147 探索開始
諸々の準備を済ませて、全員で第1休憩所を出る。
第1層、第2層、第3層の区別は明確で、第2休憩所より奥が第2層、第3休憩所より奥が第3層だ。
第2、第3休憩所にも寝泊まりしてる冒険者が居るのかと思ってたけど、そうじゃないらしい。基本無人で、区画分けの目印兼、小休止のための部屋になっているそうだ。
「奥に行けば行くほど魔物との遭遇率も高くなる。第1休憩所と違って見張りは必須だし、長期滞在するには向いてないんだ」
「なるほど…」
調査チームが毎日第1休憩所に戻って来てたのは、それが理由の一つだったようだ。
…それ以外の理由?
そりゃあ、帰ったら夕食が用意されてて好きな肉をたらふく食べて酒も飲んで片付けとか一切しないでテントで寝て起きたら朝食がしっかり用意されるなんてスバラシイ環境だったら、誰だって毎日帰ってくるでしょ。
「──あああと、これを覚えておけよ」
出発してすぐの部屋、つまり私とエルドレッドが武器を交えた部屋の奥で、ヘンドリックが岩壁に打ち込まれた杭を指差す。
杭の先端には赤いリボンが結ばれていて、リボンの先端に『奥へ』と書かれていた。
「これがある通路は、奥へ続く道だ。で、あっちの──」
と、部屋の反対側、第1休憩所に続く通路の脇に打ち込まれている青いリボンがついた杭を示す。
「あの青い方は、『入口へ』の目印だ。道に迷ったら、青い方を探せ」
「なるほど、便利」
実はこの洞窟、『普通の洞窟』とは言い難い特殊な形をしている。
明確に『部屋』と『通路』があって、まるで巨大なアリの巣みたいな構造になっているのだ。
…ちなみに、通路は基本、ガタイの良い人間が立って歩けるくらい広い。奥に進むにつれて狭い場所も出てくるらしいけど。
壁も天井も岩なんだけど、雰囲気は何となくソルジャーアントの巣の中に似てるんだよね…。
──まあとにかく、特徴らしい特徴もない洞窟に目印があるのはありがたい。『部屋』の中でどっちが帰り道か分からなくなったら、青い杭が打ち込まれてる通路を選べば良いわけだ。
「お前みたいな方向音痴でも、調査済みの区画だったらちゃんと第1休憩所まで戻れるってわけだな」
一言余計。
私が目を眇めると、ヘンドリックはサッと視線を逸らす。
ちなみに私は『手描きの地図上では現在地が咄嗟に分からない』だけ。特にこの洞窟は実際に行ったことのある場所の方が少ないし、第1層の地図は注釈が細かく書かれ過ぎてて『第1休憩所』って文字が目に入らなかったから、地図の中で迷子になったのだ。
実際、小王国で迷子になったことはないし、新人研修でロセフラーヴァに初めて来た時もちゃんとギルドや宿まで辿り着けた。実地で1回教えてもらえば道順は覚えられるし、地図だって、現在地が分かれば目的地までの道順を割り出せる。多分。
決して、方向音痴ではない。
私はそんな思いを込めてヘンドリックに視線を送る。ヘンドリックは目を逸らしたまま、思い出したように自分の荷物の中から杭を取り出した。
「未踏破の場所にはこの杭が打ち込まれていない。未踏破区画に着いたら、自分が通った場所には忘れずにこの杭を打ち込んでくれ。あと、その場所の特徴──出来れば部屋の広さと通路の幅、長さなんかをざっと記録しておくこと。自分の歩幅で何歩、くらいで良いから」
「…分かった」
「任せときな」
各調査エリアの代表として私とハウンドに渡された杭は赤と青、それぞれ10本ずつ。調査が捗って杭が足りなくなったら、取り急ぎ岩壁に矢印とか文字とかを書き残しておけば良いそうだ。流石に何年も調査されているだけあって、ルールがしっかりしてる。
「…ちなみにだが…」
全員が頷き、改めて歩き出すと、ヘンドリックが不意に声を低くした。
「たまーに、行き止まりだと思ってた場所にいつの間にか新しい通路と部屋が増えてたり、通れてたはずの場所が塞がってたりすることがあるらしい」
「えっ」
《なんだそりゃ》
「まあ俺は実際見てないが、エルドレッドとかここの調査を長くやってるやつは大体経験してるそうだ」
いきなりホラー要素出て来たな。
「じょ、冗談よね?」
「いや、マジだ」
「ええ…」
レナとクレアがちょっと青くなっている。この反応から見るに、『勝手に構造が変わる洞窟』はこの世界でも一般的ではないらしい。
