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134 到着


《んん…?》


 ロセフラーヴァの街に向けて高度を落とし始めたスピリタスが、不思議そうに首を傾げる。


「スピリタス、どうしたの?」

《いや…なんか、レーナが街の外に()るな》


 スピリタスの視線は、ロセフラーヴァの街の門から少し北に逸れたあたりに向いている。でも、すっかり日が落ちて暗くなってるから、私にはよく見えない。


「…ホント?」

《ホンマや。あの魔力はレーナで間違いない》


 スピリタスも肉眼で見えてるわけじゃないらしい。魔力が判別出来るって便利だな。

 目を凝らしていると、視線の先で小さな光が灯った。薄紫色の、独特の輝きだ。


《あそこやな。行くで》

「分かった」


 スピリタスがついっと進行方向を変える。

 地上に着くと、パッと固着魔法が解かれた。しゅるしゅるとスピリタスの身体が小さくなる。


「来ましたね、ユウ」

「マグダレナ様」

「…スピリタスも居るとは予想外でしたが」

《あっ、なんか邪魔者扱いしとるやろ。傷付くわー》

「棒読みで何を言っているのですか」


 私が飛び降りるなり、近くの茂みからマグダレナが出て来た。

 よよよ、とわざとらしく泣き真似をするスピリタスに、白々とした視線を注ぐ。


 そのマグダレナの肩には、真っ白いケットシー──アルが乗っていた。


《よっ。話はルーンから聞いてるぜ》


 話が早くて助かる。しかし、どうしてこんな時間に街の外に居るんだろうか。

 疑問が顔に出ていたのか、マグダレナが苦笑した。


「ロセフラーヴァの街も、夜間は門が閉まるのですよ。街を目の前にして野宿したくはないでしょう?」

「あっ」


 この世界の街や村は魔物や賊の侵入を防ぐために防護壁で囲まれていて、警備が手薄になる夜間は門を閉める。

 普段、昼間にしか街の外に出ないからすっかり忘れていた。マグダレナとアルは、それを見越して迎えに来てくれたらしい。


 …でもこれ、全員街から閉め出されてるんじゃ…。


 私の心配をよそに、では行きましょうか、とマグダレナは街の門へ向かった。


「お勤めご苦労さまです」

「は、はっ!」


 マグダレナがにこやかに声を掛けると、門番がビシッと敬礼する。顔が強張っているのは多分気のせいではない。


()()()が見つかりました。入っても?」

「はっ! どうぞお通りください!」


 門番が即座に通用扉を開ける。

 普通、こんな時間に街に入ろうとしたら面倒な手続きがありそうなもんなのに、門番はこちらを見もしない。自分は何も見てません、聞いてません──そんな心の叫びが聞こえて来そうだ。

 マグダレナは一体何をしたんだろうか。


(…なんかごめん、門番の人…)


 内心そっと手を合わせつつ、通用扉を通る。


 辺りはすっかり暗くなっていたが、街の中はまだ明るかった。等間隔に配置された街灯が煌々と輝き、飲食店の呼び込みや通行人の話し声があちこちで響いている。

 歩き出しながらホッと息をつくと、微笑しているマグダレナと目が合った。


「今日はもう疲れたでしょう? 詳しい話は明日にしましょう。貴女の名前で宿を取ってありますから、今日はゆっくり休んでください」


 告げられたのは、新人研修に来た時に使った宿の名前だった。流石はマグダレナだ。


「ありがとうございます、お言葉に甘えます」


 丁寧に礼を述べて、ギルドの前でマグダレナと別れる。


 スピリタスは当たり前の顔で私について来ようとして、マグダレナに『貴方はこっちです。何故ここに居るのか、しっかり説明してもらいましょうか』と強引に連れ去られて行った。耳引っ張らんといてや、と騒ぐスピリタスが何だか嬉しそうだったけど…深くは突っ込むまい。




「……ふう」


 宿の部屋に入ると、ようやく肩の力が抜けた。


 今日一日で、色んなことがあった。というか、色んなことが起きすぎた。


 武器のメンテナンスから帰ったらその場で街を出ることになって、強引に街の外に出て街道をひた走り、国境の関所をギリギリのタイミングで通過してここまで来た。アクロバティックにも程がある。


