118 『勇者()』と『せいじょ』の惨状
ケネスとアレクシスに言いたい放題言ってから、きっかり10日後。
ようやく城から『そちらの提示した条件を呑む』と返事が来た。
「思ったより早かったな」
「え、締め切りギリギリなのに?」
「国の仕事ですからね。これでも早い方です。1ヶ月は掛かるだろうと思っていたのですが」
私と、ギルド長とマグダレナの時間感覚の落差がひどい。国ってそんなにレスポンス悪くても許されるんだ…。
「返答が早かったのは、農村からの被害報告が次々入ったおかげでもあるでしょうね」
ケネスたちとのお話し合いの翌日から、私たちは改めて農村のみんなと一緒に各村を巡り、被害状況を確認して回った。
本当なら国の仕事だけどね…元々の状況を知らない連中に任せるとどう判断されるか分かったもんじゃないし、書類の書き方はマグダレナが教えてくれるって言うから、ちょっと頑張った。
既に片付けが終わってる場所とか、以前から壊れてた設備とかもついでに計上しておいたよ。
…流石に半壊した用水路は放置してたらダメだと思う。デールとサイラスが村長にお説教するくらいだし。
──まあそんなわけで、各村の被害状況は『金額』というとても分かりやすい数字になって城へと届けられた。なお新しく購入するしかない物品の見積もりには、ベイジルやオフィーリア、その他関係各所が全面協力してくれたので、とても現実的な数字になっている…らしい。
合計金額がちょっと今まで見たことない桁数になってたから、あんまり現実感ないけどね…。
「損害額を突き付けられてようやく重い腰を上げたってことだろ」
調査の陣頭指揮を執ったのはギルド長とデールとサイラスと村長たち。現地で内容を聞き取り、書き留めたのはマグダレナとエレノアとシャノンと私。
そうやって作り上げた書類を、ギルド長が直接ケネスのところに届けた。誰かを介すると、途中で握り潰されるか『紛失した』と言い訳される恐れがあるからだ。
…そこまで警戒しなきゃいけないあたり、物悲しいものがある。
ともあれ、そうやって村の復興に掛かる費用とあの阿呆2人の肥育コストが天秤に掛けられた結果、無事に私たちの望む結論が出たわけだ。これでまだ『勇者』の幻想にしがみつくなら物理で何とかするしかないと思ってたから、良かったよ。
なお、ケネスから別便で依頼が来ていたので、隙間時間を使って禁足地の石碑にも足を運び、歴代勇者の言葉をなるべく忠実にこちらの言語に訳して書類にまとめ、それもケネスに渡した。
『(ry』『w』とか、訳しようのない独自表現が多いやつはホント苦労したけど…。今回の『召喚魔法の破棄』の決断の一助になったと思えば、苦労した甲斐があったってもんだ。
翻訳した書類を受け取った側からしたら、呪いの手紙が届いた感じかも知れないけど。
「それで、いつ対応するって?」
「いつでも良いらしいぞ。…珍しいな、日付の指定をして来ないのは」
ギルド長が眉根を寄せる。私は冗談半分で応じた。
「あの阿呆どもの我儘に付き合ってらんなくなったんじゃない?」
で。
「私はアップルパイが食べたいって言ったのよ! ミルクレープなんて頼んでないわ!」
「そ、それが、今の季節はリンゴが手に入らず…」
「だから何!? 国の伝手でも何でも使って手に入れなさいよ! どうせ帰れないんでしょ!? あんたたちのせいなんだから、誠意ってやつを見せなさいよ!」
「A5ランクの水牛の肉はどうした!? ここにあるのはどう見ても鶏肉だぞ!?」
「そちらは希少な山鶏の肉でして」
「俺は牛肉が食べたいんだ!!」
「………うっわあ……」
城の上層、貴賓室から聞こえて来るとは思えない罵声に、私は思わず呻いた。
返事が来たその日のうちに城に出向いたら、すぐにげっそりした顔のケネスに出迎えられ、奥に通されたらこの有り様。
扉越しでもとてもよく響く聞くに堪えない罵詈雑言に、ノックしようとしたケネスが固まっている。
「…いつもこんななのか?」
ぼそり、ギルド長が訊いたら、
「………今日は、まだましな方かと…」
とても嫌な答えが返って来た。わー、聞きたくなかったぁ……。
気を取り直したケネスがドアをノックするが、罵声は止まらない。多分聞こえてないんだろう。
