142 プチッとな。
ぞろぞろ移動した先、第1休憩所の奥は、これまた広い空間だった。
幅も奥行きも高さも、第1休憩所より広いんじゃないだろうか。こちらも水晶樹の根が何本も壁や天井から覗いているので、結構明るい。
所々に、焼け焦げた跡や斬撃の跡が見えた。
訓練でもしてたんだろうか。それとも、今の私みたいにエルドレッドに盾突いて試合った人が居たんだろうか。
「…おい、大丈夫なのか?」
ヘンドリックがひそひそと訊いて来る。
「お前、対人戦の経験あんまりないだろ?」
「まあ否定はしない」
ほとんど魔物としか戦ったことがないのは確かだ。
けど、
「一応護身術は習ってるし、野郎を再起不能にしたことはあるから大丈夫でしょ」
「…………うっかり殺すなよ」
そっちの心配かい。
ヘンドリックがドン引きしてるのは放っといて、前方のエルドレッドに視線を移す。
ただでさえデカいのに、殺気立ってるお陰でさらに一回り以上デカく見える。結構な威圧感だ。
ただ──
(…小物っぽい…)
マグダレナの凍り付くような空気を知ってるせいか、どうしてもエルドレッドの殺気は大したことがないように思えてしまう。
いや、フェイとか他のギャラリーは青くなってるし、油断したら危ないのは確かなんだろうけど。
「──ゴホン。武器は鞘付きのまま使用。急所への攻撃は禁止とする」
私がエルドレッドの前に進み出ると、ヘンドリックが間に立って条件を説明する。
それにエルドレッドが待ったを掛けた。
「このチビの武器は抜き身で良い」
「…良いのか?」
「どうせ鈍器だろ。鞘付きもなにも、大して変わらんだろうが」
一応、私のメイスのホルダーにも先端を覆うパーツが付属している。取り外し出来るので、それをつけて使おうと思ってたんだけど…
「──それに、鞘付きだと重すぎて振り回せないかも知れんしな」
声にあからさまな嘲笑が混じった。
ギャラリーの一部、エルドレッドの取り巻きたちからも失笑が漏れる。
…そういうこと言うんだ。へえ。
「…抜き身で良いの?」
「良いっつってんだろうが」
念押ししたら舌打ちが返って来た。ヘンドリックが顔を引き攣らせる。
「オイ、本当に良いのか?」
「しつけェぞ。ハンデだ、ハンデ」
「いや、だが」
「──分かった」
止めようとするヘンドリックの言葉を遮り、私はウエストポーチに手を突っ込んだ。
手探りでウォーハンマーの柄を掴み、ズ…と引っ張り出す。
「…………は…?」
胡乱な顔をしていたエルドレッドの目線が見開かれながら柄を追って上がって行き、ぽかんと口が開く。
「よっ…と」
完全に引き抜くと、私はウォーハンマーの先端を地面に軽く落とした。
ズン、と重い音がする。
「じゃ、コレで」
『…はあ!?!?』
エルドレッドと多くのギャラリーが目を剥いた。ヘンドリックとフェイはあちゃー…という顔で目を逸らしているし、ハウンドはとても面白そうに口の端を吊り上げている。
「おまっ…何だそりゃ!?」
「何って、見ての通りの鈍器だけど」
ひょいと武器を肩に担ぎ上げ、
「抜き身で良いんだよね? いやぁベテランは言うことが違うわー」
ゴリッとした笑みを浮かべる。
ウォーハンマーには鞘に相当する物が無いから使えないと思ってたんだけど、抜き身で良いなら使えるもんね。
どうせ鈍器ですもの。ええ。
「…ハッ。こけおどしか」
私が武器を軽々と扱ったのを見て何か勘違いしたらしい。エルドレッドは若干顔を引き攣らせつつも嘲笑した。
「武器はデカけりゃ良いってもんじゃねぇんだよ」
大剣使いのお前が言うな。
内心で突っ込むに留めていると、エルドレッドは鞘付きのまま大剣を構える。一応、ルールを守るつもりはあるらしい。
「身の程ってヤツを教えてやる」
「ハイハイよろしく、センパイ」
挑発に挑発を返していると、エルドレッドの取り巻きの一人がハッと顔色を変えた。
「…ウォーハンマー使いのチビって、確か…!」
おっと。知ってるやつが居たか。
ちらりとヘンドリックに視線を投げる。変に警戒される前に片付けたい。
ヘンドリックがサッと右手を挙げた。
「よし──はじめ!」
「!」
瞬間、エルドレッドが突っ込んで来た。速い。けど──ユライトウルフ程じゃない。
ガツン!
振り下ろされた一撃をウォーハンマーの柄で受け止めて、斜め下に受け流す。エルドレッドが目を見開くのがとても近くに見えた。
柄に沿って流れた太刀筋をウォーハンマーのヘッドの付け根に引っ掛け、そのままテコの原理で思い切り跳ね上げると、エルドレッドは後ろによろけながら大きく体勢を崩す。
「──ふんっ!」
「なっ!?」
それを追って踏み込みながら、私は野球のフルスイングよろしくウォーハンマーを振るった。狙いはエルドレッドではなく──その手に持つ大剣。
──ガォン!
ウォーハンマーは見事鞘にクリーンヒットして、思ったより軽い衝撃と共に大剣が跳ね飛んだ。
「っ!?」
エルドレッドが愕然としながら跳び退る。チッ、突っ立っててくれればぶん殴って終わりだったのに。
弾き飛ばされた大剣が壁にぶつかり、地面に落ちる音だけが響く。
気付いたらギャラリーが静まり返っていた。
ヘンドリックとフェイは何だか遠い目をしてるけど、他の面々は目を見開いたまま固まっている。
あー…まあ驚くか。
これでエルドレッドも戦意喪失してくれてると良いんだけど、と視線を戻して、私は思わずあっと呻いた。
「手前ェ…」
何か滅茶苦茶怒ってる。逆ギレかオイ。
「舐めるなあ!!」
怒声と共に魔力が渦巻き、私を取り囲む岩の壁が出現した。
さらに、頭上に影が差す。見上げると、そこには巨大な岩があった。
「おい、エルドレッド!」
ヘンドリックの焦りを含んだ声。
このままでは、あの岩に蓋をされるか──押し潰されるか。
私は即座に身を翻し、背面に向けて回し蹴りを放つ。
ドガン!
『はあ!?』
岩壁はあっさり砕け散り、周囲から驚愕の声が響いた。
そのまま即座に岩壁の包囲から脱出し、くるりと反転。
一瞬遅れて落下して来る巨大な岩塊目掛け、ウォーハンマーを振るった。
「舐めてんのは──お前の方だ!」
──ゴッ!!
一撃で粉々になった大岩は、大量の石礫となってエルドレッドを襲う。
「なっ…!?」
驚愕の声が土煙に呑み込まれ、暫く後。
「…そこまで! 勝者、ユウ!」
ヘンドリックが宣言しながら見詰める先には、瓦礫に埋もれるエルドレッド。
絶句、という表現がぴったりの静寂の中、誰かの声が響いた。
「…小王国の、ゴーレム殺し…」




