138 ロセアズレア大洞窟
ヘンドリックとフェイは昨日この森に着いて、洞窟周辺を色々見て回っていたらしい。
「今日から洞窟内に入るんだが、良かったら一緒に行くか?」
「え、良いの?」
「どうせ行き先は一緒だしな」
「それ本当に助かる。私、洞窟どころか普通の野外調査も全然やったことないからさ」
「…それでよく上級冒険者になれたな…」
ヘンドリックに引かれたので、環境が特殊過ぎたせいだと思う、と答えておく。
小王国じゃ未開の地なんて無いもんね。禁足地ならあるけど、あれはそれこそ『触れちゃいけない場所』だし…。
「環境だけで上級になれるなら世話ないんだが…まあいい。それなら今のうちに調査の基本を説明しておくぞ」
「分かった。よろしくお願いシマス」
「フェイは復習になるが、一応聞いとけ」
「はい!」
「まず重要なのは──」
…と、ヘンドリックの説明を聞くこと30分ほど。
改めて装備を確認して、いよいよ洞窟内に入る。
洞窟なんて、学生の頃に家族で旅行した時に入ったどこぞの『氷穴』以来だ。真夏なのに洞窟の中に氷があって、すごくびっくりした覚えがある。
このロセアズレア大洞窟は、それとは少し様子が違う。
まず、それほど寒くない。外よりは少し気温が低いんだけど、快適な気温だ。
見た目で一番特徴的なのは、壁に生える苔──のようなもの。
入口付近にはほとんどなくて、奥に行くにつれて目につくようになる。理由は簡単、ぼんやり光っているからだ。
その名も『ヒカリゴケ』。と言っても、植物ではない。
「ヒカリゴケは魔素を栄養源にする魔物の一種だ。光って見えるのは、体内で魔素を消化する時に一部を光として放出するかららしい」
先を行くヘンドリックが解説してくれる。
魔素を消化するって全く想像がつかないけど、光ってくれるお陰で洞窟の中でもランプが要らない。なかなかありがたいな。
「動かないように見えるが、実は夜中に結構動く。油断すると魔石を食われるから、荷物の置き場所には気を付けろよ」
言いながら、ヘンドリックが壁に貼り付く握り拳大のヒカリゴケを短剣の柄で軽く突く。
──ザワッ
毛足の長い苔のような物体が大きく震え、拳一つ分、奥へと移動した。
その根元から、節のある細い脚が何本もチラ見えする。
「うげっ」
苔じゃなくて、カイガラムシの親戚だったか。
私が思わず呻くと、隣を歩くフェイが意外そうな顔をした。
「ユウさん、こういう魔物は苦手ですか?」
「脚が多い生き物はあんまり好きじゃない」
ゴニョゴニョと答えたら、ヘンドリックがニヤリと振り向く。
「へえ、天下の『ゴーレムキラー』にも苦手なものがあったか」
「ゴーレムキラー言うな」
誰にだって苦手なものの1つや2つあると思う。ニヤニヤ笑うヘンドリックに、私は半眼で付け足した。
「苦手は苦手でも、認識した瞬間叩き潰す手段を探す方の『苦手』だからね」
「えっ」
「おい、ヒカリゴケは潰すなよ!?」
「状況による」
洞窟で光源は貴重なので、出来れば叩き潰したくはない。けど、邪魔をするなら話は別だ。黒光りする家庭内害虫と同じ末路を辿らせてやる。
そんな思いを込めて周囲を見渡したら、一番近くに居たヒカリゴケがそっ…とその場を離れた。
…ちゃんと殺気に反応するんだな…。
「一応言っとくが、ここのヒカリゴケは保護対象だからな?」
「…そういえば」
昨日読んだ資料に、そんなことが書いてあったような。
元々ヒカリゴケは棲む場所が限定されていて、うっかりすると魔石を食われる以外、特に害もない。
ロセアズレア大洞窟に関しては、探索を進めるのにヒカリゴケが貴重な光源になるので、無闇に討伐するのは禁じられている──確かそんな内容だった。
私が呟くと、ヘンドリックが呆れた顔をする。
「覚えてるなら殺気立つなよ…。それでヒカリゴケが死んだらどうすんだ」
