157 阿呆の顛末
その日の夜。
《暇だわ》
テントに入ると、サラがぼそりと呟いた。
元々テントは1人用なので、サラは練習も兼ねてケットシーの姿になっている。この場に居るのは私とサラとルーンだけだ。
ちなみにレディ・マーブルは第1休憩所の一番奥側に岩盤で小屋を作って引き籠もっている。マグダレナに会うのが本当に嫌らしい。
本当ならすぐにでもマグダレナのところに報告に行った方が良いんだろうけど、レディ・マーブルの反応が反応なので、洞窟内部全体の探索をちゃんと終わらせてからにしようってことになった。
多分、あと数日も掛からないだろうけど。調査完了までに心の準備を終えてほしいところだ。
「暇って」
《だって、やることないんだもの》
《今まではどうやって過ごしてたんだ? あの『家』だって、そんなに娯楽ないだろ?》
ルーンの指摘に、サラは小首を傾げて応じる。
《大体身体の形を保つ練習をしてたわ。気を抜くとすぐ水溜りになっちゃうから、結構大変だったのよね。あと、レディ・マーブルと駄弁ったり、洞窟の拡張の計画を練ったり》
何だかんだやることはあったらしい。
暇なら寝ればいいと思うんだけど、そういう気分でもないようだ。
…そういえば精霊って、そもそも寝るのかな?
《あっ、そうだ!》
内心で首を傾げていたら、サラがぱっと顔を上げた。
《あの馬鹿2人の顛末、知りたくない?》
「あの馬鹿…」
誰のこと……あ、アレか。こっちの世界に来てチヤホヤされた結果豚と化してあっちに帰ってった浮気野郎とサキュバスもどきのことか。
《…ユウ、今誰のことか分かってなかったでしょ》
目が泳いだ一瞬でバレた。流石サラ、鋭い。
「いやなんかもう、奴らのことは記憶の彼方だったというか」
ここ半年何だかんだ忙しかったし、最近じゃもう思い出すこともなくなってた。でも、
「どうなったか興味はあるよ」
もはや野次馬気分だけど。
私が正直に申告すると、サラはすぐに機嫌を直した。
《そうよねー。じゃあまず、あの浮気野郎の方なんだけど》
名前を言わないのはわざとなのか、それともサラにとっては何十年も前のことだから忘れてるのか。
《一応お姉の誘拐疑惑については証拠不十分で不起訴になったんだけど、当然家も仕事もなくなってて、色ボケ女とはあっさり破局。親を頼って辛うじてアパートに入居したけど再就職先も見つからなくて、コンビニで万引きを繰り返すようになってコンビニ店長からこってり絞られて…逆恨みしてコンビニ強盗を企てて店員に返り討ちにされたわ》
「返り討ち」
《ただでさえ万引き常習犯としてブラックリストに載ってる上に、下見してる時の態度でバレバレだったって。店員と居合わせた他の客がペイントボール投げまくって、警察が到着した時には全身蛍光塗料まみれになって駐車場でもがいてたらしいわ》
「…大変だっただろうね、警察…」
蛍光塗料でベッタベタの豚野郎なんかパトカーに乗せたくなかっただろうな…。
それにしても随分詳細な情報だと思ったら、何と全国ニュースで取り上げられてたらしい。店員と客の見事な連携プレーとあまりに間抜けな犯人って内容で。
《当然、ヤツはそのまま逮捕されて万引きその他の余罪も追加されて実刑判決。何年後かに出所したっぽいけど…その後の人生は推して知るべし、ってやつね》
《自業自得だな》
ルーンが楽しそうに尻尾の先をぴくぴくさせる。
ルーンとヤツにあんまり接点はなかったはずだけどと思ってたら、ルーンは城にもちょいちょい出入りしてて、ヤツの傍若無人っぷりをたっぷり目の当たりにしてたそうだ。
なるほど…いや、良いのかそれ、城の警備的に。
《で、サキュバスもどきの方はどうなったんだ?》
《あの女は最初は上手くやってたわねー。太り過ぎて当時の婚約者にはあっさり捨てられてたけど、その後もっと金持ちのオッサン捕まえてね》
「うわ、ある意味流石…」