 まあでも、あっちを出たのは日が傾き始めてからだったから、夕食時を過ぎたくらいの時間にロセフラーヴァに入れたのは相当早い。普通なら半日以上掛かる道のりだ。

 …アレクシスに目撃されたのはちょっとアレだけど、スピリタスには後で改めてお礼を言っておこうか。


「あ…そうだ」


 ベッドにダイブしたいのを何とか我慢して、机の上に2つの圧縮バッグを置く。


 急いで出て来たから、中身の確認をしていない。ギルド長たちが渡してくれたベルトポーチは勿論だけど、自前のウエストポーチ型の方にも色々詰め込んであるから、一度ちゃんと整理した方が良いだろう。


「ええと…」


 お金は基本、ウエストポーチに全部入れてある。借家のある下町はあんまり治安が良くないから──と言っても、うちのご近所で強盗とか泥棒の話は全く聞かなかったけど──家に置いておくのも不用心だと思って常日頃から持ち歩いている。


 ちなみに、ユライト王国と小王国の通貨は共通だ。小王国はユライト王国から分離独立して成立した国だから…というのは表向きの理由で、実際は『小王国は国としての規模が小さすぎて通貨を製造する『造幣局』が無いから』だったりする。

 便利は便利だけど、『小王国は独立国である』って前提がそもそも間違ってるような気がしてくるな…。


 ウエストポーチには他に、獲物解体用のナイフ、着火用の魔法道具と予備の火の魔石、水の魔石、タオルと衣類が2セットほど、雨よけの外套、小さな石鹸などが入っている。

 いつも持ち歩いている魔物討伐用の道具類に衣類を少し追加したくらいの簡単な荷物だ。


「さて、こっちは…」


 続いて、ベルトポーチの方を開けてみる。


 メインの大きなポケットから出て来たのは1人用のテントと寝袋。

 テントは布地がかなり厚手で、入り口部分が二重になっている。寝袋の方は綿の詰まりが控えめだけど、同じ布を使った少し硬めの長座布団みたいなものが一緒に出て来た。寝袋を使う時に下に敷くんだろう。


 野営道具に関しては素人だけど、これだけは言える。…これ多分、相当お高いライン…。


(一体いくらしたんだ、これ…)


 一瞬浮かんだ疑問を振り払い、次に大きいポケットを開ける。こっちには長期保存できる食材と調味料が入っていた。


「お米と干し肉、切り干し大根と干し肉…ってこれケットシー用のジャーキーか」


 しっかりケットシー用のおやつを入れているあたり、イーノックも分かってる。私、ケットシーに会ったら絶対貢ぐ自信あるもんね…。マグダレナのところにはアルも居るし。

 お米が多めなのは、ユライト王国の食生活を考慮に入れた結果だろう。こっちでは小麦粉がメジャーで、米は手に入りにくい。

 調味料は、砂糖、塩、ワインビネガーと…醤油。いやまあ、米に合わせるなら醤油があった方が断然嬉しいけど。まさか超高級調味料を入れて来るとは…。


 その他、ベルトポーチには、調理用の網と蓋つきの小鍋が2つ、包丁としても使える万能ナイフ、大きめのスプーンと菜箸──これは多分、私が自分で用意して小王国支部のキッチンで使っていたのを覚えていてくれたんだろう──、食器類などが入っていた。


 そんな感じで次々中身を確認して行き、最後に一番小さなポケットを開けると、毎度お馴染みの包みとガラス瓶が出て来た。


「あ…おにぎりか」


 出発前にイーノックが『今日中に食べてください』と言っていたのを思い出す。


 机の上に場所を作って虫除け用の葉の包みをそっと解くと、おにぎりが3つ入っていた。ガラス瓶の中身は紅茶だ。あんなに急な出発だったのに、ここまで用意してくれるイーノックには頭が下がる。


 食べ物を前にした途端、ぐうう…とお腹が鳴った。



「……いただきます」



 一人で食べる昆布の佃煮入りのおにぎりは、いつもより少しだけしょっぱかった。






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