137 懐かしい面々
翌日、私はロセフラーヴァ支部で依頼の受注手続きを済ませ、単身、ロセアズレア大洞窟へ出発した。
ロセアズレア大洞窟は、ロセフラーヴァの街の南西、馬車で1時間ほどの場所にある。
数年単位でロセフラーヴァの冒険者が調査しているため、1日に1往復、ロセフラーヴァの街との間に乗合馬車が走っている。それだけ聞くと、ちょっと観光地っぽい。
もっともその馬車は『荷馬車よりマシ』くらいの乗り心地で、同乗者もみんなムサい──ゲフン、いかにもベテランって感じの冒険者ばかりなので、浮ついた雰囲気は欠片もないけど。
…って言うか、視線が痛い。何か滅茶苦茶ジロジロ見られてるし、なんだったら睨まれてる。
台詞を付けるなら、『女子供がこんなところに居るんじゃねーよ』って感じか──馬車の振動に耐えながらそんなことを考える。
気にならないと言えば嘘になるけど、正直そんなのに構ってられない。振動がヤバい。吐く。うぐ。
新人研修に来た時にベイジルから買い取ったクッション、圧縮バッグに入れといて良かった。
過去の自分に心の底から感謝しつつ耐えること小一時間、乗合馬車はようやく目的地に到着した。
クッションをゆっくり片付けて最後に馬車を降りると、そこは少し拓けた森の中だった。
出発前に地図で確認した限りでは、ここは南の山岳地帯に接する森林の入口。ロセアズレア大洞窟はここからもう少し南、森に分け入った先にある。
小王国はほとんど湿地帯で木々が大量に茂っている場所は禁足地くらいしかなかったから、このあたりの光景はちょっと新鮮だ。雰囲気も禁足地と大分違う。
禁足地が雑木林なら、ここは樹海。苔むした巨木が林立する様は、とても静かなのに威圧感がある。
でも、先に降りた面々にとっては見慣れた光景らしい。踏み固められた林道を進む背中が結構遠くに見えた。私もそれを追って歩き出す。
10分ほどで、ちょっとした広場に出た。集まっているのは、多分全員冒険者だ。
荷物を広げて確認している若者に、武器の手入れをしている男性。難しい顔をしている剣士と、何やらメモをしている女性。
集まっていると言っても、パーティじゃないらしい。みんなてんでバラバラに行動している。
先程まで一緒に乗合馬車に乗っていた冒険者たちの姿はない。多分、もう洞窟の方へ向かったんだろう。
「…あれ、もしかしてユウさん!?」
不意に横から声が掛かった。
振り向くと、見覚えのある少年がこちらを見て目を見張っている。…え、まさか…
「フェイ!?」
私が目を見開くと、少年──フェイがぱあっと顔を輝かせて駆け寄って来た。
「ユウさん、お久しぶりです!」
近くまで来て違和感に気付く。新人研修の頃は私と同じくらいの目線だったのに、今は私が見上げる形になっていた。…くそう、成長期め。
「フェイ、久しぶり。身長伸びた?」
「はい、ちょっとだけ」
フェイが照れ臭そうに笑う。
『ちょっと』どころか大分伸びてると思うよ。1年も経ってないのに、もうジャスパーに迫る勢いじゃん…。
細身で身軽そうな雰囲気は同じだけど、全体的に少し筋肉質になって、体格も良くなった。『少年』と言うより『青年』に近い。
しかし、このロセアズレア大洞窟の調査依頼は中級以上の冒険者じゃないと受けられなかったはずだ。疑問が顔に出ていたのか、フェイは苦笑して頬を掻いた。
「俺もやっと中級冒険者になったので、先輩に頼んで連れて来てもらったんです」
「先輩?」
「はい。今、パーティを組んでて──」
フェイが視線を巡らせていると、奥の方から男性冒険者が歩いて来た。腰に2本の剣を吊り下げている。
「フェイ、そろそろ──…」
