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14 不燃ゴミ廃棄場

 国が管理する不燃ゴミの廃棄場は、街の北西側、街を囲う外壁の外にあるという。


 と言っても、街の外をぐるっと回る必要は無い。街の中から直接廃棄場に出られる通用門がある。

 基本、昼間は開いているが、朝や夕方はたまに閉まっていることがあるらしい。担当の兵士が寝坊したり飲み会だったりするとそうなるとか。仕事しろよお役人。


《まあなあ。けど、日がな一日ゴミ受け取ってたら気が滅入ってくるだろうしなあ》


 ルーンは意外と同情的だった。が、サイラスは渋面を作っている。


「だからって小遣い稼ぎが許されるのはどうかと思うけどな」

「小遣い稼ぎ?」


 サイラスによると、不燃ごみの廃棄は本来無料のはずなのだが、暗黙の了解で廃棄場に詰めている兵士に賄賂を渡さないといけないらしい。


「え、何それ」

「廃棄場って要はでっかい穴なんですけど、危ないからって担当者以外は近付けないんですよ。でもゴミは穴に放り込まなきゃいけないんで…」

「あ、運び賃ってことか」

《そういうことだな》


 ちなみにサイラスの口調が敬語混じりなのは、彼にすっかり『姐さん』認定されているからである。

 見た目完全に年齢逆だし、私の方が冒険者として後輩なんだからやめてくれって言ったんだけども。そこんとこ、デールもサイラスも頑固だった。


 まあそのうち慣れるだろ、多分。きっと。


 遠い目をして自分に言い聞かせている間に、ゴミ捨て場に着いた。


 先客は1人。平民らしきおばあさんが、柵の向こうの兵士に何度も頭を下げて小さな革袋を渡している。

 うわー、ホントに賄賂だ。


 兵士は革袋を開けて中身をじゃらりと掌に広げた。…え、あれ銀貨?


「…相場が上がってやがる…」


 サイラスが小さく舌打ちする。


 兵士2人が顔を見合わせ、ニヤニヤ笑いながら首を横に振る。


「足りねぇな、ばーさん」

「そ、そんな…! 先月はそれでお願いしたんじゃよ?」

「残念、今月から値上がりしたんだ。ホラ、穴から噴き出す魔素が増えてるだろ? 危なくってなあ」


 何だろう…すげぇ()()()


 おばあさんの足元に置かれているのは、片手で持てるくらいの小さな布袋だ。

 あれで処分料が銀貨数枚とか…今私らが持ち込もうとしているこのでっかい塊3つ、一体いくら掛かるんだ?


 …いや、待てよ。



(要は、()()()()()()()()()()()()()()()んだよね…?)



 おばあさんはしょんぼりして布袋を抱え、こちらに引き返して来る。今日は捨てるのを諦めるんだろう。


 ──が。



「……()()()()()()()()()()、若造どもが」


「ブフッ!」



 ドスの利いた呟きが耳に入ってしまい、私は思わず噴き出した。

 やばい…このばあさん好きだわ。


 思い切り反応してしまったので、バッチリ目が合った。

 胡乱な目でこちらを見るおばあさんに、私は笑顔で声を掛ける。


「おばあさん。もし良ければそのゴミ、こっちのに合流させてみません?」


 視線で示すのは、私とサイラスがそれぞれ両手で抱え、ルーンが浮遊させている、合計3つの不燃ゴミの塊。サイラスが多少余裕を持って運べるくらいの重さに調節して、ルーンに圧縮してもらったものである。


