125 身分って面倒臭いよね。
大変お待たせしました…!
やっと筋書きが固まったので、更新再開いたします。
以前より更新ペースはゆっくり目になりますが、お付き合いいただけますと幸いです。
「…はあ……」
バターンと扉が閉まり、私は即座に溜息をついてテーブルに突っ伏した。
「おい、連中まだ遠くには行ってないだろ。聞こえるぞ」
「聞こえても問題ないからやってる」
渋面を作るギルド長に即答すると、ギルド長も溜息をつく。
「…気持ちは分かるけどな」
2人してどんよりした空気になっていると、裏庭から全身黒のケットシー──ルーンがやって来た。
《何だユウ、俺が折角こいつ呼んで来てやったのに》
「アリガトー…」
城に行っていたギルド長を呼び戻してくれたのはルーンだったらしい。大変有難い。
ルーンはテーブルの上に飛び乗り、こちらの顔を覗き込んで来た。
《何か最近うるさいのが多いよな。何だ、モテ期か?》
「…そういう特殊イベントは要らない…」
《だよなあ》
おどろおどろしい声で応じたら、ルーンは大きく頷いた。
私があの阿呆──空人との結婚生活で色んな意味で散々な経験をしたのは、ギルドの仲間たちには周知の事実だ。家事をしない、稼がない、浮気をする、都合の悪いことを指摘されると罵詈雑言のオンパレード。
だが何より問題なのは、『私が望んで奴と結婚した』ということで──はっきり言って、奴との結婚は私の中でダントツ1位の黒歴史になっている。
その私が、『結婚』というモノをどう捉えているかは推して知るべし。
少なくとも憧れを抱いてはいないし、当然そうなるべきなんて欠片も思ってないし、よく知りもしないお偉いさんに『俺の親族と結婚させてやる! 喜べ!』なんて言われたら相手をグーで殴りたくなるに決まってる。
ギルド長もそれを知っているから、なるべく自分が出張って要らない訪問者を追い返してくれてるんだけど…今回はとうとうギルド長不在のタイミングを狙ってやって来た。城や貴族界隈で冒険者ギルドのスケジュールが共有されているとしか思えない。何だその無駄な連携。
「…すみません、ユウさん…」
裏に引っ込んでいたエレノアが、受付カウンターに戻って来てしょんぼりと犬耳を伏せる。私は慌てて上体を起こした。
「謝らないでエレノア。この手の話には首を突っ込まないようにするって、ギルド長とも約束してるでしょ? 正しい対応だよ」
エレノアはギルドの正規職員だけど、身分的には平民だ。私に取り次ぐだけならともかく、下手に取り次ぎを拒んだりして貴族の不興を買ったら面倒なことになる。だから、言われた通りのことをして後はなるべく顔を見せないようにとギルド長から厳命されている。他の仲間たちもだ。
最初の頃、『お前のような平民が貴族の一員になれるのだ、泣いて喜べ』とか私に言い放った自称男爵殿にデールとサイラスがブチ切れて、流血沙汰になり掛けたからね…。その時はギルド長の権力使って有耶無耶にしたけど。
それ以降、相手に対して反撃して良いのは話を持ち掛けられた本人、つまり私と、地位と権力でどうにかできるギルド長だけってルールになった。
その私も、状況を見て対応を選ぶようにと忠告されている。そりゃね。私も平民だからね。
(身分制度って面倒臭い…)
そういうの全部棚上げにしてとりあえずムカつく相手を殴りたいと思う私は悪くない。きっと。
とはいえ、その気持ちのまま動いて良いかどうかは別問題で。
「しっかし、とうとう伯爵家まで出て来たか…」
ギルド長の溜息が重い。
「豪商に、男爵、子爵…その辺までなら想定内なんだがなあ…」
《そのうち侯爵とかもっと上とかも出て来るんじゃないか?》
「やめろ、頭が痛くなる」
侯爵より上というと、公爵と…王族か。うえっ。
