159 vsハンマーヘッド
《水の刃!》
鮮やかな弧を描いて、ルーンの水の刃が飛ぶ。ハンマーヘッドは即座に反応して体をくねらせ、ドリアン部分でそれを受けた。
バシュッ!
冗談のようにあっさりと、刃がただの水になる。ドリアンには傷一つない。
《くそ、外した…!》
そのまま突進して来たハンマーヘッドを避けて、ルーンが呻く。一つ一つの攻撃動作は大振りで、注意していれば避けられるけど──急所のはずの頭部で魔法を受けるなんて、ミミズもどきのくせにとんでもない判断力だ。
「はあっ!」
横からドリアン目掛けてウォーハンマーを振るうと、今度は素早く胴体を縮めて攻撃を避けた。
多分、ウォーハンマーが当たればドリアンは砕ける。でも、思ったよりずっと素早い。
…いや、考えてみたらあのドリアンで岩盤砕くんだから、それなりに勢いつけて振れるってことだよね、あの頭。
しかも今、胴体の長さ変わったよね? 殻で覆われてるっぽいのに長さ変えられるってどういうこと?
攻撃を避けながら内心で呻く。
《炎矢!》
炎の矢が複数、ハンマーヘッドに降り注ぐ。流石にそれは避け切れず、いくつかが胴体に焦げ跡を作った。
でも、焦げただけだ。しかも頭部目掛けて飛んだ分は、ドリアンの一振りで消し飛ばされてしまった。
私も試しに胴体に一撃打ち込んでみたけど、見た目に反してぶよんとした手応えで、衝撃が吸収される感じがあった。殻のように見えて、実は結構柔らかいらしい。
胴体にはダメージが通らない、頭部を狙えば避ける、魔法も消し飛ばされる。
図体はデカいのに、反射神経はまるでゴキブリだ。隙を見せたら飛び掛かって来るし。
胴体の方は攻撃に使って来ないのが不幸中の幸いってやつか。多分、武器でもあり急所でもあるドリアン部分を動かすのに、神経とか筋肉が集中してるんだろう。
「っ!」
突っ込んで来たドリアンもどきをウォーハンマーで横に弾く。当てることは出来るけど、相手が絶妙に回転を加えながら突っ込んで来るせいで決定打にならない。
距離を取ったルーンの魔法が、胴体の一部を凍らせた。──でも、止まらない。
《なんつー生命力…ゴキブリかよ!?》
ルーンが連想したブツは私と一緒だった。
「ルーン、足止め出来ない!?」
《出来るならとっくにやってる! 魔法の威力が足りない!》
デスヨネ…。
大体、相手がデカすぎる。
足止めするならそれこそ、地形変わるくらいの魔法じゃないと──…あ。
「レディ・マーブル!」
ハンマーヘッドの攻撃を躱しながら、私は入口付近で固まっている洞窟の主に向けて叫んだ。
「このデカブツ、頭だけ出した状態で地面に埋めたり出来ない!? 」
《う、埋める!?》
「部屋拡張するやつのノリで、ヤツの真下に一気に穴掘って落として、すぐ元に戻すとかして!」
《それだと岩じゃなくて、土で埋めるくらいにしかならないわよ!?》
《すぐ引っこ抜かれるぞ!?》
「ちょっと動きを止められれば良い! その間にブン殴るから!」
完全に止められなくても、ほんの数秒、相手の動きを止められれば良い。
私の説明に、程なく視界の端でレディ・マーブルが頷いた。
《…やってみるわ!》
レディ・マーブルが両手をハンマーヘッドの方へ向ける。
《行くわよ!》
《おう!》
「お願い!」
私とルーンが跳び退ってハンマーヘッドから離れた瞬間、ズン!と音を立ててハンマーヘッドの真下の地面が盛大に凹んだ。深さ2メートル程の大穴だ。
突然空中に放り出されたミミズもどきは、なすすべもなく穴に落ちる。
その巨体が穴の底に着くか着かないかのタイミングで、今度はものすごい勢いで穴の径が縮まって行った。
──ズン!
