128 価値観は人それぞれ
その後、ギルドの関係者全員を集めて情報が共有された。
スキルによる魅了状態に陥っていたと教えられて、デールとサイラスとジャスパーは結構なショックを受けていた。
曰く、『自分では全く不自然だと思わなかった』そうだ。魅了状態だった時の記憶もしっかりあるらしい。…それはそれで嫌だろうなあ…。
ノエルはギルドの奥で事務仕事をしていたので無事。イーノックもキッチンで昼食の準備をしていたので被害を免れた。エレノアは窓越しに王太子を見たらしいが、何故か平然としている。
「私、そんなに魔力量が高いわけではないんですけど…」
「エレノアの場合は、魔力量じゃなくて血筋の影響だね。獣人の血が入ってるから、人間にしか効かない『カリスマ』の影響は受けにくいんだろう」
グレナもスキル『カリスマ』のことを知っていた。
ギルド長がグレナの下で働いていた頃、王太子にこっそり鑑定魔法を使ったことで判明したんだそうだ。それまでは、王太子だから変な崇拝を受けやすいだけだと思っていたらしい。
デールは『魔力量、シャノンより下か…』と二重の意味でショックを受けてるけど、魔力量って訓練次第で増えるらしいし、魔法剣士とマグダレナに直々に手ほどきを受けた本職の魔法使い兼回復術師を同列に扱っちゃいけないと思う。
「しかし顔を直視したらアウトって、どう対策したら良いんだ…?」
スキル『カリスマ』の影響を受ける条件は、『顔が判別できる距離でスキル持ちの相手を意識すること』。
通行人同士としてすれ違うくらいでは平気だけど、逆にああいうパレード的な状況は、『カリスマ』の影響を受けるのにうってつけだったわけだ。
首をひねるジャスパーに、ギルド長が溜息をつく。
「魔力の少ない人間は、近付かないのが一番だな。極論を言えば、魔力が少なくても気合いで何とかなるらしいが…」
「気合い」
流石にそれを試すのは危険だろう。
《ま、ここのメンツの誰かが魅了状態になったら、その場でぶん殴るなり魔法ぶちかますなりして正気に戻せば良いんだろ? そんなに難しくもないさ》
「物騒なこと言うなよ」
「でも実際、それくらいしか対策の立てようがないんですよね…?」
シャノンが呟くと、グレナが頷いた。
「そうさね。世の中には、スキルそのものを消し飛ばせる特殊なスキルもあるって話だが…」
「スキル『キャンセラー』か。でもあれは眉唾だと思うぞ?」
「そんなものがあるんですか?」
「噂だ、噂。怪談話みたいなもんだ」
ギルド長が手を振って否定する。
「そんなのが居たら、話題にならないわけないだろ? だが、ギルドでもそういう話は聞かないからな。『剛力』の使い手ならここに居るが」
そこ、指を差すんじゃない。
「ま、実在するかどうかも分からない能力は当てにしない方が良いのは確かだね。──ところで、ユウ」
「はい」
グレナの声のトーンが変わり、私は思わず姿勢を正した。
「今、お貴族様の求婚で散々迷惑してるだろう? ──念の為再確認だが、貴族や王族に嫁ぐつもりはあるかい?」
「ないです」
即答して、低い声で付け足す。
「正妻だろうが第二夫人だろうが愛人だろうが断固お断りです。囲い込もうとするならその包囲網ぶっ壊して逃げます。物理で」
ヒェッ…とサイラスが小さく悲鳴を上げた。グレナが呆れたように溜息をつく。
「頑固だねぇ…。ある程度許容出来るなら、一番手っ取り早い解決策が採れるんだが」
「一番手っ取り早い解決策?」
エレノアが首を傾げると、グレナはビシッとギルド長を指差した。
「名目だけ、こいつの第二夫人に収まる」
「ゲエッ!?」
「嫌です」
「即答かよ!?」
「今『ゲエッ』って叫んだやつに文句を言われる筋合いはない」
「うぐっ…」
ギルド長が見事に言葉に詰まった。
「冷静だね」
「予想の範疇なので」
グレナの呆れ顔には、淡々とコメントを返しておく。
だってお貴族様から結婚の打診が来始めた頃に『カルヴィン殿下と結婚の予定はあるのか』って散々訊かれたもんね。
…あれ、あの質問に『検討中です』とか答えておけば後続の求婚、多少は減ってたのかな…失敗したな。
まあやってしまったものは仕方がない。形だけとか言われたってギルド長と結婚とか冗談じゃないし、最終的にお断りする件数に違いはないだろ。
「…真顔で拒否されるとそれはそれで…」
「…ギルド長、ドンマイっス」
地味に凹むギルド長の肩を、デールがポンポンと叩いている。
自分でも嫌な顔してたくせに、面倒な男だな。
「相手の問題じゃなくて、結婚自体が嫌なの」
一応、フォローっぽいことを言っておく。気持ちは分かるけどなあ、とルーンが首を傾げた。
《じゃあ、これから先どうすんだ? ずーっと独り身で通すつもりか?》
「うん」
