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134.5 閑話 ユウ脱出後の小王国支部

ギルド長のカルヴィン視点、主人公が小王国支部を出発した直後のお話です。



「──いってきます!」


『いってらっしゃい!』



 声を合わせ、笑顔でユウを見送る。


 ユウが出発する時は、居合わせた全員で明るく送り出そう──ユウに秘密で交わした約束、その通りに。


「……」


 扉が閉まると、エレノアがフッと沈んだ顔になり、小さく呟いた。


「ユウさん、大丈夫でしょうか…」

「きっと大丈夫よ」


 その肩をそっと叩くノエルも、エレノアに負けず劣らず心配そうな顔をしている。


 特級冒険者を目指す以上、ユウが一時的にせよこの国を出るのは予定していた。だが、こんなに早く追い立てられるように出発することになるとは思っていなかった。

 万が一を考えて、早め早めに準備をしていたのが役に立った。


(役に立って欲しくはなかったけどな…)


 内心で溜息をつく。


 自慢じゃないが、オレは昔から、あの異母兄に結構な迷惑を被っている。


 思春期に出会った初恋の人は兄の『カリスマ』にやられ、側近候補はそもそもこちらに見向きもしない。

 王族としての務めに差し支えると訴えても、異母兄は被害者面で困ったように微笑むだけで、父王は『お前の求心力が足りないからだ』と宣う始末。


 最終的に全てに嫌気が差して、王位継承権を放棄して城を出た。

 王太子の実弟、第2王子もオレより一足早く城を出て、今は何処に居るのか分からない。


 あのクソ親父は『長兄と違って弟たちは出来が悪い』とか何とか嘆いていたが、嘆きたいのはこっちだ。

 クソ親父は『カリスマ』の影響をそれほど受けていないはずなのに、何故あの王太子とその周囲の異常さに気付かないのか。


(…文句垂れてる暇はないな)


 無理矢理思考を現在に戻す。


 目下の問題は、今まさにこちらに向かっている文官長のケネス。勅令なんて御大層なものを携えている以上、面倒なことになるのは目に見えている。


 ──もっともオレは、それを承知の上でユウを逃がしたのだが。


 あのクソ親父と王太子に人生を左右されるのは、親族だけで十分だ。


「エレノア、ノエル、イーノック」


 オレが声を掛けると、3人は緊張した面持ちでこちらを見た。


「お前らは奥に引っ込んで仕事してろ。ケネスはオレが何とかする」

「え、でも…」

「心配すんな。これでも一応、元王族だしな。それに、こういう揉め事はギルド長(オレ)の領分だ」


 軽く手を振ってエレノアたちを奥へ移動させる。


 『カリスマ』汚染されている貴族連中の前に正気の平民を配置するのは危険だ。何が連中の逆鱗に触れるか分からないし、逆鱗に触れた結果、どんな反応を示すかも分からない。下手をしたら、突然斬り付けられたり魔法をぶっ放される恐れだってある。

 …実際昔、それで怪我した使用人も居たからな…。


「ルーン、お前も隠れてろ」

《俺は大丈夫だろ?》

「念のためだ。万が一お前が怪我でもしたら、ユウのやつが本気で城をぶっ壊しかねない」


 オレが顔を顰めると、ルーンがスン…と真顔になって受付カウンターから飛び降りた。

 否定できないよな。


《梁の上から見てるくらいなら良いだろ》

「手も口も魔法も出すなよ」

《善処する》


 若干不安の残る言葉と共に、ルーンが階段と柱を経由して軽やかに梁の上に飛び乗る。


 そこまで確認して、オレは外扉に向き直った。


(オレが相手なら、ケネスもそうそう変な気は起こさないと思うが…)


 警戒しながら待つこと暫し。


「──失礼しますよ」


 扉が開いて、優雅な足取りでケネスが入って来た。

 絶妙に焦点が合っていない『カリスマ』汚染独特の顔つきをして、王家の封蝋が押された書簡を両手で捧げ持っている。

 扉を開けたのは両側につく騎士2人だ。さらにその後ろにも騎士が3人──街の中で護衛役が5人とは、随分大盤振る舞いだな。


「大所帯で何の用だ、ケネス」


 オレが応じると、ケネスは不思議そうに目をしばたいた。


「ギルド長自らお出迎えとは…」

「そういう日もある」

「そうですか」


 こちらの事情に興味はないらしい。あっさり納得したケネスは、笑顔で書簡を掲げた。


「冒険者の『ユウ』に向けた勅令です。本人はどちらに?」

()()()


