154 みんなの反応
その日の夕方、第1休憩所にて。
「──というわけで、精霊のサラとガーゴイルのレディ・マーブルです」
《よろしく》
《よろしくねぇ》
『………は?』
私の紹介に続いてサラとマーブルが愛想良く挨拶したら、ヘンドリックたちはポカンと口を開けた。
待つこと暫し。
「………いやいやいやいや、どういうことだよ!?」
真っ先に硬直を脱したのはヘンドリックだった。
うん、期待通りの反応だな。私だって誰かがいきなり魔物と精霊連れて帰って来たらこうなるわ。
「どうもこうも、見ての通りだけど」
「意味が分からん!」
「そこは冒険者なんだから現実を受け入れてだな」
「どんな無茶振りだ!」
ツッコミのキレがギルド長に似てるなあ。
…などと思いながら観察していると、数秒もしないうちにヘンドリックは深々と溜息をついた。
「…ああくそ、無駄なエネルギー使わせやがって」
ちっ、もう少し面白おかしく慌てて欲しかったのに。
「…お前今、変なこと考えただろ」
「気のせいじゃない?」
ジト目で睨まれたので肩を竦めておく。
ハウンドが苦笑した。
「驚いたが…ユウなら何を仕出かしてもおかしくないと思っちまうね」
「そうですね」
《まあ通常営業だな》
フェイとルーンが即座に頷いた。私を何だと思ってるんだ。
「で、この2人はここの奥に居たのかい?」
「うん。第3層の、かなり奥の方にね」
《あらやだ、なーにその無骨な呼び方》
レディ・マーブルが渋面を作る。
「便宜上の呼び方だけど。ほら、ここに来るまでに通った休憩所。あれを区切りにして階層分けして呼んでんの」
《理屈は分かるけど、色気がないわね》
そんな駄目出しされても。
《私が作った洞窟なんだから、もうちょっとお洒落な名前つけて欲しいわ》
『……は?』
駄目出しついでに爆弾を落とされて、ヘンドリックたちが再びフリーズした。とりあえずそれは放置して、私は首を傾げる。
「お洒落な名前って、例えば?」
《暗夜回廊とか、奈落へ続く道とか…》
それはお洒落ではなく『中二病』じゃないだろうか。
「ええ…」
私が反応に困っていると、サラがズバッと切り込んだ。
《それはそれで趣味が悪いわよ、レディ・マーブル》
《なによう。じゃ、あんただったらどういう名前付けるわけ?》
《エリア・ブロンズとか》
《それじゃ銅鉱石採れそうじゃない。私、そんな仕掛け用意してないわよ》
大変不毛な会話が繰り広げられている。
ヘンドリックが呻きながら片手を挙げた。
「あー、熱心に議論してるとこ申し訳ないが、冒険者にとっては『第1層』『第2層』の方が分かりやすいんでそっちで頼む」
《えー》
《やーね、配慮のない男は》
「何とでも言え」
サラとレディ・マーブルにジト目で見られ、ヘンドリックが悪態をつく。何かやさぐれてるな。
「…で? そっちの──あー、レディ・マーブル?」
《ええ》
「あんたが、この洞窟を、作ったって?」
《ええ、そうよ》
「…ガーゴイルってそんな力持ってたか?」
《能力は持ってるわよ。既存の廃墟とか洞窟を住処にすることが多いから、普通は使わないってだけ》
「じゃあ何であんたはわざわざ」
問われ、レディ・マーブルは一通りのことを説明する。
元々人間に興味があり、同族の仲間からは爪弾きにされていたこと。
ユライト湖畔の漁師小屋に行ってみたら討伐対象と見做され、そこで冒険者と、マグダレナとスピリタスに出会ったこと。
マグダレナと『二度と人里には近付かない』と約束したこと。
それでも何とか人間と交流を持ちたくて色々考えた結果、『大きな洞窟を作って待っていれば、いつか人間の方から来てくれるんじゃないか』と思いついたこと。
そうして洞窟を作ったは良いが、いざ冒険者が入って来たらどう交流を持てば良いのか分からず、とりあえずひたすら洞窟の改装と拡張に勤しんでいたこと。
そんな日々の中、水精霊のサラと出会って保護したこと。
そして今日、私とルーンに見付かり、色々あって一先ずこの場に来ることにしたこと。
ひとしきり説明を聞いたヘンドリックは、一つ頷いた。
「なるほど、分からん」
《私の労力返して頂戴!》
レディ・マーブルが即座に叫ぶ。
突っ込みの鋭さのわりに、その表情は──
「楽しそうだね、レディ・マーブル」
指摘したら、レディ・マーブルは立派な肩をぎくりと強張らせた。
《そっ…そそそそんなことないわよ?》
「…」
《うっ…──し、仕方ないじゃない! こんなにたくさんの人が、逃げずに会話してくれるなんて初めてなんだから!》
何だかものすごく切ないこと言い出した。
ルーンがそっ…と目を細める。
《苦労して来たんだなあ…その見た目のせいで》
《同情するフリして傷えぐりに来るのやめてくれない!?》
見た目可愛いのに中身が全然可愛くないわ!と叫んだ後、マッチョなガーゴイルはがっくりとその場に膝をついた。
《私だって…私だってもうちょっと可愛く生まれたかったわよ…なんでガーゴイルって厳つい見た目固定なのよ…どうせだったらガーゴイルじゃなくて、それこそケットシーとかジュエルラビットあたりに生まれたかったわ…》
「あー…」
「ルーン…」
《わ、悪かったよ》
どうやら、レディ・マーブルの精神的急所にクリーンヒットしてしまったらしい。
レナとクレアの責めるような視線に、ルーンは慌てて謝った。
《いいのよ…生まれつき愛されるのが決まってるふわっふわでモッフモフの生き物にゴリゴリでガチガチの生き物の気持ちなんて分からないわよね…フフ…》
「ゴリゴリでガチガチの生き物」
「シッ、ユウ!」
《悪かった! 悪かったって!》
ルーンが私の肩から飛び降り、レディ・マーブルに駆け寄った。
《変なこと言ってスマン! 謝るから! なっ!》
《…じゃあ許すから代わりにモフらせて》
ギラリ、レディ・マーブルの目が光る。
…罠だったみたいだね。
第1休憩所に戻る道すがら、ずーっと背中に熱い視線を感じてたんだけど…あれレディ・マーブルの『肩乗りケットシー羨ましい…』って念を込めた視線だったんだろうな…。
ルーンが仕方なさそうに近付いて、レディ・マーブルの正面にちょこんと座る。
《良いけど、力入れすぎるなよ》
《き、気を付けるわ》
レディ・マーブルが緊張気味に手を伸ばし、ルーンの頭にそっと触れた。
ふおおおおお…と、奇声っぽい念話が響く。
…しばらくこっちに戻って来そうにないな…。