小さい国だし、何回か城に乗り込んでるから顔も知られてるだろうし、有り得ない話だって笑い飛ばせないのが怖い。
「…国外逃亡も視野に入れるべき?」
「……それなあ…」
私の憂鬱感満載の呟きに、ギルド長も反対しなかった。
実際には、それほど状況がこじれているわけじゃない。訪問客は個々の要求を突きつけて来るだけで、別に徒党を組んでるって感じでもないし、ギルド長の権力を使えば追い返せるくらいの相手しか来てない。
でも、それがいつまで続くか分からないし、何より私のストレスがヤバい。一応来客の相手はしなきゃいけないから。
折角治りかけてた10円ハゲが復活しそうだし、何か最近胃もキリキリする…。
向こうの世界に居た頃はストレスが掛かってる状態が『普通』だったから、逆に意識していなかった。
でもここ数ヶ月、社会人になって以来初めてものすごく伸び伸び生活してたから…何かこう、ストレスと言うか、周囲からの無駄な圧力に弱くなってる気がする。逆に。
(相手が魔物だったらぶん殴ればそれで終わるのになあ…)
ユライトゴーレムあたりをウォーハンマーで粉砕してスッキリしたい。出来れば10体くらい。
心の中で呟くが、実は最近、あんまり討伐系の依頼も受けられていない。
理由は簡単。来客の予定がわりとみっしり入っているからだ。
魔物退治の依頼も毎日あるわけじゃないから、上手く予定が噛み合わないと依頼自体が受けられない。…ジャスパーとキャロルが来てくれたお陰で私抜きでも十分討伐系の依頼に対応出来るから、どんどん依頼が消化されてっちゃうし…。
…いや、困ってる人が居るから依頼が来るわけで、それが速やかに解決されるのは良いことなんだけど! …だけど…。
「…暴れたい…腕が鈍る…」
ぼそりと呟いたら、ギルド長とルーンが苦笑した。
「すっかり冒険者らしくなったなあ」
《その欲求のまま客に殴り掛かるなよ》
それ以降も、貴族からの要らない『お誘い』は続いた。
ルーンの推測通り、段々上の爵位の関係者が増えている。
昨日はとうとう侯爵家の執事とやらがご当主の直筆書面を手にやって来た。断ったけど。
ギルド長は頭を抱えている。国王に抗議することも出来るけど、そんなことしたら王族が『じゃあウチの一族と結婚する?』とか言い出しかねないんだそうだ。
「そんなお年頃の相手、居るの?」
「王太子…オレの兄とかな。お前の感覚じゃ考えられんかも知れんが、貴族や王族なら親子どころかシジイと孫くらいの年の差での結婚も普通だぞ」
下手したら現国王、つまりギルド長の父親が結婚相手として名乗りを上げる可能性もあるらしい。うげぇ。
「そもそも私を一族に取り込もうとする目的が分からんのだけど…」
今日もまた要らん訪問客をさばいた後、ギルド受付ホールのテーブルに突っ伏して私がぼやくと、ギルド長は溜息をついた。
「スキルと魔力だな。あれだけ暴れれば、スキル持ちだってことは一目で分かる。で、スキル持ちは高魔力だってことも知られてるからな。貴族社会じゃ、魔力量が家の地位を左右するんだよ」
スキルは遺伝しないと言われているが、魔力量は遺伝するらしい。つまり高魔力の子どもが欲しいから、私を誰かしらの嫁として取り込みたいと。何だその面倒なの。
「…私が27で婚姻経験があるって宣伝したらちょっとはマシになる?」
この国の女性の結婚平均年齢は20歳前後と聞いている。27歳、しかもバツイチとなれば不良物件もいいところだろう。
しかし、ギルド長は首を横に振った。
「やめとけ。『それならウチが引き取ってやる、感謝しろ』とか言う阿呆が大量発生するぞ」
「うわあ…」
現時点でも面倒なのに、かえって敷居が下がって無遠慮に手を挙げる家が増える。とても嫌な未来予測に私が思い切り顔を顰めたところで、入口の扉が開いた。