155 契約と対策
「…で──」
ヘンドリックがすっ…とレディ・マーブルから視線を逸らし、今度はサラに話を振った。
「そっちの…サラは水精霊だって話だよな」
《ええ、そうよ》
「あのガーゴイル──レディ・マーブルに保護してもらってたってのは、本当か?」
《本当よ。レディ・マーブルが居なかったら、私は今ここに居ないわ》
ちなみにこの発言は作戦の一つだ。
ガーゴイルは冒険者ギルドで討伐対象として扱われることの多い魔物なので、ヘンドリックたちに『危険だ』と判断されないように、『精霊であるサラの恩人』という事実を強調しようってことになった。
…まあ作戦もなにも、レディ・マーブルの言動を見れば、危険な魔物じゃないってことは一目で分かるけどね。
「そうか…。…ところで、さっきから気になってたんだが」
ヘンドリックの眉間に深いシワが寄った。
む。何か警戒されるようなこと、あったかな?
「…なんでお前、ユウにべったりくっ付いてんだ?」
「へ?」
《え?》
そういえば、先程からまたサラが私の背中に張り付いている。特に重くもないし顎で後頭部グリグリしてくるわけでもないから放置してたけど、これって結構異様な光景かも知れない。
困惑しているヘンドリックたちに、サラは即答した。
《ユウの魔力をいただいてる》
「は?」
《だって私、ユウと契約したんだもの》
『………はあ!?』
ふふーん、と得意気に胸を張るサラと、何故か目を剥いて叫ぶヘンドリックたち。
「え、そんな驚くこと?」
「いや何でそんなに落ち着いてんだよお前! 精霊との契約って言や、英雄とか勇者とか、歴史上の偉人の所業だぞ!?」
「うえっ!?」
思わず変な声が漏れる。
歴史上の偉人って何だ。ものすごく面倒な匂いがするんだけど。
レディ・マーブルにされるがままになっているルーンが、ああ、と呆れ混じりにこちらを見た。
《やっぱ知らなかったか…。まあやっちまったモンはしょうがないよな》
「ルーン、私とサラが契約した時にやたら投げ遣りだったのってこのせいか!」
《気付くのが遅いぞユウ》
「気付くかー!」
元々こっちの世界の住人じゃないのに知るわけない。…くそう、ルーン、分かってて黙ってたな…。
…まあ、あの時知ってたところで契約を回避出来たとも思えないけど。相手、サラだし。
《勇者ねえ…》
「変な呼び方禁止!」
ニヤニヤ笑うサラを睨み付ける。
…だが効果がなかった、とか言ってはいけない。
「いきなり嫌がり始めたな」
「極端だねえ」
「良いじゃないですか」
「すごいことだと思うわよ」
「ヤダー!」
私が叫ぶと、フェイが首を傾げる。
「何がそんなに嫌なんですか?」
私は即答した。
「『英雄』とか『勇者』とか、どう考えてもそれっぽい称号とわざとらしい賞賛で誤魔化されて大した対価も貰えずに他人にいいように使われる立場でしょ!?」
「オイ、言い方」
ヘンドリックが半眼になる横で、ハウンドが苦笑する。
「あながち間違っちゃいないのがまた何とも言えないね」
そりゃあ、小王国の歴代『勇者』が歴史書で讃えられてる裏でどんな風に扱われてたのか、石碑でたっぷり学んだからね…。
しかし、ハウンドに同意されるのはちょっと意外だ。
「そ、そうなんですか?」
「『英雄』がそういう交渉をするのは好まれないのは確かさ。あんたたちだって、みんなに崇拝されるような『英雄』が『こんな報酬じゃ安すぎる』とか言うのは想像できないだろう?」
「ああ…」
「確かに」
「英雄だったら少しくらいタダで仕事しろよ、みたいな無言の圧力はありそう…」
「タダ働きダメ、ゼッタイ」
私がぼそりと呟くと、そりゃあな、とみんなが頷いた。
何せみんな冒険者だ。その辺の価値観は同じだと信じたい。
「…にしてもお前、嫌がりすぎだろ」