何か、ストレスを感じて金切り声で叫ぶ豚みたいな声だな。…あながち間違ってないか。
「勝手に開けられないのか?」
「その…鍵が掛かっておりまして」
ギルド長の問い掛けに、ケネスがそっと目を逸らす。
なるほど、本格的に引き籠りになってるらしい。滅茶苦茶態度デカいけど。
ずっとこの調子だったら、流石に『勇者』に無駄な幻想抱いてる連中も『こいつら要らねぇ』ってなるわな。
「合鍵は?」
「ありますが…『勝手に開けるな』と怒鳴られますので…」
「もうあいつら今日限りなんだし、機嫌を損ねても別に良いんじゃない?」
私が指摘すると、ケネスはあっと声を上げた。奴らに手を焼き過ぎて思考が停止してたな。
鍵を取り出したケネスは、それでもなお躊躇った。
(…あ、そうか。お坊ちゃんだから…)
城に勤めているのは大体みんな上流階級の人間だと聞いている。文官長のケネスなんて間違いなく良いトコの坊ちゃんだろう。他人に理不尽に怒鳴られるのを嫌がるのは当たり前だ。
…嫌がらない人間が居たらそれはそれで嫌だけど。
「ケネス、貸せ」
扉の向こうから聞こえる罵り声に耐えられなくなったのか、ギルド長が鍵をケネスから取り上げた。傍で聞いててイラつくもんな。
(そういえば私、何回か『あいつら殴る』って決意してたけど、まだ1回もまともに殴ってないなあ…)
私はふとそんなことを考えた。首都防衛戦の前日にバルコニーで浮気野郎の頬を引っ叩いたけど、あれは『殴る』じゃないからノーカンだ。
「あ、ギルド長ー」
鍵を開けようとするギルド長に、私はピッと手を挙げる。
「何だ、ユウ」
「鍵開けたら、出会い頭にあいつら殴りに行って良い?」
「は?」
ケネスがぽかんと口を開け、ギルド長が眉を寄せる。私は笑顔で続けた。
「浮気の件と、諸々の暴言と、『鍵』を勝手に持ち出して事件を起こした件と、この城の人たちに掛けた迷惑の分。送還する前に、とりあえず1人1発ずつ殴っておきたいなって」
グッと親指で扉の向こうを指差し、
「うるっさいから、黙らせるのも兼ねて」
「良いぞ」
ギルド長が即答した。ケネスは一瞬止めようと手を挙げ掛けたが、直後に平坦な表情になってスッと手を下ろした。『この城の連中はホントダメだな!!』という『勇者()』の暴言が聞こえたからだろう。
すごいなあいつら、ものすごい勢いで墓穴掘ってる。
「マグダレナ様、流石に本気の一撃がマトモに入ったらまずいと思うんで、『衝撃吸収』お願い出来ます?」
「ええ、構いませんよ」
マグダレナが錫杖を掲げると、瞬きの間に私の両手が魔法陣に包まれた。白い紋様は手に吸い込まれるように消える。
「両手に衝撃吸収を掛けました。本気で殴っても一般女性のパンチくらいの威力で収まるはずです。魔法を掛けたのは手だけですから、間違っても蹴ってはいけませんよ?」
それは振りか? 振りなのか?
「分かりました」
流石にここで肥満体を破裂させるつもりはない。私が頷くと、ギルド長が扉の鍵を開けた。
それに気付いたのか、中から『あっ』と声がする。
「貴様ら、また勝手に──…っ!?」
そんな台詞が聞こえた時、私は既に室内に踏み込み、ソファでふんぞり返る樽型体型に向けて間合いを詰めていた。
脇をしめ、右拳は腰だめに。親指は握り込んでおく。
踏み込みと共に、爪先から膝、膝から腰、腰から背中、肩、肘、手首、そして拳。
全身の力とひねりを拳に集中させて、奴の腹目掛けて抉り込むように──打つべし!
──ドン!
『!?!?』
曰く言い難い重い音がして、『勇者()』がソファ諸共吹っ飛んだ。
「な、何!?」
おっと、こっちもだな。
目を見開いている『せいじょ』を同じようにぶん殴ると、やっぱりソファごと吹っ飛んで行く。
…あれ、マグダレナの魔法、効いてない?
「あら…」
私がちょっと首を傾げていると、遅れて入って来たマグダレナが冷静な表情で頬に手を当てた。
「思ったより『剛力』の出力が上がっていますね。相手が相手だからでしょうか?」
「そうだと思います」
「…真顔で肯定するなよ」
ギルド長から突っ込みが入った。
──なお、阿呆2人はちょっとアレな惨状になっていたので、その後マグダレナの魔法で強引に回復してもらった。
魔力の無駄遣いをしてしまったな。ふう…。