136 特級冒険者のススメ
「──スキル『カリスマ』の方は現状、どうにもなりませんが…特級冒険者を目指すというのは悪くない手だと思いますよ」
ひとしきりスキルの話をした後、マグダレナが話題を変えた。
「特級冒険者になれば国からの勅令であろうと断れますし、国家権力に屈することはなくなりますからね」
グレナも随分と苦労していましたから…と、呟きに苦笑が混ざる。
特級冒険者になるよう助言してくれたのはグレナだけど、過去に何かあったんだろうか。
《ああ、あのばーさんなあ。若い頃は、小王国の魔法師団がえっらい熱心に勧誘しとったな》
なぬ。
…ああでも、実力派の火魔法使いだもんね。冒険者ギルドじゃなくて国に所属して欲しいって思うのは当然か…本人は迷惑がってそうだけど。
「グレナもその『熱心な勧誘』に嫌気が差してユライト王国の支部に一時移籍しましたからね。ユウのことを他人事だとは思えなかったのでしょう」
ユライト王国で特級冒険者になったとは聞いてたけど、グレナも同じような理由で小王国から逃げていたとは…。
(…あれ、じゃああの国、その頃から成長してないってこと?)
…深く考えるのはやめよう。
「特級冒険者を目指すなら、どこに行くのが良いですかね?」
気を取り直してマグダレナに訊いてみると、すぐに答えがあった。
「この周辺なら、ロセアズレア大洞窟ですね。冒険者ギルド主導で中級以上の冒険者が調査していますが、まだ全容が分かっていません。新種の魔物の目撃情報もありますし、実績を積むなら最適でしょう。…それに…」
ぼそりと付け足す。
「…最近、調査に従事している冒険者の間で妙なルールと言うか、序列ができていると聞きます。それを調べるのにも、貴女は適任だと思います」
「いきなり難易度の高いこと言い出さないでください」
うげ、と顔を顰めると、マグダレナは涼しい顔でにこりと笑う。
「無駄に威張り散らしている輩を見ると、とりあえず殴りたくなりませんか?」
「まあなりますけども」
《認めたらアカンて》
スピリタスに突っ込まれた。難しいな。
それにしてもマグダレナ、丁寧な口調で誤魔化されがちだけど、意外と喧嘩っ早いんだろうか。
そういえば新人研修の時、盗っ人冒険者パーティのガルシアも笑顔で威圧してたっけ。やっぱり敵に回したくないタイプだな…。
《洞窟調査だったら、特殊装備が必要になるんじゃないか?》
私がそっと引いていると、アルが建設的な提案をしてくれた。
《ロープとか簡易コンロとか予備のライトとか、あと加熱しなくても食べられる物とか、あった方が良いぜ? 普通の野外とはわけが違うからな》
「そんなに違う?」
正直、野外での長期滞在や調査は完全に初心者だ。野外料理の実習もどきは新人研修の時にやったけどね。
小王国じゃ魔物討伐は日帰りだし、日本に居た頃も1泊2日のキャンプくらいしかしたことないし。
しかもキャンプは学生時代にちゃんと整備されたキャンプ場で文明の利器使いまくって経験者と一緒にやっただけだから、バーベキューで飲み食いして寝袋に収まって寝たら夜中にテントの中にアリと蚊が入って来て大変だった、くらいしか記憶にない。
洞窟もね…完全に観光地化された所だったら2、3回行ったことあるけど。絶賛調査中の『大洞窟』がどういう状況でどう調査を進めてるのか、ちょっと想像がつかない。
朝洞窟に入って調査して、夕方には出て来て外で夜を明かす、とかじゃないよね多分。
「ある程度の深度までは寝泊まり出来る休憩所を設けてありますが、未開の領域では自分の力と装備だけが頼りです。空気の通りが良くないと火も使えませんからね」
やっぱり洞窟の中に滞在かあ…。何か、予想以上に大変そうだ。
私の困惑を見て取ったのか、マグダレナはアルに視線を投げた。
「アル、ユウについて行ってアドバイスしてあげてください」
《任せろ》
「ユウ。今日のところは街を回って、アルの意見を参考に装備を整えると良いでしょう。この街ならば、洞窟探索用の装備も店に置いているはずです」
「分かりました。ありがとうございます、マグダレナ様。よろしく、アル」
「ええ」
《おう!》
私が立ち上がるとアルが私の肩に飛び乗り、スピリタスもいそいそと立ち上がる。
「スピリタス、どこへ行くのですか?」
《ユウの手伝いやて。ほれ、荷物持ちが要るやろ?》
スピリタスは当たり前の顔で主張するけど、耳が明後日の方向を向いている。これは都合が悪いことを指摘された時の反応だな…。
マグダレナはにっこりと笑った。
「圧縮バッグがあるのですから、荷物持ちは不要です。そもそも、自分で持てないほどの荷物は洞窟には持ち込めません」
《うぐ》
「あなたにはやって欲しいことが色々あるのですよ。伝令でも見回りでも、ちゃんと働く、のでしょう?」
《…あ、足元見よって…!》
「褒め言葉と受け取っておきますよ」
言質を取られたスピリタスの負けだな、どう見ても…。
流石はマグダレナ様、強い。
《よし、じゃあ行くか》
「了解」
安請け合いするんやなかったー!と似非関西弁で叫ぶスピリタスを尻目に、私とアルはギルド長室を出た。
既に時刻は昼前だ。ギルドの受付まで戻ると、併設されている食堂では昼食を求める冒険者が何人か席を確保していた。
「この匂いは…」
厨房からはスパイシーな独特の香りが漂って来る。これは間違いなく…カレーだ。
「よう、来たなユウ!」
厨房から顔を出した厳つい男性が、こちらを見てニカッと笑う。私は笑顔で応えた。
「アンディ、久しぶり! この匂いって、カレー?」
「おう! おかげさまで、すっかりウチの看板メニューになったぜ」
今日は鶏肉とナスのカレーだ、と胸を張るアンディは、このギルドの食堂の料理長だ。新人研修の時に色々あって、カレーと玉ねぎのマリネのレシピを教えた。
ロセフラーヴァの街では『カレー』がすっかり人気料理として認知されてるらしいけど、その火付け役はこの男だと思う。私ではなく。
「街にカレー専門の食堂が出来たって聞いたけど、レシピ広めたのアンディでしょ?」
私が訊くと、アンディはにやりと笑った。
「まあな。食堂を経営してるのは俺の姪だ。良かったら、今度食べに行ってみてくれ。普通のだけじゃなくて、海産物を使ったカレーもあるぞ」
「海産物!?」
思わず目を輝かせる。
小王国は内陸だし、このロセフラーヴァの街も海からは遠い。でも、ユライト湖から流れる川を拡張して造った運河が、ロセフラーヴァと南の港湾都市を繋いでいる。
最近、生け簀を内蔵した小型の船が運河を航行できるようになり、海の魚介類を生きたまま輸送することが可能になったそうだ。種類に制限はあるけど、この街でも新鮮な海産物が食べられるようになった。
その魚介類を使ったカレー…美味しいに決まってる。
「うわあ、それは絶対食べなきゃ。後で場所教えてよ」
「勿論だ」
アンディはとても楽しそうに頷いた。カレー専門店は商売敵かと思ってたんだけど、店主が姪っ子で自分が教えたレシピを元にカレーを作ってるなら話は別か。弟子を見守る師匠、みたいな感じかな。
《ユウ、折角だからここで昼飯食べて行けよ。まだ時間はある》
「そうだね。──というわけでアンディ、カレー1人前とケットシー用のごはん、よろしく!」
「おう、任せとけ!」




