130 新しい武器
それから3日間は、不気味なくらい静かだった。
ただ、水面下で動きがあるのは間違いない。
王太子が城に帰還した翌日、詰まりに詰まっていた私への面会依頼が全てキャンセルされたのだ。てんでバラバラに申し込まれていたのに、一斉に。
都合良く解釈するなら王太子が止めてくれたって線も考えられるんだけど…あの押しの弱そうな態度を見ると、とてもそうは思えない。嵐の前の静けさってやつだと思う。
ともあれ、自由に動ける時間が増えたのは有難い。
近日中に動き出せるよう、家の中の荷物を整理したり長旅に必要なものを吟味したりしつつ、今日は武具工房へやって来た。
「こんにちは」
カランコロン、とドアベルが鳴ると、すぐに奥から人が出て来る。
「おう、いらっしゃい」
長身痩躯の店主は、こちらを見てにやりと笑った。
「英雄サマのお出ましだな」
「その呼び方やめてってば、ヘクターさん」
私は思わず顔を顰める。
最近、門に近い下町ではやたらとそう呼ばれる。
どうも、首都防衛戦の時の『例の掛け声』を住民のみなさんがいたく気に入ったらしく、大人からは『英雄』だの『小さな巨人』だの呼ばれるし、子どもたちからは『『覚悟は良いか、野郎ども!』って言って!』とせがまれる。とんだ羞恥プレイだ。
あと、ギルド長が打ち上げで叫んだ『ゴーレムキラー』って二つ名もしっかり定着しつつあるらしい。この前商店街に行ったら酒屋の主人にからかい混じりにそう呼ばれた。
驚きのあまり、酒屋の主人の爪先に30キロの米袋落としちゃったよね。その後女将さんが出て来て普通にご主人の後頭部張り倒してたからセーフだと思うけど。
…いやまあ、掛け声に関してはみんなに聞かれるの覚悟でやったんだけどね…そのネタと二つ名、定着させないで欲しかったな…。
ちなみに子どもたちの教育上よろしくないので、掛け声に関しては『あれはとっておきだからやりません』って断ってる。
…そういう問題じゃない?
「で、どうだ新しい武器は」
ヘクターは私の抗議をさらっと無視して訊いて来た。
念押しして逆に記憶に残っても困るので、私は素直に武器をカウンターに置く。長いのと短いの、2つ。
「メイスはやっと慣れてきたよ。ウォーハンマーはバッチリ。前より振りやすい感じがする」
首都防衛戦で、私が愛用していたウォーハンマーは大型ゴーレムの『目からビーム』を浴びて消し飛んだ。
ヘクターは丁度その様子を防壁の上から見ていたらしく、その日のうちに私用の新しい武器の製作を始めたそうだ。首都防衛戦の4日後にこの店に来たらいきなり試作品を渡されて滅茶苦茶驚いた。
その後1ヶ月程で完成したのが、このウォーハンマーとメイスだ。
ウォーハンマーは以前のものとほぼ同じサイズで、重量は2割増し。
新規追加のメイスは、ウォーハンマーが振れないような狭い場所での戦闘や乱戦を想定した予備の武器で、長さは釘を打つ時とかに使う普通の金槌とそれほど変わらないけど、全体が金属なのでずっしりと重い。
ウォーハンマーは以前と同じように斜めに背負い、メイスは剣のように腰の左側に吊り下げる。
専用のホルダー付きで、しめて金貨120枚。
ちなみにこの店主、『街を救ってくれた礼だ』と言って最初このセットを無料で渡そうとしてきた。
『せめて材料費と炉の稼働費くらいはちゃんと取れ!』と私とグレナで説得して金貨120枚だ。加工賃と工房の利益も込みにした正規価格でいくらになるかは、怖くて聞けていない。
…見た目じゃ分からないように加工されてるけど、これ、大部分はミスリル製で、芯材はそれよりも希少な特殊金属使ってるらしいんだよね…。『あの巨大ゴーレムのビームでも余裕で弾き返せるはずだぜ!』って滅茶苦茶イイ笑顔で言ってた。
芯材が何なのかは、グレナが問い詰めても口を割らなかったけど。
…多分本当は、金貨120枚でも材料費すら賄えないんだろうな…。
「前のと違って、お前専用に作ってるからな。重心の位置が少し違うんだよ」
武器を検分する店主は楽しそうだ。握りに巻かれた革を確認して、ちょっと眉を上げる。
「革の消耗が早いな」
「あー…ちょっと調子に乗って力一杯振り回してることが多いから」
思わず目が泳ぐ。