「え、待って。こいつらそんなに繊細なの?」
「繊細っつーか、ものすごく弱い」
曰く、湿気を好むが水に濡れると死ぬ。寒くても暑くても死ぬ。
「あと、1メートル以上の高さから落ちても衝撃で死ぬ」
「虚弱すぎるでしょ…」
危機を感じると脚を縮めて死んだふりをする性質があるので、大きな音などに驚いて天井から手を離し、墜落死する個体が後を絶たないらしい。
魔素を食べる生き物だから、生存競争と無縁なんだろう。ヒカリゴケをエサにする生き物も居ないらしい。
つまり戦う必要がないので、弱くても困らない。
…だからって、『驚くと死ぬ』ってのは生き物としてどうかと思うけど…。
「とにかく、ヒカリゴケを無闇に刺激するなよ。あんまりやりすぎるとここに入れなくなるからな」
「えっ。冗談だよね?」
「マジだ。実際、ヒカリゴケの群生地で魔法をぶっ放しまくってギルド命令で出禁になったヤツも居る」
「ええ…」
特級冒険者を目指してここに来たのに、入れなくなるのは困る。
気を付けようと心に決めて、私は改めて周囲を見回した。
この辺りにはヒカリゴケが多い。時々もぞりと動くのが若干気持ち悪いけど…見ないふりをしよう。
「他に何か気を付けることはある?」
「あとはそうだな…今向かってる『第1休憩所』には、ヌシが居るんだが…」
「ヌシ?」
私は思わず眉根を寄せた。調査の基地になる休憩所には似合わない単語だ。
ヘンドリックが困ったように苦笑する。
「このロセアズレア大洞窟の調査歴が一番長い上級冒険者でな」
洞窟での調査は、普通の地上での活動とは勝手が違うので負担も大きく、長期間従事し続ける冒険者は基本的に居ないそうだ。でも、その『ヌシ』はかれこれ1年以上、第1休憩所を拠点に調査を続けている。
それだけなら良いんだけど、
「基本、ここの調査に参加する冒険者はそのヌシの指示に従うことになる」
「へ? なんで?」
「いつの間にかそういうルールになっててな…。何せ相手はこの洞窟に一番詳しい人間だし、ヤツ自身が腕の立つ大剣使いだってのもあって、表立って逆らう人間は居ない」
なんだそりゃ。
思わず嫌な顔をしたら、ヘンドリックの苦笑が深くなる。
「洞窟内じゃ、何かトラブルがあったら全員巻き込まれちまうからな。統率できる人間が居るならその指示に従った方が良いんだよ。まあお前は上級冒険者だから変な命令はされないだろうが、下手に逆らわずに適当に流しておけ」
…なるほど、マグダレナが言ってた『変なルールと言うか、序列が発生している』って、これか。
確かに特殊な環境ではあるし、リーダーが居た方が良いのかも知れないけど…
(『変な』ルールってわざわざ言う時点で、何かキナ臭い…)
ならば。
「じゃあヘンドリック、フェイ、一つお願いがあるんだけど」
「何だ?」
「何ですか?」
私は自分の唇の前に人差し指を立てた。
「私が上級冒険者だってこと、『ヌシ』とか他の人たちには秘密にしといてくれない? 私みたいな見るからに格下の相手に対して実際どんな態度を取るのか、ちょっと確認してみたいから」
「えっ」
「か、顔でバレませんか?」
「大丈夫大丈夫。──ヘンドリック。小王国に助っ人に来てくれたみんなは、ここには来てないんでしょ?」
「あ、ああ。居ないはずだ」
「フェイ、新人研修で一緒だったみんなは?」
「ええと…居ないと思います」
「なら多分、私を顔で判別出来る人は居ないんじゃないかな」
一瞬ジト目でヘンドリックを見遣り、私は続けた。
「だって私と共闘したことある人でさえ、ウォーハンマー背負ってなきゃ私が『ユウ』だって一目で分からなかったもんね」
「あっ……」
「…お前、実は根に持ってるな…?」
まっさかー。
根に持ってなんかないよ。
忘れない自信はあるけど。




