158 振動の原因
翌日、私は改めて第3層の奥、レディ・マーブルの『家』へ向かった。
同行するのは、レディ・マーブルとサラとルーン。ヘンドリックたちは調査の続きをするために、昨日と同じエリアへ向かっている。
実は今朝、レディ・マーブルが魔法で粘土を操って立体地図を作って、この洞窟の全体像を教えてくれたんだよね。魔法使いのレナが『何でこんな器用なこと出来るのよ』って絶句してたけど。
その立体地図とエルドレッド作の地図3枚を地図が読める面子が比較した結果、私が調査予定だった第3層の縦穴はレディ・マーブルが作ったものではないということが判明した。もうその時点でレディ・マーブルは涙目だ。
例の振動のこともあるし、他にも同じような場所があるかも知れないと、ヘンドリックたちは各担当エリアの調査の続きをするついでに『作成者が想定していない分岐』が発生していないかチェックすることになった。
レディ・マーブルが作った部分の構造はそれぞれが持っている地図に書き写したので、変な分岐さえなければ、それほど苦労はしないだろう。
私たちの方は、まず例の振動の原因調査だ。段々近付いてるなら、レディ・マーブルの力でそっち方向に通路を作ってもらうとか部屋を拡張するとかして、実際に確かめてみれば良い。
…そう提案したら、レディ・マーブルは凍り付いてたけどね。原因が分からないままビビっててもしょうがないし、ここは洞窟の主に頑張ってもらわないと。
《…私、冒険者じゃないのに…ただのか弱いガーゴイルなのに…》
《ガーゴイルはか弱くないと思うぞ》
どんよりとした空気を背負って洞窟を歩くレディ・マーブルに、私の右肩に乗るルーンが突っ込む。
《大体、こんなバカでかい洞窟作っといて『か弱い』も何もないだろ》
《も、ものづくりの能力と戦う力は別物だもの!》
言ってること自体は分からなくもない。
《もうっ! 覚悟決めなさいよレディ・マーブル!》
私の左肩に乗るケットシー姿のサラが、レディ・マーブルに左前脚を突き付けた。
《この洞窟の主はあなたなんだから! 虚勢でもなんでもいいから堂々としてなさい!》
《は、ハイッ!》
レディ・マーブルがビシッと姿勢を正す。ワオ、鶴の一声。
そうこうしているうちに第3層を抜け、レディ・マーブルの『家』に到着する。
一通り確認してみたけど、今のところ天井にも床にも壁にも破壊された跡はない。レディ・マーブルが安堵の溜息をついた。
《…良かった…》
が。
──ズン!
《!!》
振動と共に、重い音がした。明らかに昨日より近い。
「早速お出ましかな。…ルーン、方向は分かる?」
《ああ、こっちだ!》
ルーンが床に飛び降りて迷わず駆け出す。
リビングを通り抜けて魔蛍石の山がある部屋の奥まで来ると、ルーンはぴくぴくと耳をせわしなく動かした。
《この壁の向こう──まだ結構距離があるな》
「どれくらい?」
《50メートルくらい》
「いや、近いよそれ」
突っ込んでいる間に、また振動。私はレディ・マーブルに向き直った。
「レディ・マーブル、この部屋の拡張お願い」
《か、拡張?》
「多分だけど、この広さじゃ戦うには狭すぎる。ウォーハンマー振り回せるくらいの余裕が欲しい」
《だな。これは──多分、ヘンドリックが正解だ》
ルーンが告げた途端、レディ・マーブルが小さく息を呑んだ。
今朝、『地面を爆破または破砕出来る生き物に心当たりはあるか』と訊いてみたら、ヘンドリックとハウンドが何種類か候補を挙げてくれた。
その中で一番可能性が高いと言っていたのが、南の山岳地帯──ユライト山脈一帯に生息する『ハンマーヘッド』という大型の魔物だ。
と言っても、私の元の世界で有名な『T字型の頭が特徴のサメ』じゃなくて、ミミズだか脚の無いムカデだかを巨大化させたような魔物らしい。
