121 もう一つの後始末
光が消えると、円の中に居た阿呆2人はきれいさっぱり居なくなっていた。
「…」
先程までの罵詈雑言が、まだ部屋の中に響いている気がする。だが──とても静かだ。
「…ふう…」
ギルド長が溜息をついて身じろぎした。同時に、場の空気がホッと緩む。
「…ったく、最後までうるさい奴らだったな」
「ええ、本当に」
マグダレナも疲れた表情で同意する。が、すぐに表情を改め、私に視線を向けた。
「それではユウ、ここの魔法陣を破壊してください」
「はい」
頷いて、背中からウォーハンマーを外す。
召喚魔法を破棄する以上、その派生品である送還魔法陣をそのままにしておく理由はない。送還魔法を元に、召喚魔法を再構築される恐れがあるからだ。
予めケネスの許可は得てある。全員が扉付近まで退避したのを確認し、私は集中しながら床にハンマーを叩き付けた。
──ドン!
くぐもった音がして、魔法陣が描かれた床全体に細かなひびが入る。
爪先で確かめると、狙い通り、深さ3センチほどの範囲が粉々に崩れていた。同様に天井と壁の表層も粉砕すると、一歩下がってマグダレナに頷く。
マグダレナが錫杖を掲げた。
「──旋風!」
風が渦を巻き、粉になった天井と壁と床の表層を剥がし取って行く。これで、描かれていた紋様は完全に消えた。
部屋の中央に粉微塵になった石材の山が築かれると、マグダレナは落ち着き払った動作で振り返る。
「──では次ですね。ケネス」
「…はい」
送還魔法の部屋を出て、アキラの研究室も退出して鍵を掛ける。
そうして向かったのは、同じ階の一番奥──召喚魔法を使う部屋だった。何人かの文官が書類や巻物を部屋の中央に積み上げていたが、ケネスが合図すると慌てた様子で退出して行く。
「──こちらが、召喚魔法の魔法陣。そして、こちらが関連資料です。お確かめください」
召喚魔法陣そのものだけではなく、関連資料も破棄させてくれるらしい。マグダレナが一際大きい巻物を広げ、中を確かめて頷いた。
「確かに、召喚魔法陣の原本ですね。写しは?」
「…ありません。我々の技術では、複写を作ることは叶いませんでした」
「そうですか」
マグダレナが頷く。
召喚魔法陣はただ紋様を複写すれば良いものではなく、魔法陣が描かれている巻物そのものも、全く同じものを用意しなければならないらしい。
しかも、一見紙か羊皮紙に見えて、その素材は似て非なるもの。作成方法は誰にも開示していないので、よほど解析と再現に長けた者でなければ複写は不可能なのだそうだ。
…歴代勇者でそういう能力持ってた人居そうだけど…勇者こそ、召喚魔法陣の複写は絶対やらなかっただろうね…。
そして、思考が停止していたこの国の人間では当然複写は不可能だったと。
他の資料もパラパラとめくり、マグダレナが内容を一つ一つ確認していく。その様子を、ケネスは固唾を呑んで見守っていた。
召喚魔法の全てを破棄する──それはこの国にとって、大きな変革になるからだろう。
「…なあ、ユウ」
その様子を眺めながら、ギルド長がこそりと訊いて来た。
「お前本当に、帰らなくて良かったのか?」
「良いもなにも、そもそも帰れないでしょ?」
「いやまあ…そうなんだが」
ごにょごにょと呟く。…言いたいことは分かる気がする。
「正直今、ちょっと寂しい気持ちはあるけど──あ、あの阿呆2人に対してじゃないよ? あっちの世界との繋がりが本当に切れたんだなーと思ってるだけ。でもそれ以上に──」
息を吸い込み、
「スッキリしてる」
「すっきり?」
「あのクソみたいな職場に戻らなくて良いし、修羅場も立ち会わなくて良いし、阿呆に付き合う必要もなくなった。さてこれから何をしようか──みたいな感じ」
にやりと笑うと、ギルド長は虚を突かれた顔をした後、苦笑いを浮かべた。
「…お前、本当に苦労して来たんだなあ…」
「そりゃ色々あるさ、27だもの」
「…そういえばそうだな」
ギルド長、また私の年齢忘れてたな。
いやまあ、忘れてくれてても良いんだけど。
…あれ、何かケネスがこっち振り返って愕然とした表情してる。そういえば、城の人間は私の実年齢知らないんだっけ。
「──良いでしょう」
やがて、マグダレナが一つ頷いた。
「内容は確認しました。これ以外に、関連書籍はありませんね?」
「調べた限りでは、これだけです」
誰かが──例えば国王が秘匿しているものはあるかも知れない。が。
「召喚魔法陣そのものが無くなれば使用は不可能ですからね。抜けがあっても許容しましょう」
「…ありがとうございます」
ケネスがホッと息をついた。多分だけど、王族の私室とかを調べようとして国王に拒否されたんじゃないだろうか。この人も苦労してるな…。
マグダレナが書類の山に錫杖を向ける。魔法が放たれようとした、その直前──
「──ま、待て…!」
扉が開き、爺さん──国王が転がり込んで来た。
一瞬ギョッとしたギルド長が、呆れた顔になる。
「何やってんだ、オヤジ殿」
「お、お前たちこそ何をしているのだ! 召喚魔法の破棄などと、そんな…!」
「陛下、落ち着いてください」
遅れて入って来たアレクシスが国王を助け起こす。ケネスが困惑の表情で応じた。
「陛下、先日召喚魔法の破棄に同意してくださったではありませんか」
「あれは言葉のアヤというやつだろう! まさか本当に焼却するなどと…!」
「え、燃やすよね? 灰になるまで」
「そのつもりですが…」
「ええ。破棄するのですから当然です」
「だよなあ…」
私とケネスとマグダレナとギルド長が頷き合うと、国王は真っ青になった。
「国の宝に何ということを!」
「いや、不要品だろ」
「むしろ害悪」
「害悪は貴様たちだ!」
国王がこちらに指を突き付けた。
「私が召喚した『勇者』たちを元の世界に送り返し、あまつさえ召喚魔法を破棄しようなどと…お前たちは私を失脚させる気か!?」
「うん」
「ええ」
「まあとっとと引退しろとは思ってる」
「な!?」
私たちが真顔で応じると、国王は色を失った。
だって、ねえ? あんなのを『勇者』と『聖女』として祭り上げようとする国王なんて、要らないじゃん? 非常時の対応も後手に回ってて、マグダレナが居なきゃ何も出来なかったし。結構な御年みたいだから、さっさと元首の座を次の世代に明け渡せば良いと思うよ。
…次の世代は世代で『ちょっとな…』ってギルド長が目ェ逸らしてたから、不安はあるけど。
「…マグダレナ様、お願いします」
「分かりました」
ケネスがマグダレナに頭を下げ、マグダレナが再び錫杖を掲げる。
「や、やめろ!」
「陛下、落ち着いてください!」
国王がじたばたともがき出した。ギルド長が半眼になって、クイッと国王を親指で指し示す。
「ユウ、やれ」
「衝撃吸収はまだ効いているはずなので、全力で構いませんよ」
マグダレナからも許可が出た。
「了解!」
私はキリッとした顔で、拳を腰だめに構える。
危険を察知したアレクシスが素早く身を引いた。ダン!と踏み込み、急に解放されてあっけにとられる国王の、鳩尾目掛けて──
「──うおりゃあ!」
──ドン!
「──っ!?!?」
国王が盛大に吹っ飛ぶと同時。
マグダレナの火魔法で、召喚魔法陣は関連資料諸共、灰になった。




