148 第3層
「──よし、じゃあ俺たちはこっちだな」
第3休憩所を通り過ぎてすぐ、ヘンドリックがそう言った。
この部屋から奥へと続く道は3つ。左の分岐の先にヘンドリックたちが探索する未踏破エリアがあって、正面へ向かう道が私とルーンの担当エリアに繋がっている。右側は調査済みで、一番奥に湧水池があるらしい。
左に足を向けるヘンドリックとフェイに、私とルーンは頷いた。
「気を付けてね」
「そっちもな。──特にユウ、行けそうだからってホイホイ奥まで行くなよ」
いきなり釘を刺された。
「何でいきなり止めに掛かるのさ…」
「お前ならやりかねないからだ」
《まあそうだよな》
「ですね」
フェイとルーンがヘンドリックに追従する。変なところで息ぴったりだな。
「…調査って、現地に行かないと調査にならないよね?」
「先走るなって話だ。進むだけならガンガン行けるだろうけどな、出現する魔物の種類を調べたり、部屋の大きさとか通路の長さとかを調べて記録したり、通路脇に杭を打ち付けたりすんの、忘れんなよ」
「…へぇい」
…そんなに信用ないかな。ないか。初心者だもんな。
私がちょっと凹んでいると、ルーンが軽く右前脚を掲げた。
《心配すんな。俺がきっちり指導してやるから》
「おう、よろしく頼む」
「ねえ、ルーンも洞窟調査のノウハウなんてそんなにないと思うんだけど?」
妙に自信満々なルーンと何故かルーンに全幅の信頼を置いているっぽいヘンドリックの反応に納得出来ず、思わず突っ込む。
ルーンはにやっと笑った。
《ふふん、俺の経験の豊富さを舐めない方が良いぞ》
…え、まさか本当に調査の経験あるの? 何で? ルーンて街住まいのケットシーだよね?
その謎は解けないまま、ヘンドリックとフェイは自分たちの担当区画へ向かって行った。
1人と1匹になると、明かりが減って周囲がぐっと暗くなる。
《明かりの魔法使うぞ》
「うん、お願い」
地上から遠すぎるせいか水晶樹の根は見当たらないし、ヒカリゴケもこの部屋にはそんなに居ない。まあそもそもヒカリゴケはぼやっとした弱い光だから、ホラーっぽい光源にしかならないんだけど。
ルーンの魔法の光が空中に浮かぶと、ちゃんと周囲が見えるようになった。
「ふう…」
思わず安堵の溜息をついて、首に装着していたチョーカー型のライトを確認する。
手で持たなくて良いから便利だと店主にオススメされて買った魔法道具だけど、やっぱり小さい分、思ったより暗いし、照らす範囲も狭い。
「…ちゃんとしたランプ型のやつ買えば良かったかなあ…」
ヘンドリックとフェイも、ハウンドたちも、1つは普通の手持ちタイプのライトを持っていた。ぼやいたら、うん?とルーンが反応する。
肩の上に乗ったまま器用にライトを覗き込み、
《…これ、魔力切れ掛けてないか?》
「へっ?」
《ライトについてきた魔石、そのまま使ってるだろ。付属品の魔石は動作確認用だから、元々そんなに魔力が込められてないんだよ》
なんだその『電化製品の付属の電池』みたいなの。
(いや、まんまか)
どこの世界でも、消耗品系パーツのコストをケチるのは同じらしい。世知辛いな。
世間のしょっぱさを味わいながら、ウエストポーチから替えの魔石を取り出す。
携帯コンロは火属性の魔石指定だけど、ライトはどの属性の魔石でも使えるそうなので、今回は火の魔石を使う。
理由は簡単、単価が安かったから。…水の魔石は倍くらいするんだよね…。
チョーカーを首から外し、側面の蓋をスライドさせて中の魔石を取り出したところで、私は気付いた。
「…これ、もう1個ライトがないと魔石替える時に真っ暗になって詰むんじゃ…」
《あっ》