 …私? いや何か、これでもまだ軽いなって…。『剛力』のせいだと思うけど。多分。


「…あんたらのゴミに? 一緒に金払ってくれるって言うのかい」

「いやそんな金持ってないです」


 即答したらさらに疑わしくこちらを見て──不意ににやりと笑う。


「何か企んでるね?」


 理解の早い御仁で何よりだ。


 おばあさんからゴミを引き取り、ルーンの魔法で私の持っているゴミの塊にくっ付けてもらう。中身は割れた植木鉢とか皿とか、そういう物だったようだ。見た目より重い。

 連れ立って柵に近付くと、早速兵士の一人が声を掛けて来た。


「ゴミを出すなら必要なものがあるぜ」


 サイラスが不安そうな顔でこちらを見る。


 しっかし…近くで見るとチンピラ感がすごい。みんな何だってこんなのに従って金払ってるんだろうな。


「何か必要なんですか?」


 とりあえず素知らぬ振りして首を傾げてみたら、兵士は呆れたように溜息をついた。


「居るんだよなあ、そういう世間知らず。──なあ嬢ちゃん、折角だから教えてやる」


 兵士は自分の背後、100メートルくらい先にある巨大な穴を身振りで示した。


「あれが不燃ゴミの廃棄場だ。あの奥底はな、魔素嵐っていう魔素の流れみたいなのが常に渦巻いてるんだよ」

「魔素嵐」

「そうだ。だから、普通の人間は近付いちゃいけねぇ。一歩間違って穴に落ちたら、不燃ゴミみたいに魔素に分解されちまうからな」

「なるほど」

「けど、俺たちならあの穴に近付ける。だから、ゴミを持って行ってやる代わり、手間賃を寄越せって話なんだよ」

「ほほう」


 一応相槌を打ってみる。


 その理屈で行くと、見るからに『普通の人間』な目の前の兵士は何で穴に近付いて良いのかって話になるが…突っ込むまい。


 不燃ゴミ処理の仕組みは、さっき道すがら、ルーンに教えてもらった。


 この国の地下には魔素の大きな流れがあって、このゴミ廃棄場の穴はその層まで達するくらい深いんだそうだ。

 普通、魔素は無害だが、高濃度になると魔物を生み出し、さらに高濃度の流れ──魔素嵐になると魔素濃度の低い物質を分解するようになる。

 一般的なゴミはそんなに魔素を含んでいないから、この穴に放り込めば勝手に分解されて処理完了、というわけだ。ワオ便利。


 ちなみにこの穴はこの国の建国に関わる大きな戦いの時に出来た、いわば歴史上の遺物だそうだ。それをゴミ処理に使ってるって、見方によっては滅茶苦茶バチ当たりだけども。

 …まあね、便利だからね。埋めるのも大変だし、有効に使った方が良いよね。


 で、穴に近付いちゃいけないのは、当然高濃度の魔素が危険だからというのもあるが…単純に()()()()()()のだ、穴が。


 公表されているサイズは、直径100メートル、深さ300メートル超。魔素嵐で分解される云々以前に、落ちたら普通に死ぬ。


 一応外縁部は補強されてるらしいけど、一般人は近付くなって言われてる理由は誰の目にも明らかだ。


 …だからと言って、兵士が賄賂受け取って良い理由にはならないけどね。

 だって、


「要は、()()()()()()()()んですよね?」

「…あん?」


 兵士が眉を寄せた。反応がチンピラだな。


「ここから、ゴミを、あの穴に入れられたら良いんですよね?」


 抱えた不燃ごみの塊と大穴を交互に視線で示して、改めて問う。


 柵から穴までの距離は100メートルほど。ゴミ自体も結構大きいし、普通だったら私みたいなのがどんなに頑張っても届かないのだろうが──何か、頭の中に『余裕』判定が出ている。

 穴に近付いちゃいけないなら、近付かないで放り込めば良いのだ。

 至極単純な理屈に、兵士は私と、私が抱えるゴミと、穴までの距離を見比べて、



「…ハッ」



 鼻で笑った。


「やれるもんならやってみな」


 …言ったな?

 よし。


「じゃあ遠慮なく」


 私は柵から1歩離れ、軽く腰を落としてゴミの塊を両手で構える。


 イメージは簡単だ。文句を垂れるあの阿呆をこう、気持ち悪いけど横抱きにして──野郎じゃなくて後輩にしようか。あの阿呆旦那をお姫様抱っことか、想像でもしたくない。女性ってだけで後輩の方がまだマシ。


 まあ、この後ぶん投げるんだけどね。


 やっだーセンパイ、女捨ててるんですかー?的な顔をイメージして、チャージ完了。




「──そぉいっ!!」




 後輩──もとい不燃ゴミは軽々と宙を舞い、穴の外縁、向こう側にガツッと当たって、ギリギリ穴に落ちて行った。






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