135 スキル『カリスマ』と『キャンセラー』
「……スキル『カリスマ』による周囲の人間の暴走、ですか…」
翌日。
ロセフラーヴァ支部のギルド長室で私が改めて事情を説明すると、マグダレナは深く溜息をついた。
「…なかなかめんど──厄介な状況のようですね」
マグダレナはスキル『カリスマ』についてよく知っているらしい。それもそのはず、
「初代王のように、本人が無茶振りしているのではないだけマシでしょうか」
《いやいや、迷惑を被る方からしたら大して変わらんやろ。自分で暴走するヤツと暴走する周囲を放置してるヤツ、どっちもどっちやで》
中型犬サイズのスピリタスが訳知り顔で首を横に振る。
《自分の発言で周りが動いてるっちゅーに、なーんか他人事やったからな、あの甘ちゃん王太子は。頭ん中お花畑なんちゃう?》
「うわヤダ、私の嫌いなタイプ」
私は思い切り顔を顰めた。
初代王は、伝承の通りスキル『カリスマ』持ち。しかも本人の希望を押し通す厄介な輩だったらしい。
ちょいちょいマグダレナが初代王に対して含みのある発言をしてたけど、そんな奴だったら納得だ。マグダレナだったら魅了状態にはならなかっただろうし、我儘放題の初代王とそれを全力でヨイショする周囲に振り回されて大変な苦労をしたんだろう。
現王太子──ジークフリードは、初代王とはまた違った性格のようだ。スピリタスの言う通り、迷惑度合いは大して変わらない気がするけど。
『周囲が勝手にやってるんだからしょうがないよね!』とか平気で言うんだったら、ちょっと1回ぶん殴りたい。
「騎士団長のアレクシスとか文官長のケネスとかも『カリスマ』汚染されてるみたいなんですけど、対策は取れないんですか?」
マグダレナだったら対策を知っていてもおかしくない。望みをかけて訊いてみたが、マグダレナは難しい顔をした。
「…私も昔、スキル『カリスマ』の影響を無効化しようと考えたことはあります。ですが、魅了状態になるか否かは本人の魔力量と意思の強さ次第で、例えば防御魔法などで外部から阻止することは出来ませんでした」
「魅了を解くこと自体は出来るんですよね?」
「ええ。軽いものでしたら魔法や物理攻撃でショックを与えれば良いですし、根の深いものも薬を飲ませれば解くことは可能です。ただ…一時的に魅了を解いても『カリスマ』持ちと接触したらまた元に戻るので、あまり意味はありません」
実際グレナが、軽い魅了状態に陥っていたデールたちを魔法で正気に戻していた。
深い魅了状態でも、解除する薬があるそうだ。ただし、この世のものとは思えないレベルで苦いという。
(…薬効って言うより、苦すぎて正気に戻るとかそういう感じなんじゃ…)
そんな薬、飲ませるのが大変そうだ。
「…昔、『カリスマ』そのものを無効化する魔法も研究していたことがあるのですが…」
マグダレナが呟き、そっと目を逸らした。
多分、上手く行かなかったんだろう。召喚魔法なんて高度な魔法を開発出来るマグダレナでも、『スキル』を魔法でどうにかするのは無理だったらしい。
スキルと魔法は似て非なるものだと以前読んだ本に書いてあった。
魔法は威力の大小や使いやすい属性に個人差はあるけど、練習すれば大抵誰でも使えるようになる。でも、スキルは使えるかどうか自体が個人の才能に左右される。
しかもスキルは、効果が独特だ。
例えば私の『剛力』は筋力増強特化で、五感は強化されない。その代わり、魔法のような詠唱は不要で反動もなく、意思一つで効果の程度を切り替えられる。身体強化魔法とはかなり違う。
(『剛力』だったら、『衝撃吸収』の魔法なんかで効果を弱めることは出来るけど…)
でもそれは攻撃の破壊力を弱めるだけで、『剛力』そのものを無効化してるわけじゃない。
比較的単純な『剛力』でこれだ。『カリスマ』なんて精神に作用するような能力、厄介すぎて手が出せないだろう。
《まっ、しゃーないやろな。スキル『キャンセラー』でもない限り無理やろ》
スピリタスが器用に肩を竦める。
また『キャンセラー』だ。そんなに有名なんだろうか。
「『キャンセラー』って、スキルを無効化するっていう?」
訊いてみると、スピリタスが微妙に首を傾げる。
《無効化っちゅーか、『消し飛ばす』が正解やな》
そういえば、グレナもそんな風に言ってたっけ。…でもそれ、どう違うんだろう…。
「スキル『キャンセラー』は、相手のスキルを相殺して、完全に消去するスキルです」
「え」
完全に消去?