今はルーンの魔法の明かりがあるから良いけど、1人でこんなことやってたらかなりヤバい。魔石も、魔石を入れる穴もコインくらいの大きさしかないから、真っ暗だったら交換なんて出来ないんじゃないだろうか。
何より、魔石を落としたら拾えないだろうし、真っ暗闇の中で魔物に襲われたら終わる。
「…ライト、追加で買おうかな…」
《まーそうだな。今回は良いにしても、これからも俺が常に同行出来るとは限らんし》
今度ロセフラーヴァの街に行ったら忘れずに買おう。心に決めて新しい魔石を入れ、ライトの蓋を元に戻す。
改めて点灯すると、パッと周囲が明るくなった。
「うわ、全然違う」
《な、言った通りだろ?》
得意気なルーンの胸毛がキラキラ光って見えるくらいには明るい。魔石の魔力残量って大事だな…。
抜き取った方の魔石はウエストポーチに放り込んでおく。魔力が空っぽになっても、専門の店に持って行けば充填してもらえるからだ。
…まあ、その充填も際限なく繰り返せるわけじゃないんだけど。この辺、充電池とかバッテリーっぽい。
その後、明るくなった視界で快適に奥へ奥へと進んで行く。
ちなみに道中、岩に手足が生えただけみたいなゴーレムとか馬鹿でかいコウモリみたいなのとかが出て来たけど、サクッと倒しておいた。
正直、小王国の魔物と比べたら動きも遅いし攻撃もぬるいし体も脆いし…
「ちょっと拍子抜けだよね」
《油断はするなよ、一応》
呟いたらルーンに釘を刺された。
欠伸しながらじゃなけりゃ、もうちょっと説得力あるのにね。
そうして──体感で1時間ほどで、目的の縦穴前に着いた。
縦穴があるのはちょっとだけ大きな部屋で、入って来た場所を基点に、正面に縦穴、左右にそれぞれ通路がある。
──はずだった。地図上では。
どういうことかというと…
「…右の通路、なくなってるよね…?」
《……認めたくないけど、そうだな》
ルーンの尻尾の毛がちょっとだけ逆立っている。
一応地図を広げて、ルーン指導のもと通って来た道と周囲の構造を照らし合わせてみたけど、やっぱり目的の縦穴はこれで間違いない。で、この部屋の右側に通路があったことも、間違いないはずだ。
だって右側の壁に、赤い杭が突き立ってる。
《あっ、こら、不用意に近付くな!》
私がその杭に近付くと、肩の上のルーンがぶわっと全身の毛を逆立たせた。ちょっと爪が肩に食い込んで痛い。
「そんなに警戒しなくても、道が『なくなってる』だけなんだから危険はないよ」
《そんなの分からないだろ!》
随分ピリピリしてるなあ。
新しい通路が出来てたら、その向こうに何があるか分からないから警戒は必要だけど…ただ通路だったところが壁になってるだけなら大丈夫だと思うんだよね。
《何でそんなに楽観的なんだよ…》
「…勘?」
理解不能だとでも言いたげな顔をしているルーンに、首を傾げながら答える。
本当に不思議なんだけど、何故かこの洞窟、あんまり危険だとは思えない。首都防衛戦の時はビンビンに反応してた生存本能みたいなのが、全然反応しないと言うか…ちょっと歩くのが大変な観光地とか、それくらいの気分になっちゃうんだよね。
壁にポツンと突き立っている赤いリボンがついた杭に、軽く触れてみる。錆び付いてもいないし、結構新しい杭だろう。まあ調査済み区画の一番奥だもんね、この辺。
「…んー…」
杭の周囲を注意深く観察してみると、ほんの少しだけ色味と言うか、質感が違う場所があることに気付いた。周囲の壁とざらつきが違う。
「通路は確かにここにあったみたいだね」
質感が違う場所は、丁度通路の入口っぽい大きさだった。
えええ、とルーンが思い切り嫌そうな顔をする。
《じゃあホントに、通路だったところが壁になってるってことか?》
「そうなんじゃない?」
答えつつ、赤い杭の先端をコココン、と叩くと──
──ガィン!
「!?」
《!?》
壁の向こうから、変な音がした。