143 足りない成分
2024/10/6:ユウさんが暴れてた時にケットシーが居たかどうか、の部分をちょっと修正しました。
私がエルドレッドに勝ったことで、場の空気は一変した。
硬直の中でまずハウンドが爆笑し始め、レナが『強いなら最初からそう言いなさいよ!?』と怒り出し、クレアが『無事で良かったです』と泣き笑いする。
審判役だったヘンドリックが『いや流石は『小さな巨人』だわ』とか言って笑い出したら、男性陣に『知ってて黙ってたのか』って詰め寄られてたけど。
「本人に『秘密にしといてくれ』って頼まれたんだよ。言えるか? お前らなら」
「なーんか引っ掛かる言い方してない?」
「気のせいだ」
『……』
ちょっと、びくびくしながら距離取るのやめてくれないかな。
私が地味に傷付いていると、休憩所の方から独特の『声』がした。
《なんだなんだ、祭の後か?》
「え」
独特の響きを帯びたイケメンボイス。バッと振り向くと、予想通りの小さな黒い影が見えた。
ひらり、ピンと立った尻尾がしなやかに揺れる。
《もうちょっと早く来ればよかったか》
「ルーン!」
思わず目を見開くと、黒いケットシー──ルーンは、何故か得意気に胸を張った。
《よっ、ちょっと振りだなユウ》
ちょっと振り…ああうん、確かに小王国で最後に顔を合わせてから1ヶ月も経ってないんだけど…。
《ほいっと》
ルーンが慣れた動作で私の肩に飛び乗る。
右肩に前脚、後頭部に胴体、左肩に後脚がピタリとくっついたところで、私は思い切り右側を向いた。顔面が半分ほどルーンの毛皮に埋まる。
「モフモフ…」
《相変わらず好きだなあ》
だって仕方ない。ケットシー成分が足りてないって気付いちゃったからね。
呆れたような念話の響きに対して、至近距離でこちらを見る金色の目は楽しそうに煌めいていた。
小王国に帰るまで会えないと思ってたから、わざわざこんなところまで来てくれたのが本当に嬉しい。
…と、ここまで考えてようやく気付く。
「…あれ? ルーン、こっちに来ちゃって良かったの?」
《何がだ?》
「…ルーン、連絡役だよね?」
ルーンがここまで来れたのはそれほど不思議じゃない。口の達者なケットシーだから、乗合馬車に同乗させてもらったか、屋根あたりに勝手に乗って来たんだろう。
でも、ルーンはアルとテレパシーのような魔法で会話が出来るから、何かあった時の連絡役になってたはずだ。ルーンがこっちに居たら、小王国側の動きが分からなくなるんじゃないだろうか。
私が訊くと、心配すんな、とルーンが胸を張る。
《向こうはサクラに任せて来た》
「サクラって…」
首都防衛戦の時にスピリタスに乗って一緒に戦った、白黒ハチワレの小柄なケットシーだ。しかし、任せて来たとは。
私が首を傾げていると、ルーンが爆弾を落とした。
《あいつは俺の娘だからな。俺と遠隔念話が繋がるから問題ない》
「……は? 娘!?」
《あれ、言ってなかったか?》
「聞いてないよ!?」
目を見開く私に対して、ルーンはああそーだったか、と気楽に小首を傾げる。くそう可愛いな。
「あー、取り込み中のところスマン」
「あっ」
ヘンドリックに声を掛けられて、私は我に返った。ルーンの首筋から顔を離し、毛まみれのまま振り返る。
…何かみんな、すごく変な顔してない?
「…ゴホン。ユウ、そちらのケットシーは?」
「ええと、小王国支部をナワバリにしてるケットシーの、ルーン。何か、私を心配して来てくれたみたい」
《ユウを心配ってか、正確には『ユウの周囲を心配して』、だけどな》
「えっ」
私じゃなくて、私の周囲?
《お前、ケットシーが近くに居ないとブチ切れる基準がものすごく下がるだろ。で、息をするように対応がバイオレンスになるだろ》
「ええ…?」
《自覚ないだろうけどな》
そんなはずはない…と、思うんだけど…。
(……どうしよう、自信がない)
そういえば、新人研修で大暴れした時も城でブチ切れた時も、ケットシーは近くに居なかったような…?
い、いやでも、ノエルの元旦那をぶん殴った時とか、ギルドに来たアレクシスを腹パンした時はルーンが居たし! ケットシーが居るか居ないかで対応があからさまに変わるってことはない…はず!
…ケットシーが居ても居なくてもバイオレンスだとか言ってはいけない。
「…なるほど…」
ふと見たら、何故かみんなが納得したように頷いている。
(…突っ込んだら負け)
自分に言い聞かせていると、周囲を見渡したルーンがきょとんと首を傾げた。
《で、何やってたんだ? 生贄を土砂に埋めてたわけじゃないだろ?》
「いやなにその儀式。そういうんじゃなくて──」
頬でルーンのモフ毛を堪能しながらざっくり状況を説明する。
その頃にはエルドレッドも取り巻きに掘り起こされ、何とも言えない表情でこちらを見ていた。
「──って感じで、とりあえずぶん殴ろうと思った結果…」
《ぶん殴るはずが野郎を土に埋めてたと。相変わらずだな》
「とりあえずで殴ろうとするなよ…」
ヘンドリックがぼそりと突っ込んで来るけど、ルーンは納得してくれたみたいなので良しとしよう。
ルーンがエルドレッドに視線を向けたので、ルーンを肩に乗せたままそちらに向かう。
エルドレッドを囲んでいた取り巻きたちが、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。そこで見捨てるのかよ。
《……ん?》
エルドレッドを見下ろしたルーンが、ぴくっとヒゲを揺らす。
《……お前もしかして、小王国の放蕩王子その2か?》
「…あん?」
エルドレッドが眉を寄せた。小首を傾げたルーンは、数秒後に確信を持った表情で頷く。
《うん、間違いない。城の肖像画で見た。お前、小王国のエルドレッド・オールブライト第二王子だろ》
『!?』
「は? 王子? こいつが!?」
「…」
周囲は驚愕して、私は目を見開く。エルドレッドは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「うるせぇ。似合わねえってのは俺が一番よく分かってんだよ」
吐き捨ててはいるけど、否定はしていない。
そういえば、ギルド長──カルヴィンは『第三王子』だったっけ。第二王子は数年前から行方不明とは聞いてたけど、まさかこんな所で冒険者やってるとは。
しかし、第二王子となると──
「…なるほど、道理で初見からムカつくわけだ」
「は?」
私はひんやりとした笑みを浮かべてエルドレッドに一歩近付く。
座り込んでいてもやっぱりエルドレッドはデカい。──その髪色は、同母の兄である王太子、ジークフリードと同じだ。
「…な、なんだよ」
雰囲気に気圧されたのか、エルドレッドが若干逃げ腰になる。私はその肩をがっしりと掴んだ。
「──お宅の兄貴が死ぬほど迷惑なんだけど、どーしてくれんの!?」
「俺が知るわけねぇだろ!?」
一瞬で理解の表情を浮かべたエルドレッドは、ガックンガックンと私に肩を揺さぶられながら悲鳴を上げた。