穴が消えると、ハンマーヘッドは見事地面に埋まっていた。
露出しているのは、頭から1メートル程だけ。ハンマーヘッドが焦ったようにびたんびたんと暴れ出すが、そう簡単には抜け出せない。
「ナイス埋設!」
《風刃!》
私が声を上げると同時、ルーンの魔法がハンマーヘッドの触覚2本を鮮やかに切り飛ばした。ハンマーヘッドがびくんと震え、一瞬動きが止まる。
《ユウ、やっちまえ!》
「任せろ!」
踏み込むと、穴だったところの地面は硬めの土っぽい質感になっていた。
硬直するドリアン目掛けて、ウォーハンマーを──
──ィィイイイイイイ゛!
黒板を爪で引っ掻いたような、不快な音が響く。
ハンマーヘッドの頭部が小刻みに激しく震えて、寒気がする気配が膨れ上がる。
(爆発する…!?)
距離を取るのも間に合わない。と言うか、逃げる場所なんかない。なら、
(爆発する前に叩き潰す!)
瞬間的に覚悟を決めて、そのまま横殴りにウォーハンマーを振り抜く。
ゴッ──!!
ようやくちゃんとした手応えがあった。
ドリアンもどきが大きくひしゃげ、胴体も地面から引っこ抜けながら横に吹っ飛んで行く。
空中に放り出された直後、潰れた頭部がブワッと膨らんだ。
「…!」
そして──
──ゴボボッ!!
ドリアンもどきが水の中で弾け飛ぶ。
「………へ?」
爆発の音も衝撃も、ハンマーヘッドを丸ごと包み込む巨大な水塊がほとんど全て受け止めた。
正直、助かった……けど、なんだこれ? 爆発の直前に、一瞬で現れたように見えたけど…
《ど、どうなってんだ?》
呆然としているところを見るに、ルーンの仕業じゃなさそうだ。ということは…
「──サラ?」
振り向くと、レディ・マーブルに抱えられたサラが藍色の目を輝かせてハンマーヘッドを睨み付けていた。尻尾が膨らんでいる。
《…やらせるわけないでしょ》
ドスの利いた念話で呟いた直後──
バシャン!
巨大な水塊が消えると同時にケットシーの姿が崩れ、水になったサラはレディ・マーブルの手をすり抜けて地面に落ちた。
《きゃあああ!? さ、サラ!?》
《魔力切れだ! ユウ!》
「!」
慌ててサラに駆け寄り、手を伸ばす。指先が触れた瞬間、ズオッと何かがものすごい勢いでサラに流れて行った。
多分これが魔力…あの水塊を出すのに、どれだけ消耗したんだろう…。
想像して、背中がヒヤリとする。
数秒もしないうちに、サラはケットシーの姿に戻った。でも、まだ半透明だ。
そっと抱き上げると、ちょっと固めのゼリーみたいな感触だった。
「サラ、大丈夫?」
《…なんとか…》
色がはっきりついて固めのゼリーから毛皮の手触りに戻ると、サラはのろのろと目を開けた。ルーンがホッと安堵の溜息をつく。
《びっくりさせるなよ…けどありがとな。助かった》
「うん、本当に。ありがと、サラ」
水で爆発を封じ込めていなかったら、この場の全員、ただじゃ済まなかったはずだ。
ルーンと一緒にお礼を言ったら、サラはちょっと目を逸らした。照れてる。
《だって、ユウが『爆発する』とか言うから…》
「あれ、私口に出してた?」
そう思ったのは確かだけど…はて、喋っていただろうか。
はーん、とルーンが訳知り顔で頷いた。
《ケットシーの遠隔念話みたいなもんだな。ユウとサラは契約してるから、強く思ったことが相手に伝わったんだろ》
え、契約ってそんな効果もあるの!?