト山脈南側の、ドワーフ特区から来たってことで間違いないね?」
「うむ…」
さっきまでの勢いはどこへやら、肯定してるんだか呻いてるんだか分からない反応だけど、とりあえず肯定と解釈しておく。
ドワーフ特区というのは、ユライト山脈の南側にあるドワーフたちの居住区だ。国…とはちょっと違うけど、まあ隣国みたいなもん。
──この世界には、2つの大陸がある。単純に、西大陸、東大陸と呼ばれていて、私たちが居るのは西大陸だ。西大陸と東大陸の間には大きな島国があったりするんだけど…そっちは今は置いといて。
西大陸には、中央部分に東西に走る大きな山脈がある。大陸をほぼ南北に分断する、その名もユライト山脈。
実はその山脈を境に、住む人種が全く違う。
北側は主にヒューマンの住む領域だ。ユライト王国や小王国はこっちにある。
その他にも、『未明の地』の南側にある自由国家グロリアス、魔法道具の開発で有名なヴィライア公国、鉄や金銀が豊富に採れるセリアン王国、鎖国気味の都市国家同盟ヘキサグラムなんかがある。
一方南側は、ヒューマン以外の『人間』が多い。
ドワーフ、エルフ、獣人、妖精、リザードマンといった種族が、決まった場所に種族ごとに住んでいる。『ドワーフ特区』とか『エルフ特区』とかいうのがそれだ。
それぞれ独自の文化を持ってるけど、それぞれが独立した国かといえばそうでもない。通貨は共通で、中央には全ての種族が集まる『混成都市メランジェット』がある。
そんなユライト山脈より南側、全部合わせて『フィオレンティーナ多種族経済共同体』──あっちの世界で言う『ヨーロッパ連合』みたいなもんだろうか。
で、ドワーフたちはその中でも一番北東側、ユライト王国と国境を接するエリアに住んでいる。
理由は簡単、ユライト山脈の山々を鉱山開発して、鍛冶なんかで生計を立てているからだ。
…だからといって、地下から山脈貫通してこっちまで来ちゃうのは意味が分からないんだけど…。
「──私は冒険者のユウ。こっちは、ルーンと、サラと、レディ・マーブル。ちなみにレディ・マーブルはガーゴイルだけど、ヒトに危害を加えるようなタイプじゃないからね。──で、そっちは?」
疑問を一旦棚上げにして名を訊ねると、ドワーフはちょっと引き気味に応じた。
「お、おう…。わしは見ての通りのドワーフ、名を『稀なる藍青』ベニトという」
「稀なる藍青…?」
「おっと、ヒューマンに字名は無いんじゃったな。ベニト、と呼んでくれ」
ドワーフには独特の名付け文化があるらしい。
ベニトと名乗ったドワーフは、気を取り直したように髭モジャの顔でニカッと笑った。




