152 洞窟のヌシのご褒美
《──さて、それじゃ改めて、私を見付けた冒険者にプレゼントよ》
レディ・マーブルが石箱を開け、中から何やら大きなものを取り出した。
ドン、とテーブルに置かれたのは、人間の頭より大きい透明な石。ちょっと歪んだ五角柱っぽい形をしていて、先端は斜めにスパッと切られたように尖っている。宝石だろうか。
ルーンがその石に触れると、石がわずかに光った。
《魔蛍石だな》
「まけいせき…あ、魔石ランプの芯材に使われてるやつか」
首元のチョーカー型のライトを外し、石の隣に並べてみる。
ライトの芯材──光源は丸く形を整えられた透明な石だ。所々に様々な色合いのラメのような光が見えて、確かに、この大きな石と色や質感が近い。
《にしても、すごい大きさだな…相当な貴重品じゃないか?》
魔蛍石は魔石ランプに使われる一般的な素材だけど、鉱山で採取されるものの大部分は親指の爪くらいの大きさで、握りこぶしより大きな石は珍しかったはずだ。しかも採れる場所が限られてて、確か、ここの南の山脈を越えた先にある隣国とか、別の大陸の内陸国とかが主な産地……あれ?
「…魔蛍石って、この辺じゃ採れないんじゃ…?」
私が指摘したら、レディ・マーブルが首を傾げる。
《そうなの? でもこれ、私がここを拡張してる時に出て来たのよ?》
「えっ」
《ほら、あんたたちと出会った場所。あそこで光ってたの、全部この石よ》
《マジか》
「…でもそういえば確かに、光ってたね…」
レディ・マーブル曰く、この洞窟で魔蛍石が出てくるようになったのはここ最近。拡張を繰り返しているうちに掘り当てたそうだ。
拡張や改装で使う魔法に反応して光るので工事中は便利だけど、明るくなりすぎて冒険者の探索が変に捗っても困るので、作業が終わったら露出している分は丁寧に回収してこの家の奥に保管しているらしい。
《結構たっぷりあるわよ。見てみる?》
レディ・マーブルの案内で奥の部屋を覗くと、壁際に透明な石の山が築かれていた。
「うわあ…」
大部分は小さい石だけど、中にはケットシーの頭くらいの大きさのものもぽつぽつある。大きさは色々なのに、形は全部歪んだ五角柱だ。
《これはすごいな…》
「だね…」
物量に圧倒されて、ちょっと言葉が出ない。だって石の山の高さ、軽く私の身長超えてる。
…全部売っ払ったら一体いくらになるんだろ…。
思わず世俗的な想像をしてしまう。
《こんな溜め込んでどうすんだ?》
ルーンが首を傾げると、レディ・マーブルが頬に手を当てた。
《問題はそれなのよねぇ。このまま増え続けたら置き場がなくなっちゃうし、最近、ちょっと怖いことも起きてるし…》
「怖いこと?」
瞬間──
──ズン、と、地面が揺れた。
「!?」
《!》
私は思わず周囲を見渡し、ルーンは毛を逆立てる。
レディ・マーブルがひっと小さく悲鳴を上げた。
《こ、これ! これよ!》
《また!?》
沙羅の表情も険しい。
聞けば魔蛍石をこの部屋に溜め込むようになってから、こんな振動を感じるようになったそうだ。
最初は気のせいかと思っていたのだが、段々振動は大きくなり、最近では日に何度も揺れるらしい。
「入口の方じゃ全然気付かなかった…」
《揺れの大元が、こっちに近いんだろうな》
《お、大元って…》
《これ、地震じゃないだろ。何かを爆破してる振動とか、そんな感じだぞ》
《爆破…!?》
ルーンの指摘にレディ・マーブルが震え上がる。
地面の下で日に何度も爆発が起きてるって考えると、地震より怖いんだけど。
「…近くで鉱山開発でもしてるのかな?」
出来るだけ平和な予測を立ててみるが、
《この辺、鉱山なんかないけどな》
ルーンにあっさり否定される。…どうしろと。
《ど、どどどどうしたら良いの? 私、爆破されるなんてイヤよ!?》
レディ・マーブルはすっかり怯えてしまっていた。
まあガーゴイルだもんね。爆破には弱そうだよね。
「…じゃあ、一旦私たちと一緒に来る?」
《えっ?》
「洞窟を作ったヌシってことで、冒険者ギルドに報告しなきゃいけないし。どうせなら本人連れて行った方が良いかなって」
レディ・マーブルに提案した後、沙羅に視線を向ける。
「勿論、沙羅も一緒にね」
ここに妹だけ残して行く選択肢はない。魔力制御が甘いってことは、自分の身を守れない可能性があるってことだ。
それに、振動が段々近付いて来てるなら『家』の入口を封鎖してても意味がないと思う。岩盤爆破されて終わるんじゃないかな。
私が指摘すると、ルーンも頷いた。
《言えてるな。この振動の原因を調べるにしても、今すぐじゃなくて良いだろ。とりあえずみんなと合流しようぜ》
《で、でも、みんなって冒険者のことよね? 精霊はともかく、魔物が行って大丈夫なの?》
散々人間と交流が持ちたいとか言ってたのに、レディ・マーブルは変なところで及び腰になっている。
…あれ、もしかして気付いてない?
「魔物って言うけどさ──ケットシーだって魔物だよ?」
《……あっ》
私がルーンを視線で示したら、レディ・マーブルがぽかんと口を開けた。
ルーンが呆れたように目を細める。
《忘れてたのかよ…》
《け、ケットシーは特別でしょ!? 可愛いし、人間とそつなく会話が出来るし、すごく器用に魔法使うし、可愛いし、昔から人間の生活に溶け込んでるじゃない!》
可愛いって2回言った。真理だけど。
《別にケットシーに限った話じゃないぞ。小王国の農業で活躍してる水牛は多分魔物の血を引いてるし、個別に人間と契約して行動を共にしてる魔物だって居る。ウルフとか、バトルホースとかな》
ルーンが淡々と並べ立てて行く。
普段あんまり意識してないけど、街の中にも魔物は結構居る。人間と意思疎通が出来るならなおさらだ。
ガーゴイルは珍しいけど、マグダレナとの約束を──ちょっと自分に都合の良いように曲解してるところはあるけど──律儀に守ろうとしてるところを見ても、レディ・マーブルだったら信頼できるし、大丈夫だと思う。
「別に街に行こうって言ってるわけじゃないよ。この洞窟の中の、冒険者が拠点にしてるところまで行こうってだけ。それだったら、マグダレナとの約束を破ることにもならないでしょ? 今ならそんなに人数も多くないし、危ないと思ったら私が止めるからさ。物理で」
《さらっと暴力に訴えようとするんじゃない》
ルーンの突っ込みは笑顔で流しておく。
私の提案を聞いたレディ・マーブルは、暫く悩んだ後、おずおずと頷いた。
《…分かったわ。一緒に行く》
《私も》
沙羅も即座に頷く。私は笑顔を浮かべた。
「決まりだね。──じゃあ改めてよろしく、レディ・マーブル」
《ええ》