…でも『魔法』があるんだから、例えば誰かが魔法で通路塞いだり、新しい部屋を作ったりしてるって可能性はありそう…。そんなこと誰がやるんだって話だけど。
ハウンドが溜息をついた。
「調査がなかなか終わらないのは、もしかしてそれが原因かい?」
「一因ではあるんだろうな。ただ、魔法の痕跡も見付からないってんで、原因究明は出来てない」
「え、誰かが魔法で嫌がらせしてるんじゃないの?」
《いや誰得だよ》
私が思わず呟いたら、肩に乗るルーンがぺしんと尻尾で私の後頭部を叩いた。うむ、良いツッコミ。
《地属性の魔法は消耗が激しいんだ。レナが作ったテーブルくらいならともかく、これだけの大きさの『部屋』とか『通路』を人間が普通に魔法で作ったら魔力が枯渇して倒れるんじゃないか?》
私が尻尾の感触に内心ニヤけているのに気付いたらしく、ルーンの目が冷たい。それでも懇切丁寧に説明してくれるのがまた可愛いんだけど。
引き合いに出されたレナが頷いた。
「私でも、通路の入口だけを薄い岩の板で塞ぐくらいだったらすぐに出来るけど、部屋を作るのは無理ね。岩盤の中に空間を作るってなったら、周囲の岩を根こそぎ動かさなきゃいけないもの。魔法陣とか専用の儀式道具を使えば可能かもしれないけど…『魔法の痕跡が見付からない』ってことは、そういう類の痕跡もなかったんでしょう? 少なくとも人間の魔法じゃないと思うわ」
基本、地属性魔法は現地にある土や岩を操作するものらしい。レナのテーブル造形は正しくそんな感じだったし、エルドレッドが私との戦闘中に使った足止めの『壁』も、確かに地面から生えて来たように見えた。
…あれ、でも…
「エルドレッドは、何もない空中にいきなり岩の塊を出現させてなかったっけ?」
「あれは例外よ。膨大な魔力と繊細な魔力制御が必要な上級魔法なの。あの人、相当魔力高いんじゃない?」
ヤツが使った魔法は、実は結構高度な代物だったらしい。
そういえば、エルドレッドはジークフリードのスキル『カリスマ』の影響を受けなかったと言っていた。
『カリスマ』は『自分より魔力が低い相手を魅了状態にする』能力だから、少なくともエルドレッドはジークフリードより魔力が高いことになる。
その高い魔力を制御できる才能、羨ましい。
(私は魔法使えないもんなー…)
まあないものねだりをしても仕方ないけど。
「──ま、とにかく、だ」
ヘンドリックが話を締めくくる。
「それぞれ、未踏破区画以外で杭を打ち付けてない通路を見付けたり、通路のない壁に杭が打ち付けてあるのを見付けたりしたら、それも記録しといてくれ。新しく増えたと思われる通路の奥の探索は『出来たら』で良い。後で全員で確認しに行くって手もあるからな」
ちなみに、ハウンドたちには第2層、ヘンドリックたちと私たちには第3層の地図の複写が配られている。
複写しようと言い出したのはクレアで、実際にエルドレッドの地図を複写してくれたのはフェイとレナとクレアだ。若手の活躍が眩しい。
私は地図持ってても現在地が分からないからちょっとアレなんだけどね…ルーンが『俺が分かるから、教えてやるよ』って…。ケットシーさまさまだよ。ちょっと拝んどいた方が良いかな。
──そうして、第2休憩所を過ぎ、暫く歩いたところで、ハウンドとレナとクレアが足を止めた。
「アタシらの担当区画はこっちだね」
「ああ、気を付けてな」
「そっちもね。…今日のところはそれほど根を詰めるつもりはないし、早めに帰って夕飯の支度でもしといたげるよ」
ハウンドが肩を竦めると、ヘンドリックが苦笑した。
「そいつはありがたい。──了解した。じゃあまた、第1休憩所でな」
「ああ」
「行ってらっしゃい、気を付けてね」
私も声を掛けると、ハウンドたちはちょっと驚いた顔をして、すぐ嬉しそうに頷く。
「ああ、行ってくるよ」
「行ってきます」
「そちらもお気をつけて」
挨拶を交わして背中を見送ると、ヘンドリックが別の方向へ足を向けた。
「さて──それじゃ、俺らも行くぞ」
「はい!」
「了解」
《おう》
『方向音痴』ではないと主張したいユウさん。
新人研修の時はギルドに自力で辿り着いたんじゃなくて、ベイジルさんに道案内してもらってなかったっけ?とか突っ込んではいけません…。