即答したら、みんなにギョッとされる。
「え、冗談だろ!?」
「本気ですか、姐さん」
…まあね、そういう反応になるよね。
日本ではもはや珍しくもない女性の『おひとりさま』は、こちらの世界では大変少ない。生涯を独身で過ごす女性はほぼ皆無だ。
理由は簡単、一人で生きて行くのがあっちより格段に難しいから。
こっちの世界には健康保険制度や年金制度なんてないし、生活保護みたいな公的保障もない。よって、働けなくなったらその時点で完全無収入、色々と終わる。
そもそも女性は『結婚して子どもを産むのが当たり前』って認識だしね。独身で通すって選択肢が始めから存在しない。
生物学的にはそれが正しいんだろう、きっと。
でも私は、この世界の例外を知っている。
「マグダレナ様だって独身でしょ?」
「いや、そうだが……」
「マグダレナ様は…マグダレナ様だからでしょう?」
「人間やめて」
「シッ、サイラスさん!」
あらぬことを呟きかけたサイラスを、シャノンが慌てて止める。
冒険者ギルドサブマスターを務める『銀の秘跡』マグダレナは、魔法を極めて不老となった魔法使いだ。その意味で、普通の人間と同列に扱えないのは間違いない。
でもその前例がある以上、『不可能だ』とは言えない。
「働けるうちに出来るだけお金貯めて、働けなくなってからも収入を得られる手段を用意出来れば、別に結婚しなくても生きて行けるよ。一人だったらそれほどお金も掛からないし」
「いやでも、老後はどうすんだ? 寝たきりにでもなったら子どもが介護してくれないと困るだろ?」
「……ギルド長、子どもに介護してもらうつもりなの?」
「え?」
私が白々とした目で見たら、ギルド長がぽかんとした。
多分ギルド長の中では『子どもが親を介護する』、つまり『自分は将来子どもに介護してもらう』という図式が当たり前に成立しているんだろう。
でもそれ、根本的に矛盾してる。
「だってギルド長、自分の親の介護、するつもりないよね?」
「…ええと…そう…だな」
ギルド長の親とはつまり現国王だ。側妃だった母親は、既に病で亡くなっている。
ギルド長は王位継承権を放棄して城から距離を取っているから、自分の親の介護のことなんて欠片も考えていないはずだ。王族には山ほど使用人がついてるだろうしね。
「自分がやりもしないことを、子どもにやらせるわけ? しかもタダで?」
「……」
私が淡々と指摘したら、ギルド長の目が泳いだ。
ギルド長の場合、中途半端に平民の感覚に染まってるからっていうのもあるんだろうけど…。
日本にも居るよね、自分は親の介護に一切関わらないくせに、自分は子どもに介護してもらう気満々の変な奴。
あと、自分は親の介護したからって子どもが自分を介護するのは当然だと思い込んでる奴。
…そうだ、ついでに訊いてみよう。
「ちなみに…ギルド長は将来自分を介護してもらうために子どもをもうけたの?」
「それは………違うな」
ギルド長があれっという顔をした。
ギルド長には、カーマインとの間に2人子どもが居るそうだ。初めて聞いた時は滅茶苦茶驚いた。
予想通りの答えに頷いて、私は言葉を続ける。
「介護が必要になったら、それこそお金を出してそういうのを請け負ってくれる人に頼めばいいと思うよ。子どもが居る居ないに関わらずさ。子どもに頼むにしても、相応の報酬は渡すべきだと思う」
子どもを無償の労働力だと思っていると、将来足を掬われるんじゃないだろうか。ぼそりと呟いたら、グレナが苦笑した。
「言えてるね。ウチの倅も農家に婿入りしたから、介護してもらうつもりはないよ」
グレナも一人暮らしで、『介護』が一番間近に迫っている年代だ。その言葉には説得力があった。
「──まあ、ユウなら将来設計も予算確保もキッチリやるだろうさ。周囲が気を揉むことはない」
「それはそうかも知れんが…」
一定の理解を示してくれたグレナに対し、ギルド長は納得出来ないらしい。頭が固いな。
「あんまり他人の生き方に口出しするなら、そういうことをとやかく言わない国に移住を考えるけど」
『!』
私がぼそりと呟いた途端、ギルド長たちがビクッと肩を揺らした。
一応、私にもこの支部の主力の一人という自負がある。正直かなり居心地も良いし生活も安定してるから、ずっとここで生きて行けたら良いと思ってる。
でも、私の生き方を周囲が決めようとするなら、その限りではない。
私の人生を決めるのは私だ。
結婚しろとか子どもを産めとか家庭に入れとか、型に嵌めようとする連中の意見に従うつもりはない。
結婚なんか1回で十分。
「…ま、まあ、どう生きるかは個人の自由だしな」
「そうですね!」
「はい!」
ギルド長とデールとサイラスが瞬時に意見を翻した。
分かりやすいな。