片手を上げてフェイに声を掛けた男性が私に目を留めて眉根を寄せ──ギョッと目を見開く。
「お前…ユウか!?」
何だか顔に見覚えがある。必死に記憶を探ると、思い当たる人物がいた。
「ヘンドリック!」
彼は半年前の小王国首都防衛戦で、ロセフラーヴァから助っ人に来てくれた上級冒険者の一人だ。
長剣と短剣の双剣使いで、短剣の方は火属性の魔剣。あまり話す機会はなかったけど、あの時アビススライムの処理に大活躍してくれた。
駆け寄って来たヘンドリックは、私を見下ろして気さくに笑う。
「久しぶりだな! こっちに来てたのか」
「久しぶり、ヘンドリック。ウチのギルド長からの指示でね、暫くこっちでお世話になる予定」
「そうか」
何だか楽しそうだ。
私も正直嬉しい。まさか目的地に知り合いが居るとは思わなかった。
「ジャスパーとキャロルは元気か? デールたちは?」
「みんな元気だよ。ジャスパーとキャロルが来てくれたお陰で、討伐依頼の方もちょっと余裕が出来たし。──そっちは? みんな相変わらずロセフラーヴァで活躍してるの?」
「まあ色々だ。小王国支部に移籍希望を出してる奴もいるし、もっと経験を積みたいっつって辺境に向かった奴もいる。俺はロセフラーヴァの若手をいろんな場所に連れてってる感じだな」
ヘンドリックは私より年下なのに、まるで壮年男性みたいな言い方してるのがちょっと面白い。
以前は新人研修の後、ジャスパーとキャロルがそれとなく新人たちの世話を焼いていたそうだ。
その2人が小王国支部に移籍したため、その役割をヘンドリックたちが引き継いだのだという。
「すごいね、そんな役割分担があるんだ」
「経験者が新人の面倒見るのは普通だと思うぞ? 小王国支部ではどう──ああいや、新人がお前とかシャノンみたいなヤツって時点でアレだな…」
アレってどういう意味だろうな。深くは聞かないけど。
「ユウさんはもう上級冒険者になったんですよね?」
フェイに問われ、私は頷いた。
「色々あったからね。正直、ほとんど運みたいなもんだと思うけど…」
首都防衛戦がなかったら、今もまだ中級冒険者だったはずだ。そう言ったら、ヘンドリックが呆れ顔になった。
「お前、小王国の魔物が全部上位種以上だってこと忘れてないか? あの魔物大量発生事件がなくても、とっくの昔に上級冒険者になってるはずだぞ」
「ええ…」
「嫌な顔すんな」
思わず渋面を作ったら即座に突っ込まれる。
フェイが苦笑した。
「史上最速で上級まで到達した驚異の新人、ってこっちでも話題になってますよ」
「話題にしないでー…」
変に注目されたくないと訴えてみるが、フェイとヘンドリックは顔を見合わせ、訳知り顔で肩を竦めた。
「無理だな」
「今更ですね」
仲良いな、くそう。
冒険者登録から1年以内に上級冒険者になった人間は今まででも何人か居るけど、私はその最速記録を塗り替えてしまったらしい。私の実力じゃなくて、そもそも環境がおかしくて変なイベントが山盛りだったせいだと思う。
「それはそうと──」
ふとヘンドリックが私の方を見て首を傾げる。
「ユウ、武器はどうした? ウォーハンマーはやめたのか?」
今日の私の背中に、ウォーハンマーは無い。ついでにホルダーも外してある。武器らしい武器は、腰に吊っているメイスだけだ。
「ウォーハンマーは圧縮バッグに仕舞ってあるよ。洞窟の中じゃ迂闊に振り回せないでしょ?」
「ああ、なるほどな」
納得したヘンドリックは、からりと笑った。
「ウォーハンマーを背負ってないせいで、一瞬誰だか分からなかったぜ」
…それ、今まで私よりウォーハンマーの方が目立ってたってこと?
そりゃあ、これだけ身長が低ければそうなるだろうけどさ…