《で、結婚してSNSに『私の幸せセレブ生活』みたいなキラキラ画像大量投下してたんだけど、ある時『お友だちとアフタヌーンティー♡』とかいう画像の中の窓ガラスに写り込んでた『お友だち』がどう見ても旦那じゃないオトコで、しかも親密にお手々繋いでるって指摘が入って大炎上》
「わあ」
ある意味…流石というか…。
《批判のコメントが殺到して、そのコメントにまた上から目線で返すもんだから火消しも出来なくて、最終的に炎上のし過ぎでアカウント凍結からの削除。聞いた話じゃ、元々旦那の方もヤツの浮気を疑ってて、証拠を集めてたところだったみたいね。リアルの友人から旦那に話が伝わって、丁度良いからって慰謝料請求されて最終的に離婚したみたい》
すごいコンボだな。
《ちなみにアフタヌーンティーしてた『オトモダチ』はどこぞのホストで、あの女は完全に財布扱いだったらしいわ。離婚後は実家からもホストからも見捨てられて、しかも変に有名になっちゃったもんだから新しい寄生相手も見付からなくて、色んな意味でボロボロになってたっぽいわね》
なるほど。
…とりあえず、1つ分かったことがある。
「…『窓ガラスに映り込んだ相手が旦那じゃないオトコだ』って指摘したの、沙羅でしょ」
私が呟いた途端、サラはピタッと動きを止めた。
数秒後、すすす…と視線を逸らす。
《……スマホ画像の解像度ってすごいわよねー》
うん、やっぱりか。
《って言うかお姉、何で分かったの》
呼び方が昔に戻っている。まあでも、この話題じゃあね。私も『沙羅』って呼んだし。
「炎上してアカウント凍結された顛末まで知ってるってことは、SNS上でずーっと見張ってたんでしょ? で、あんたの性格からして、隙を見せた敵を追い込まないはずがない」
《まあ否定はしないわ》
《嫌な性格だな》
「ケットシーも、ネズミが背中を向けたらとりあえず襲い掛かったりしない?」
《なるほど、納得した》
茶々を入れて来たルーンには即座に補足しておく。
…しかし自分で例えといてアレだけど、サラって元々の性格がネコっぽい…?
《ま、あの馬鹿2人はそんな感じね。正直私が何かしなくても勝手に自滅した気がするわ。実際浮気野郎はちょっと目を離した隙に刑務所行きになってたし》
「こっちの世界で好き勝手やってたから、余計にオレサマになってたんだろうねえ」
見事どツボにハマったってことだろう。あーあ。
《ユウはこっちでどうしてたの?》
そういえば、サラの事情は聞いたけど自分のことは話してなかった。
興味津々な顔で見詰めて来るケットシー(もどき)に、私はこれまでのことを簡単に説明する。
サラは最初こそ楽しそうに聞いていたが、最近の──私が国外脱出した経緯を話したら表情が変わった。
《……ふぅん………》
目が据わってる。
《…とりあえずお貴族様と王太子はいっぺんぶん殴った方が良いんじゃないかしら》
「現時点でそれやったら余計な面倒が増えるから」
物理的に距離を置いたお陰で、私の方はわりと冷静になっている。
サラは納得がいかないらしく、眉間にシワを寄せてヒゲを震わせた。
《なんで日和ってるのよ。折角『剛力』なんて面白いスキルがあるんだから、有効活用すればいいのに》
「有効活用の方向性間違えちゃダメでしょ」
『ムカつくから』なんて理由で他人をぶん殴ったら犯罪者まっしぐらだ。
それに、ただ殴れば良いってもんでもない。特に今回は無駄に地位が高いやつがこっちを囲い込もうとしてるって状況だから、下手に殴ったら被害者ヅラで『責任取れ』とか言って来る可能性が高い。
…責任って何だろうな。私だったら、殴って来た相手と今後もお付き合いしたいとは欠片も思わないんだけど。小王国のお貴族様とか王太子の取り巻きはそういう反応をしそうなんだよね…。
私の説明に、サラは心底嫌そうな顔をした。
《…人間社会って面倒臭いわ》
「あんたも元人間でしょうが…」




