153 握手
レディ・マーブルと握手を交わした後、私は沙羅にも向き直る。
「沙羅も──そういえば、名前は『沙羅』で良いの?」
転生したんだから名前も変わっていてもおかしくない。その可能性に気付いて訊くと、沙羅はちょっと首を傾げた。
《うーん…そうね。一応、音としては同じ呼び方をしてもらってるけど、漢字の『沙羅』じゃないのよね》
なるほど。
私も漢字で書くと『優』だけど、こっちじゃもう『ユウ』で通してるし、そう呼んでもらってる。微妙な違いだけど、聞いてると結構分かるんだよね。
「分かった。じゃあ私も、『サラ』って呼ぶよ。──よろしく、サラ」
改めて手を差し出すと、沙羅──いや、サラは笑顔で頷いた。
《ええ、よろしく──ユウ》
そうして握手を交わした瞬間──半透明だったサラの身体が急に濃い色を纏い、人間と全く変わらない見た目になった。
「…へ?」
《…え?》
私とサラは呆然として、
《あっ》
《ああっ!?》
ルーンとレディ・マーブルは目を見開く。
…え、なに今の。
その疑問に答えたのはルーンだった。
《あーあ、契約交わしちゃったな》
「契約?」
《精霊との契約。名前を付けて魔力を渡す代わりに、精霊に力を貸してもらえるってやつ。滅茶苦茶貴重だぞー。良かったな》
良かったって言うわりに態度が投げ遣りなのはなんでだ。
《なんで? なんで握手だけで契約成立してるの!? 私がサラと出会った時は何ともなかったのに!》
レディ・マーブルの方はもっと複雑だった。何かものすごく悔しそうに歯ぎしりしてる。
そんなこと言われても。
ルーンが訳知り顔でレディ・マーブルと私を見比べた。
《魂の相性の問題だろうな。他人同士より元姉妹の方が相性良いのは当たり前だろ》
曰く、精霊と契約できるかどうかは『魂の相性』で決まる。
あと、契約相手は精霊に魔力を渡すことになるので、相性が良くても魔力量が一定以上じゃないと契約は成立しないらしい。
自分では使えもしない魔力がこんなところで役に立つとは。
《くうっ…言い返せないじゃない》
「まあ私とサラの仲だからね」
悔しがるレディ・マーブルに胸を張っていると、背後からのしっとサラが抱き付いて来た。
《うーん…》
「?」
《何か気持ち良い》
「後頭部を顎でぐりぐりするのやめなさい」
人型は直近の私の記憶にある『沙羅』の姿ほぼそのままなので、身長が私より高い。どうせだったらもうちょっと子どもの頃の姿になれば良かったのに。
具体的には、私より身長低い時の姿に。
《接触部分から魔力が流れてるな。もしかしてお前、魔力が足りてなかったんじゃないか? だから姿を保てなかったんだろ》
「そんなことあるの?」
《力を使い過ぎてロウソクの炎くらいになっちまった火精霊とか、小さい水晶玉みたいになった地精霊とか、そういう話はあるぞ。生まれた時点で魔力不足だったって話は聞かないけどな》
《…転生で精霊になったから、他の精霊と違うのかしら》
《かもな》
ルーン曰く、この辺りは魔素濃度が高いが、サラはその魔素を上手く取り込めていないそうだ。
精霊は本来魔素を取り込んで魔力に変換し、それを糧にして生きる存在。魔素が取り込めなかったり、取り込み量に対して消費量が多すぎたりすると魔力不足に陥って、本来の姿を保てなくなる。
先程までのサラはまさにその状態だったらしい。
が、私と契約したことによって私の魔力を直接受け取れるようになったため、魔力不足が解消して存在が安定したのではないか──それがルーンの見立てだった。
《抱き付くと気持ち良いのは、ユウから魔力が流れ込んでるからだろうな》
「つまり食事?」
《まあそんなもんだ》
ルーンが頷くと、背後でニヤッと笑う気配がした。
《つまりユウは美味しいってことね》
「何か若干気持ち悪いからやめい」
サラをべりっと引き剥がし、渋面で告げる。
先程は掴もうとしても『ほぼ水』だったのに、今はひんやりと冷たいながらもちゃんと肌や布のような質感があるのが不思議だ。見た目だけなら本当に普通の人間と変わらない。ほほう…ふにふに。
「…」
《…ユウ、何してるの?》
「触って感触を確かめてる」
《気持ち悪いわ》
サラが無理矢理手を引き抜き、私から距離を取った。自分で抱き付いて来たくせに。
まあともあれ、存在が安定したなら何よりだ。試しにルーンがサラに魔力を流してみても、サラは平然としていた。
《大丈夫そうだな》
《ええ》
《…なんでよう……》
レディ・マーブルは部屋の隅でいじけている。
《ずーっと私がお世話してたのに…変人冒険者が来たら秒で色々解決するって何なのよ……》
「そんなこと言われても」
《まあユウだからな》
そこ、その一言で片付けようとするんじゃない。
私がルーンにジト目を向けていると、サラがレディ・マーブルに近付き、ポンと肩を叩いた。
《そんなにいじけないでよ。今まで私が無事だったのは間違いなくレディ・マーブルのお陰なんだから》
《…本当にそう思う?》
《事実でしょ?》
サラが即答する。
《レディ・マーブルが保護してくれなきゃ、とっくの昔に魔物に食べられるか、自分の身体を上手く制御出来なくて私の人生終わってたわよ。本当に危なかったんだから》
「え、そんなに?」
《そうよ》
サラ曰く、転生してこの洞窟に生まれ落ちた直後はまともに身動きが取れず、周囲を魔物に取り囲まれて大変だったらしい。
《背中側がコケみたいなもさもさした感じで、腹側に虫っぽい脚が何本もついてる魔物が集団でにじり寄って来たの。狙われてるのは分かったけどどうやって身体を動かしたらいいのか分からなかったしどんどん周囲から気持ち悪い生き物が集まって来るしで、正直『初手から詰んだ』って思ったわ》
背中側がコケで腹側に脚が何本もって…
《…ヒカリゴケだな。奴らは魔素を食べるから、魔素の塊みたいな精霊が無防備にその辺に転がってたら、格好の捕食対象になるか…》
「…ちょっとその辺のヒカリゴケ殲滅して来て良い?」
私が真顔でウォーハンマーを構えたら、ルーンがギョッと目を見開いた。
《は? 何言い出すんだよ!?》
「ウチの妹を食べようとする不届き者はこの世に居ない方が良いと思うの」
《この洞窟のヒカリゴケは保護対象だろ!》
「知るか! そこら辺で光ってるだけの謎の生物なんて居ても居なくても一緒だ!」
《気持ちは分かるけどダメだって! ──おいそこの妹! 黙って見てないで止めてくれ!》
《ユウってば相変わらずよねー》
《姉妹愛ってやつねぇ》
《微笑ましそうな顔で流すなー!!》
なおこの後、ルーンに全力で止められて『ヒカリゴケ殲滅作戦』は不発に終わったのだが──
第1休憩所に向かう道中、何故かヒカリゴケには1匹たりとも遭遇しなかった。
…どさくさに紛れて何匹か狩っておこうと思ったんだけど。
殺気を悟られたか。チッ。




