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119 後先考えずに誘惑に乗るタイプ


「どうも半月ぶり、豚野郎ども」


 引き籠って暴飲暴食を重ねていたらしく、改めてちゃんと見た阿呆2人はさらに太っていた。


 半月で見て分かる程度に太るってどういう生活送ってたんだろうね。テーブルの上に食い散らかされた肉とピザとホールケーキが複数散乱してるし、何となく予想はつくけど。

 …デコレーションケーキとか、かれこれ1年くらい食べてないぞ、私。元の世界でもお祝い事スルーされまくってたし。


 居合わせたメイドと執事は、既にケネスの命で退出している。去り際、メイドの一人がこっちをちらりと見てグッと親指を立てていた。よっぽど阿呆2人に鬱憤溜まってたんだろうな。


「被害者面して、随分怠惰な生活送ってるみたいだね」

「うっ…うるさい!」


 自堕落な自覚はあるらしい。こちらの動きに一々ビクつきながらも、阿呆は無理矢理虚勢を張っていた。

 その隣で、『せいじょ』が声を上げる。


「仕方ないじゃない、帰りたくても帰れないんだから!」


 帰れないから暴飲暴食するという流れは何なのか、全く理解出来ないが…この発言は丁度良い。



「帰りたいなら帰れば良いじゃない」


「だから、帰れな──……え?」



 数秒遅れて、『せいじょ』がぽかんと口を開ける。


「……帰れるの?」

「らしいよ」


 私が頷いたら、阿呆2人の顔がぱあっと輝いた。


「帰れるって、日本へだよな!?」

「召喚される直前に居た場所に帰れるってさ。まあこっちで半年過ごしたから、()()()()()()に帰ることになるらしいけど」

「本当だな? 本当に帰れるんだな!?」

「うん」


 念押しにも頷く。今、結構重要なことを言ったんだけど…手に手を取って喜び合ってるところを見るに、これは気付いてないな。まあ良いか。


「ちなみにこっちに残った場合、城から速やかに叩き出されて自活しなきゃならなくなるけど…どうする?」

『帰るに決まってるだろ(でしょ)!』


 即答だった。…当然か。


 なお、この脅しは本当だ。ケネスも『もう城であの2人を養うことは出来ない』と言っていた。

 改めて精査したら、この2人の今までの生活費だけで国の年間予算額の2割を軽く超えていたらしい。どんな生活したらそうなるんだよ…。


 ともあれ、言質は取った。私は全力で平静を装いつつ、2人に立つよう促す。


「ならさっさと支度した方が良い。送還の魔法陣は城の地下にあって、今は使える状態らしいけど、使えなくなる可能性もあるみたいだから」

「なにっ!?」


 『勇者()』と『せいじょ』が腹をボヨンと震わせて立ち上がった。その辺に散らばる宝飾品や高級そうな服をかき集めようとするが、


「出来るだけ身軽な格好で行った方が良いよ。自分の身体と服くらいしか転移できないし、ただでさえ体重増えてるんだから、欲張って()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか、嫌でしょ?」


『…!!』


 阿呆2人は青くなって荷物を放り出した。


 …まあ千切れ飛ぶとかは多分ないけどね。召喚の時、手に持ってたスマホも持って来れなかったから、宝飾品両手に抱えてても無駄だと思うんだよね。


「…」


 背後でケネスが胸を撫で下ろしている。こいつらが買い漁った高級品は売っ払って予算の足しにするみたいだから、少しでも多く残して欲しいのが本音だろうな。





 その後、全員で連れ立って城の地下へ向かう。階段を降りるだけで阿呆2人の息が上がっているが、帰れるというのがよほど嬉しいのか、足を止めることはなかった。


「こちらです」


 ケネスが案内してくれたのは、召喚部屋に程近い一室。普段は開かずの間になっているとのことだった。

 多分、うっかり誰かが魔法陣に触れないように封印したんだろう。開かずの間にした結果、何の部屋なのかも忘れ去られてたみたいだけど。


 ちなみにケネスは文献を漁り、昨日ようやくこの部屋だとあたりを付けたそうだ。鍵が見付からなくてさらに一騒動あったらしい。大変ダナー。


「暗いので気を付けてください」


 ギイイイ、と音を立てて開いた扉の奥は、意外と狭かった。壁にずらりと並んだ本棚は半分以上空っぽだ。誰かが持ち出したのか、それともアキラ本人が他人に見られたくない資料を処分したのか。


 本棚の間に設置された机の上には、焦げ茶色の本が置いてあった。表紙にこちらの世界の言葉で『送還魔法の使い方』と書いてある。『魔導の勇者アキラ』は、かなり几帳面な性格だったらしい。


 ──いや。


 よく見たら、タイトルの下に装飾に紛れて『ナチュラルブラック国家からオサラバしたい同胞へ』と小さく日本語で書いてある。この人も色々と思うところがあったんだろうなあ…。


「これ、送還魔法の使い方が書いてあるね」


 パラパラとページをめくると、こちらの言葉では真面目なマニュアル、装飾のように周囲を囲む日本語はアキラからの愚痴満載のメッセージ、という構成になっていた。


 …アキラ氏は、ほぼこの部屋にカンヅメ状態で魔法道具の開発を行っていたらしい。あれが欲しい、これが欲しいと要求ばかりの人々に振り回されていたようだ。南無。


「…見た限り、特別な道具や条件は必要ないようですね」


 一緒に本を覗き込んでいたマグダレナが呟く。


 魔法陣の作りによっては、夜でなければ使えないとか、特定のアイテムが必要とか、色々制限があったりするらしい。送還魔法はそういう制限が無くて良かったよ。


「魔法陣は奥の部屋です」


 本棚の間に埋もれるように、少し細い扉があった。ケネスが開くと、ひんやりとした空気が流れて来る。

 明かりは無いらしく、ケネスが魔法道具のランプを手に、中に入って行った。阿呆2人がそれに続く。


「くそっ、狭いな」

「頑張って、ダーリン」


 案の定、見事に胴体が入口に詰まったが、強引に通過する。


 部屋の中には、床から壁、天井に至るまで、びっしりと文字や図形のようなものが刻まれていた。何も書かれていないのは扉から2メートルくらいまでで、奥側はちょっとした狂気を感じる紋様で埋め尽くされている。


「うおお…」


 ギルド長が気圧されたように後退った。気持ちは分かる。


「何だこりゃ。全部魔法陣の要素なのか…?」

「いえ、恐らく無関係な紋様も混ざっていますね。容易に複写出来ないようにするためでしょう」


 作り上げたアキラもすごいが、一目でフェイク交ざっていることに気付いたマグダレナもすごい。


「早く魔法陣を動かせ!」


 この期に及んで、阿呆はやたら偉そうだ。マグダレナがひんやりとした笑みを浮かべた。


「では、送還を希望する者は部屋の中心──その円の中に入ってください。魔法陣が起動したら結界が張られて、外に出ることは出来なくなります。よろしいですね?」

「無論だ!」

「もちろんよ!」


 阿呆2人がドスドスと足音を立てて円の中に入る。喜色満面で振り返り──私を見て眉根を寄せた。


「…お前、何でついて来ないんだ?」


 そんなの決まってる。ついて行きたくないから──じゃなくて。



「私は帰らない──と言うか、帰れない。送還出来る条件から外れてるからね」


「…は?」








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