 オレが即答すると、ケネスは笑顔のまま固まった。


「………は?」


 数秒後、眉を顰めて疑問の声を上げる。


「今、何とおっしゃいました?」

「だから、ユウは居ない」

「…依頼で外出中ですか? でしたら、今すぐに呼び戻してください」


 簡単に言いやがる。冒険者の仕事を甘く見てる証拠だな。

 オレは胸中に沸いた怒りを何とか堪え、真顔のまま答えた。


「無理だ。ユウは小王国支部を離れた」

「………どういうことです?」

「言葉通りの意味だ」


 オレが淡々と応じると、ケネスは暫し視線を彷徨わせ──ハッと何かに気付いたようにこちらに駆け寄り、オレを睨み付けた。


「…カルヴィン殿下…わざと逃がしましたね?」

「人聞きの悪いことを言うな」


 深々と溜息をつき、ケネスに負けず劣らず険のある表情を作る。


「あいつの将来を考慮した結果、小王国支部を離れるのが最善だとギルド長として判断した。何か問題があるか?」

「国の将来を考慮するのなら、王太子殿下の第2妃となるのが最善でしょう! 折角我々が準備したというのに、逃がすとは何事ですか!」


 ケネスが声を大きくする。…やっぱりそういうろくでもない勅令だったか。


 しかもこいつ、勘違いしてやがるな。


「オレが考慮したのは『国の将来』じゃねぇ、『ユウの将来』だ。国の将来なんぞ知るか。──この国の国民ですらないのに散々この国に振り回されてきたあいつに、これ以上無駄な迷惑を掛けるな」

「迷惑ではありません! 次期国王の妃といえば、女性として最高の栄誉でしょう!」

「それが迷惑だっつってんだ」


 オレは椅子を蹴立てて立ち上がり、カウンターから身を乗り出して至近距離でケネスを睨み付けた。


「ユウは権力にも財力にも栄誉にも興味はない。大体、『第2妃』が()()()()()()()()()()って、お前正気か? お前は、夫も子どもも居る身分が上のご婦人に、『あなただったら私の第2の夫として迎えてあげても良くてよ』とか言われたら喜んで従うのか?」


「えっ……」


 ケネスだけでなく、騎士たちも一瞬考える表情になり──げえっという顔をした。


 …だよな。


 この例えはオレが思い付いたのではなく、ユウが教えてくれたものだ。

 『男女が入れ替わって自分が当事者になった途端、ものすごく気持ち悪い構図にならない?』と言われて心底納得した。第2夫とか、オレには絶対無理だ。


 ケネスは思い切り顔を顰めた後、大きく頭を振った。


「だ、男性と女性では違います…!」

「違わねぇよ」

「女性は結婚すれば()()()()()()()のですよ!? 貴族になれば、子どもを産んで家に居て、女性同士で社交する()()で良いではないですか!」


 瞬間、オレは理解した。


 こいつなにも分かってねぇ。



「働かなくて済むだあ!? 家事も育児も社交も()()()()()だろうが! お前その台詞、母親とか嫁に向かって言ってみろ! ブチ殺されたって文句は言えねぇぞ!?」



 怒鳴りつけるとケネスは怯んだものの、なおも食い下がる。


「うぐっ…。と、とにかく、ユウを呼び戻してください! 国王陛下からの勅令ですよ!?」

「無理だっつってんだろうが! 本人が居ないのに勅令が効くかド阿呆!」


 そんなやり取りをその後も何度か繰り返した後、ケネスはようやく騎士たちを引き連れて帰って行った。





 ──ちなみに。


 怒鳴り声が大通りにも漏れていたらしく、その後暫く、ご近所の女性陣から食材や料理のおすそ分けが相次いだ。


 『旦那が大人しくなった』『男性がそういうことを言ってくれるのが嬉しかった』と、大変感謝されたが…ユウに教え込まれた結果だと思うと、とても複雑な気分になった。








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