「相手のスキルと相殺なので、使えるのは一度きり。自分のスキルが消えるのと引き換えに、相手のスキルも消し去る──そういう能力なのですよ」
何だその自爆技みたいなの。
でもスピリタスとマグダレナが詳細を知ってるってことは、実在する可能性が高そうだ。単なる噂とか都市伝説とかじゃない。
「マグダレナ様もスピリタスも、『キャンセラー』持ちの人に会ったことあるの?」
「人、というか…」
《アレは人ちゃうよなあ…》
マグダレナとスピリタスが何とも微妙な顔をした。
…人じゃない?
「え、なに、どういうこと?」
《えーとな…》
スピリタス曰く、彼らが『キャンセラー』持ちに会ったことがあるのは一度だけ。それもスキルを使った後だったので、話を聞いただけで実際スキルを使う場面を見たわけではないという。
「私たちが会った『キャンセラー』持ちは、人ではなく魔物──ガーゴイルです」
「ガーゴイル」
《言うても、人間にめっちゃ友好的で温和な変わり者やったけどな》
「なるほど、つまりスピリタスの同類」
「ええ、その通りです」
《一緒にせんといて!?》
納得して呟いたらマグダレナが頷き、スピリタスが悲鳴を上げた。
《ワイは精霊馬、ヤツは魔物! 全然ちゃう!》
「私ギルド長に、精霊馬は動物じゃなくて魔物に近いって聞いたけど」
《近いだけでそのものやない!》
こだわるなあ。
「はいはい分かった。…で、そのガーゴイルは何のスキルを消し飛ばしたの?」
スピリタスの抗議を適当にあしらって話を戻す。
自分で言っといてなんだけど、今重要なのは精霊馬が魔物かどうかじゃない。
「ガーゴイルは、自分の住処に侵入した冒険者の『エコー』というスキルを消したそうです」
「エコー?」
《…自分が使った魔法を反復するスキルや。繰り返すたんびに威力は下がるけど、反復に魔力は要らん》
スピリタスが物凄く不満そうな顔で解説する。
《むかーし、ユライト湖の湖畔の廃屋に、ガーゴイルが棲みついたことがあってな。直接悪さはせんけど怖い言うて、討伐依頼があったんや》
ちょうどそのあたりは小王国とユライト王国の国境付近で、両方の国の冒険者ギルドに依頼が出された。
先行して向かったのは、ユライト王国の『エコー』持ちの冒険者。
ガーゴイルはその冒険者との対話を試みたものの、冒険者は全く聞く耳を持たず、『エコー』で魔法を多重展開してガーゴイルを追い詰めた。それで仕方なく、ガーゴイルはスキル『キャンセラー』を使ったらしい。
当時人間の姿で冒険者をしていたスピリタスは、小王国のギルドに偶然視察に来ていたマグダレナと共に現場に出向き、白目を剥いて気絶している冒険者とそれを介抱しようとして途方に暮れているガーゴイルという大変シュールな場面に遭遇した。
その後意識を取り戻した冒険者は、確かに『エコー』が使えなくなっており──そこでまた一悶着あったらしいが、最終的にガーゴイルが人間に危害を加えないことを約束し、人里離れた地へ去ることで一応問題は解決した。
《『キャンセラー』の話を聞いたのは、後にも先にもその一度っきりやな》
「ええ。『エコー』持ちだった彼も既に亡くなっていますし…ガーゴイルはまだどこかで生きているかも知れませんが、使い捨てのスキルである以上、頼ることも出来ませんね」
本当に昔の話らしい。
「…じゃあやっぱり、スキル『キャンセラー』で『カリスマ』をどうにかするっていうのは望み薄かあ…」
《せやな…》
「そうですね…」
2人と1匹、疲労感の滲む溜息が重なった。