頭の先端が非常に硬く、それを叩き付けて岩盤を破壊する。しかも爆発系魔法を扱えるそうで、直接破壊できない硬い岩は魔法で爆砕する習性がある。
『この辺の地下で爆発っつったら、十中八九ヤツだろ』というのがヘンドリックの見解だった。
ちなみにハウンド曰く、『大穴でユライト山脈の南側に住んでるドワーフが坑道を拡張し過ぎてるって線もある』らしいんだけど…いくらドワーフでも、山脈の南側から北側まで貫通するような坑道を作るのは無茶じゃないかな。ドワーフは地道に手掘りで鉱物を採掘するって言うし。
《じゃ、じゃあやるわよ…?》
レディ・マーブルが恐る恐る壁に近付き、手を翳す。
ズ…と低い音がして、壁がゆっくり遠ざかって行くにつれ、壁面に透明な光る石──魔蛍石が露出し始めた。
床に山積みになっている分もそこそこ光ってるけど、露出したての魔蛍石はまるで蛍光灯みたいな明るさだ。レディ・マーブルの魔力に反応してるんだろうか。
そんな様子を観察している間にも、断続的に振動と重い音が響いている。
段々近付いている、と、私にも分った。
《…!》
一際大きい爆発音と振動に、レディ・マーブルがビクッと手を引っ込めた。ルーンが真剣な顔で壁を睨み据える。
《レディ・マーブル、もう十分だ。サラと一緒に入口の方に避難しててくれ》
《わ、分かったわ。サラ、行きましょ》
《ええ》
流石にサラの表情も硬い。私は肩の上のサラを両手で抱き、レディ・マーブルに手渡す。
「サラをよろしくね、レディ・マーブル」
《…ええ!》
レディ・マーブルは一瞬目を見張り、すぐに真剣な表情で頷いてくれた。
振動はもう本当にすぐそこだ。レディ・マーブルとサラが退避したのを確認して、私はウエストポーチからウォーハンマーを取り出す。
《…相当デカいぞ。油断するなよ、ユウ》
「ルーンもね。──急所は頭の硬い部分だっけ?」
《あと、両サイドの触覚な。俺はそっちを狙う》
「了解。じゃ、私は頭をぶっ潰しに行くわ」
《爆発魔法は使わせるなよ》
「頑張る」
何せ初めて戦う相手なので、確約できない。こんな場所で爆発なんか起きたら全員タダじゃ済まないし、気を付けないと。
待つこと暫し。
《──来るぞ!》
ぶわっとルーンが全身の毛を逆立てた、次の瞬間。
──ドガン!!
右奥の壁が粉々になりながら吹っ飛び、激しい土煙が上がった。
その奥に、冗談みたいな長さの巨大な影が見える。
《振り払う風!》
ザッと風が吹き、一瞬で土煙が晴れる。そこに居たのは──
「……キモッ!」
思わず叫んだ私は悪くないと思う。
一見すると、ちょっと扁平な巨大ミミズ。でもよく見ると体表はリング状の細かい殻っぽいものが連なっていて、金属と液体の中間みたいな妙な光沢がある。
胴体の太さは一抱え以上、長さは5メートル以上あるだろうか。本当にデカい──というか、長い。
その先端、頭部と思われる部分には、トゲトゲした馬鹿デカい茶褐色の塊がついていた。大きさを無視すればドリアンっぽい。匂いはしないけど。
ルーンが素早く横に回り、身を低くして距離を測っている。
蛇が頭をもたげるように、ハンマーヘッドが塊のついた方の先端を持ち上げてこちらに向けた。
その先端が頭部だと言い切れないのは、見た感じ、目も口もないからだ。あるのは、ドリアンの根元に生えてる左右1対のちょろひげ──触覚だけ。
地下の魔物だから目が必要ないのは分かるけど、口もないってどういうこと?
その答えは、次の瞬間あっさりと明かされた。
「は…!?」
ガバっと、ドリアン部分が真っ二つに裂けた。塊だと思ってたら、顎だったらしい。
…ってことはもしかして、外側に見えてるトゲって、歯? なんか内側にも同じようなの生えてるし。
とりあえず、
「…生理的に無理!」
叫んで、私は横殴りに襲い掛かって来る大顎を避けた。