だって使い勝手が良すぎて…。お貴族様たちのご訪問が増えてからは、魔物討伐の貴重な機会にストレス解消も兼ねて全力で暴れてるし…そんなことヘクターには言えないけど。
ヘクターはふむ…と呻き、引き出しから細めの帯状に加工された革を出して来る。
「実は最近、魔物の革が入荷してな。水牛の革よりしなやかで耐久性もある。ただ感触が独特なんで、触ってみて大丈夫そうなら使うって感じなんだが…どうだ?」
促されて触ってみると、革とはとても思えない感触がした。
「うわ…」
これはアレだ。硬めのスポンジ的なやつ。スポーツ用品の握り部分とかに使われてるアレ。
確かに、『革』だと思って触るとちょっとギョッとする。
「これホントに革?」
「革と言うより、『表皮』と言った方が良いかも知れん。北方に棲む植物系魔物の皮を特殊な加工で安定化させたもの、だとよ」
「何か聞くからに高価そう…」
「そうでもないぞ。ベイジルがお試しで置いてったやつだからな」
ここでも出たか、やり手商人。最近小王国で取引先増やしてるとは聞いてたけど。
ちなみにベイジル氏、無事にユライトウルフの毛皮の売買権も獲得したらしい。
この前ギルドにも顔を出して、『直接取引じゃあないが、これからよろしくな!』と上機嫌で高級ワインと魚の干物を置いて行った。久しぶりに食べた海の魚は大変美味しかった。…じゅるり。
(おっと)
気を取り直して、植物系魔物の表皮に向き直る。
他の人には馴染みがない感触かも知れないけど、私にはちょっと懐かしい触り心地だ。もう今巻いてある水牛の革は擦り切れているし、これで普通の革より耐久性があるなら使ってみたい。
「ちなみにこれ、水洗いとか平気?」
「ああ。普通に水で洗って乾かして構わない。石鹸も使えるぞ。ただ、燃えやすいから火には要注意だな」
なるほど、つまり火属性の魔法剣士なんかには向かないのか。魔法剣士って大抵、剣に属性魔法を纏わせて戦うもんな。
けど、メンテナンスも楽みたいだし、私には合いそうだ。
「ヘクターさん、これ巻いてもらって良いかな?」
「お前ならそう言ってくれると思ってたぜ」
ヘクターがにやりと笑った。
擦り切れた革を取り除いて握る位置を再確認し、それより少し広い範囲に新しい革を巻く。
新しい素材だと言っていたけど、ヘクターの作業に迷いはなかった。職人芸って感じだ。
数分ほどで、ウォーハンマーとメイス、両方の持ち手に新しい革が巻かれた。
「よし、良いぞ。持ってみろ」
「分かった」
促されるままウォーハンマーを手に取り、軽く振り回す。
以前の革より少し分厚い分、握りがわずかに太くなったけど、違和感はない。むしろしっかり握れる気がする。
メイスの方もバッチリだった。
握り部分の当たりが以前より柔らかく、少しだけ手に吸い付くような感覚がある。以前の革だと汗や泥で滑るから手からすっぽ抜けないように思い切り握り込んでたけど、これからは本当に『腕の延長』くらいの感覚で扱えそうだ。
「…大丈夫そうだな。持った感覚はどうだ?」
「良い感じ。前より勢いよく振れそう」
普通の革より滑りにくい感じがすると言ったら、ヘクターは嬉しそうに頷いた。
「だよなあ! 感触が水牛の革とかけ離れてるせいでなかなか使ってもらえないんだが、絶対こっちの方が性能は良いと思うぜ」
聞けば、デールとサイラスにも勧めたけど断られたんだそうだ。
デールは長剣、サイラスは大剣だから、柄の感触が変わるのは抵抗があるんだろう。ただ振り回せばいいウォーハンマーと違って、刃筋とか考えなきゃいけないし。
「じゃあとりあえず、武器じゃなくて包丁の持ち手とかにオススメしてみたら?」
ここは武具工房だけど、包丁や草刈り用の鎌なんかのメンテナンスも請け負っている。ガンガン水洗いして良いなら、家畜の解体用のナイフとか包丁とかで需要がありそうだ。
私が提案すると、ヘクターは目を輝かせた。
「その手があったか!」
あ、でもこれお試し用だから、実際に商品として扱うとなるとコストがかさむかな…。
「…水牛の革よりお高くなっちゃう?」
「大丈夫だ」
ヘクターはにやりと笑った。
「うちにメンテナンスを依頼して来るやつらは、包丁にいくら金積んでも構わないって物好きばかりだからな」
…その仕事受ける側なのに、自分で『物好き』って言っちゃったよ…。