150 マッチョマダムなガーゴイル
「…ルーン、アルを経由してマグダレナかスピリタスに問い合わせてみて。…レディ・マーブルっていうマッチョマダムなガーゴイルに覚えはあるか、って」
《分かった。ちょっと待て》
よよよ、と再度泣き崩れるレディ・マーブルを尻目に、ルーンにお願いする。
ルーンが目を閉じて数秒後、すっ…とその耳が伏せられた。イカミミってやつだ。
《…知ってるってよ。『前にユウに話した、人里に現れた変わり者のガーゴイルで間違いない』らしいぜ》
「………こんな濃いキャラならそっちを教えといて欲しかった……」
変わり者、の一言は『人間に興味がある』に掛かると思ってた。…まさか性格が変わってるって意味だとは…。
…いや、落ち着こう。
さっきレディ・マーブルは、『この洞窟を作った』とか言っていた。それがもし本当なら、洞窟の全体像を把握するのに大変な手掛かりになる。
(と言うか、ガーゴイルに作られた洞窟ってことが分かっただけでも結構な発見になるんじゃ…)
地形を変える魔物はそれなりに多いけど、確かガーゴイルはその中に含まれていなかったはずだ。
ガーゴイルは魔素から生まれて魔素をエサにして生き、遺跡や廃墟に石像のふりをして佇んでいる──魔物図鑑にはそんな感じで書かれてたはず。
《…あー、うん、大体事情は分かった》
黙ったままヒゲをぴくぴく動かしていたルーンが、溜息と共に呻いた。アルを経由してマグダレナの話を聞いたらしい。
《で、何で『人里には近付かない』って約束が、こんな所で洞窟掘るのに繋がるんだ?》
《よくぞ聞いてくれたわっ!》
レディ・マーブルが勢いよく顔を上げた。
聞かれ待ちだったんかい。
《約束は約束だけど、どーしても人間と交流したかったの。で、冒険者って洞窟とか山岳地帯とか、人里離れたところにも来るじゃない? だったら、洞窟作って待ってたらいつか来てくれるんじゃないかなーと思って》
それなら、マグダレナとの約束を守れるし人間とも交流出来るかもしれない。
そうして巣──もとい、洞窟を作ったはいいが、いざ洞窟が冒険者に見付かったところで問題が発生した。
──どんな風に冒険者とファーストコンタクトを取れば良いのか分からない。
何せ相手は冒険者だ。以前討伐されそうになったこともあるし、迂闊に声は掛けられない。
とりあえず冒険者が興味を失わないよう、洞窟を拡張したりマイナーチェンジしたりして、ひたすら機会をうかがっていたらしい。涙ぐましい努力だな。
しかし…
「…じゃあなんでさっき、私たちに驚いてたの?」
訊いてみたら、レディ・マーブルはうぐっと言葉に詰まった。
《…だ、だって、平気で壁ブッ壊す冒険者が居るとは思わなかったんだもの…》
《まあ一理ある》
ルーンが深々と頷いた。
「他人事みたいに同意してるけど、壁の向こうに何か居るって言ったのはルーンだからね」
《とりあえずで壁壊したのはユウだろ》
《…あんたたち、両方おかしいわよ…》
責任を擦り付け合っていたら、レディ・マーブルに突っ込まれた。一番変なやつに『おかしい』とか言われても。
はああ、と人間臭く溜息をついたガーゴイルは、まあいいわ、と表情を改めた。
《あんたたちが変だったお陰で、出会い頭に戦いにならずに済んだんだし》
戦う気が起こらなかったのは、目の前のガーゴイルが出会い頭に乙女チックなポーズで悲鳴上げてたからなんだけど…言わぬが花ってやつか。
《一応、私を見付けた冒険者にはプレゼントを用意してあるの。要る?》
《要る》
「欲しい」
私とルーンは即座に頷いた。貰えるもんは貰っとけ、が小王国支部のルールだ。
レディ・マーブルはちょっと嬉しそうな顔をした後、じゃあついて来て頂戴、と澄ました態度で歩き出した。
部屋の奥、突き当たりに立って軽く右手を掲げると、ズズ…と音を立てて壁が左右に割れて行く。
「おお…」
《あら、地属性魔法を見るのは初めてかしら?》
《初めてじゃないが、こんな大規模で繊細な制御は見たことない》
《あらそーお?》
ふふん、とレディ・マーブルが誇らしそうに口の端を上げた。
《そんなに難しくないわよ。空間を作りたい場所の岩盤を動かしながら、相対的に周囲の岩石の密度を上げて行くの。岩と岩を押し付けて、もっと重くて硬い岩にして行くイメージね》
ほら、と別の場所に手を翳し、壁の中の出っ張った部分をゆっくりと動かしてみせる。握り拳分くらいの出っ張りが周囲に押し付けられるように広がり、平らになると、そこだけちょっと色が濃くなっていた。
《……いや、これ難しいぞ》
その様子をじーっと見ていたルーンが、眉間にシワを寄せて呻いた。
《確かに周囲全体を根こそぎ動かすより魔力は少なくて済むけど、下手したら圧縮した岩が反動で爆発するだろ、これ》
「げっ」
《そんなことないわよ。一定以上の力で圧縮すると、こう、岩の種類が変わるの。そうなったらその状態で安定するから安全よ》
《その状態まで持ってくのがキツいんだって》
ルーンは呆れ顔だ。
《ガーゴイルは地属性特化型だろ。魔力量も全然違うし、他の種族が同じようにやれると思うなよ》
《あらぁ…残念ね》
レディ・マーブルが肩を竦める。
そうして出来上がった通路を通り抜けると、別の道に出た。今までは通路を抜けると『部屋』に出ていたから、ちょっと不思議な気分だ。
《ここは私の『家』よ。私が不在の時は洞窟とは繋げてないの》
きょろきょろしていたら丁寧な解説が入った。
自分が居ない時に冒険者が来ても困るから、洞窟の改装や増築で外出する時は物理的に入口を壁に置き換え、誰も入れないようにしているそうだ。完璧なセキュリティーだな。
《…だから壁自体を破壊されるとは思ってなかったのよね》
「ふふーん」
ぼそりと呟かれたので、サッと視線を逸らしておく。
少し歩くと、広い空間に出た。
と言っても、第1休憩所より狭い。中央に石でできたテーブルと椅子があって、リビングのようになっている。
《へえ、ちゃんと家っぽいな》
《でしょ?》
私の肩からテーブルに飛び降りたルーンが周囲を見渡してコメントすると、レディ・マーブルが得意気に胸を張る。
確かにそれっぽいけど…部屋の端に置かれた大きな石の箱が、サイズといい形状といい、棺桶──石棺にしか見えない。
(何入れてるんだろう…)
…いや、突っ込むまい。
その箱の横に、水たまりがあるのが目に入った。湧き水でもないし天井から滴ったわけでもなさそうだ。
どこから来たのかと首を傾げていたら、その水面が音もなく盛り上がる。
「…へ?」
《ただいま〜》
レディ・マーブルがその水塊(?)に笑顔を向ける。
スライムのように中央部分が盛り上がった水は、そのままするすると縦に伸び──っていうか体積も変わってるんだけどどうなってんのこれ──薄く色を纏った。
《ふあー…、おかえり、レディ・マー……》
半透明の人型の水が、くるりとこちらを向く。
どこかで聞いたような響きの念話が不自然に途切れ、その顔に内心眉を寄せた、次の瞬間──
《──おそーい!!》
「ゴフッ!?」
私は真正面から水塊に襲われた。