ヘンドリックに笑われたので、目を細めて返す。
「ヘンドリックだったら耐えられる? 大した功績も無いのにいきなり『勇者』だ『英雄』だって祭り上げられて、結果タダ働きが増える未来。なんだったらこれからヘンドリックのこと『勇者様』って呼んであげようか? 小王国でアビススライム大量討伐した実績もあるもんね?」
「やめてくれ鳥肌が立つ」
「でしょ?」
「スマン」
スン…と真顔になったヘンドリックが即座に頭を下げた。
個人的には、つい半年前に小王国で魔物の大量発生を引き起こしたどこぞの阿呆と同じ呼び方されたくないってのもある。
勇者とか英雄とか、最早私の中では条件反射でぶん殴りたくなる単語でしかない。
私はフー…と溜息をつき、頭を切り替えた。
「…とにかく、契約しちゃったもんは仕方ない。けど、他の人には絶対秘密にしといて」
《秘密もなにも、精霊が人間にべったり張り付いてるの見たら誰だって一発で分かると思うぞ》
「黙らっしゃい」
レディ・マーブルにひとしきり撫でられたルーンが戻って来たと思ったら、即座に茶々を入れてきた。
今のサラは人間と全く変わらない見た目になってるし、変なことしなければ精霊だってバレるはずない………バレない、よね…?
「…ちなみに精霊って、パッと見で分かるもん?」
みんなに訊いてみたら、
「俺は見ただけじゃ分からなかったな。言われて気付いた」
「気配が普通と違うからねぇ」
「そうですね。ちょっと人間離れしてる感じがします」
「あ、魔力の質も違うわよ」
「魔法使いとか回復術師とか、魔力の感知に長けた人には分かると思います」
「……分かるんだ……」
回答があまりにも絶望的だった。
《ちなみにケットシーだったら確実に気付くぞ》
ルーン、トドメを刺しに来るんじゃありません。
「サラ、何とかならない!?」
《えっ!?》
「こう、精霊だって分からないように気配を変えるとか、姿を変えるとか! 水だった時は大きさも違ってたでしょ!?」
《ええ…?》
必死にサラに頼んでみた──結果。
《まあこれなら分からないだろ》
ルーンが太鼓判を押してくれたのは──
形の良い耳の先から長い尻尾まで、全身ブルーグレーの柔らかな毛皮に覆われた、
「すごいな」
「可愛い」
「うんうん、良いと思う」
藍色の目が印象的なネコ──もとい、ケットシー。
《ふっふーん、流石私》
上機嫌にピンと立った尻尾が可愛い。子猫ではないけど小柄なのがまた絶妙だ。
ただ、どうしても毛色のせいであのキャラを連想しちゃうんだよね…。
《ダイア◯って呼んでも良いのよ》
「いや、サラだから」
各方面から怒られそうなこと言うのやめなさい。
さっきまで、危うく三日月型の例のマーク額につけそうになってたし…。
…まあ子どもの頃にあのアニメ妹に布教したの、私だけど。
ルーンといいアルといいサラといい、こんな時間差でネタっぽい状況になるとは思わなかったよ。
ちなみに何でケットシーの姿なのかって、単純にサラが一番リアルに想像出来たのがネコだったからだ。
長年猫神社の神職を務めただけあって、ネコとしての仕草に違和感がない。
…そういう問題じゃない?
《これで堂々と街を歩けるし、ユウに張り付いてても見咎められないってわけね。ルーンは右肩に居ることが多いみたいだし、私は左側かしら》
サラの言葉に、一瞬両肩にケットシーを乗せて街を闊歩する自分を想像する。
…これはなかなか…
「ルーンと一緒に乗ってたらそれはそれで目立たないか?」
「ケットシーに挟まれるならそれもまた良し!」
グッと拳を握って力強く答えたら、
「…なるほど、そういう感じか…」
「英雄扱いは嫌がってたのに…」
「それはそれ、これはこれ、ですか」
何か生暖かい目で見られてる気がする。
おかしいな。