117 交換条件(という名の脅迫)
阿呆2人を元の世界に送り返すという方針は決まったが、少々問題があった。
《確かあの魔法陣、起動するのにめっちゃ魔力使うんや。結界魔法と違て、こう、一気に魔力叩き付ける感じやな》
結界魔法はじわじわと魔力を注ぎ込む感じだったけど、送還魔法陣は世界と世界を繋ぐ穴を正確にブチ開けるものだから、瞬間的に大量の魔力が必要らしい。
実際に向こうに人を送る時には半分くらい魔素を利用するけど、起動──魔法陣の『励起』には全面的に魔力を使うんだそうだ。
「起動だけでも、先日使った結界魔法の10倍以上の魔力が必要ですね」
「えっ!?」
マグダレナの言葉に、ケネスが青くなった。
「結界魔法も相当大変だったのですが…」
《まあ今の城じゃ、全員で寄ってたかって魔力注ぎ込んでも足りんやろな》
「…みんな意外と魔力低い?」
「否定はしませんが…送還魔法は『召喚された時と同じ場所に、時間軸を指定して送り込む』魔法なので、召喚魔法より格段に複雑で難易度が高いのですよ。それを魔法陣に落とし込んで誰にでも使えるようにしてあるので、魔力の要求量が跳ね上がっているのです」
魔法のように個人で制御する必要がない代わりに、制御系への魔力の供給が必要になる。
機能が増えて消費電力が上がった家電製品みたいだな。
「それじゃ、魔力が高い人に頼まなきゃいけないのか」
「そんな…」
折角方針が決まったのに、いきなり壁にぶつかってしまった。
私が眉を寄せ、ケネスが悲嘆に暮れていると、いやいやいや、とスピリタスが首を横に振る。
《そないに心配せんでもエエて。レーナとカルヴィンとユウが居れば賄えるくらいやからな》
「…へっ?」
思わず、マグダレナとギルド長を見遣る。2人は驚くでもなく、ああ…と納得したような顔をしていた。
「なるほど、そういう感じか」
「そうですね…ユウが居れば大丈夫でしょう」
『銀の秘蹟』の二つ名を持つ偉大な魔法使いであるマグダレナと、魔法剣士でありながら魔法適性が非常に高いギルド長はまだ分かる。でも、なんで私の名前が出て来てこの2人が納得してるんだ?
「待ってください。私魔法使えませんよ!?」
「魔法が使えないだけで、魔力自体はあるでしょう? 魔法陣に魔力を注ぐのは、魔法が使えなくても出来ますから」
…あ、そういう…。
私が瞬時に理解した横で、まあ私たちが送還魔法を起動させるとして、タダでとは行きませんが…とマグダレナが呟き、ケネスが顔を引きつらせる。
マグダレナはにっこりと笑った。
「私たちが送還魔法陣に魔力を供給する代わりに、召喚魔法の破棄に同意してください。私たちへの報酬は、金銭では支払えないでしょう?」
「しょ、召喚魔法の破棄…!?」
「召喚魔法の開発者として再三要求していますが、見返りがない状態ではなかなかお話が進みませんでしたので。丁度良いのではありませんか?」
「いや、しかし…!」
アレクシスが目を見開き、ケネスが咄嗟に否定の声を上げる。けど、
「…あのさ、毎回毎回都合の良い人材が召喚されるとも限らないし、召喚魔法ってむしろただのギャンブルだよね? 何でそんなにこだわるの?」
「えっ…?」
「あの阿呆2人が召喚された時点で、はっきり言って失敗でしょ? 今後もああいうのが召喚される可能性だってあるんだよ?」
私が指摘すると、ケネスは言葉に詰まった。それはその…伝統だから…とか何とか呟いている。
「伝統だからアタリかハズレかも分からない人間を召喚し続けるってわけ? 時間と魔力とお金を浪費して。正直、召喚される側からしたらたまったもんじゃないんだけど」
「え…」
ケネスが目を見開いてこちらを見る。召喚される側の都合なんて考えたこともなかったって顔だ。
私は溜息をついた。
「いつものように生活してたら、今までの世界からいきなり切り離されて、違う世界に放り込まれるんだよ? しかもこっちじゃ見ず知らずの国の発展のために力を尽くすことを当たり前の顔で要求される。私は初見で『役立たず』扱いされたから城から逃げたけどさ」
「…」
その時のことを思い出したんだろう、アレクシスとケネスはそっと目を逸らした。
『主婦だと!?』という国王の罵声は今でもよーく覚えておりますとも、ええ。
「私はあの阿呆2人の浮気が発覚した瞬間に召喚されたから、かえって都合の良い部分もあったけどさ。普通に考えて、元の世界に家族とか恋人とか友人とか、今までやってきた仕事とか人生の積み重ねとかもあるでしょ。それを同意もなくいきなり召喚するって、誘拐とか拉致と何も変わらないよね」
「ゆ、誘拐…」
「拉致…」
『召喚』なんてそれっぽい言葉で誤魔化しているだけで、本質は犯罪行為と何ら変わりない。世界を跨ぐから罪に問えないだけで。
「…」
あっ、マグダレナが目ェ逸らしてる。
開発者には申し訳ないけど、召喚魔法の破棄のためだ。ちょっと我慢してもらおう。
「実際、歴代勇者の石碑には愚痴が満載だったよ。日本語で書かれてたから、こっちの世界の人には読めないだろうけど」
「せ、石碑…ですか?」
「禁足地の、魔素消費装置の近くにあるんだよ。歴代勇者は禁足地に行ってこの国の仕組みを知って、自分のやるべきことを考えてたみたいだね。…ギルドに依頼してくれれば、石碑の内容をこっちの言葉に訳して書き留めて来るよ? 読んだら絶対ショック受けるだろうけど」
歴代勇者がこの国に恨みを持ってたなんて、考えたこともないだろう。日本人、変に格好つけたがると言うか、やせ我慢が得意だからね…多分こっちの国の人の前では弱音吐いたり文句言ったりしなかったんだろうな。
まあそれはともかく。
「あと、召喚される側の迷惑もあるけど、この国の今後を考えても、もう召喚はやめた方が良いと思う」
「え…?」
「この国の人間誰も彼も、国の発展は『勇者』がもたらしてくれるもんで、自分たちで何とかするもんじゃないと思ってるでしょ。技術革新も、制度の改革も、街の発展も何もかも、別の世界から来る『勇者』に任せてない? 巣の中で口開けて親鳥がエサ運んで来るのを待ってるヒナみたいに」
雛鳥だったらそれも許されるけど、大の大人が口開けて待ってるのは滑稽かつ迷惑以外の何ものでもない。
「そ、そんなことは…」
「じゃあ魔法道具の街灯を開発したのは誰? その後、この国の人間はより良いものを作ろうと努力した? 田畑で作ってる農産物の種類とかも、『治水の勇者サブロウ』とか『果樹の勇者マサオ』が指導して以降、ほとんど変わってないんじゃない?」
個人レベルでは違うかも知れないが、大きな変革に繋がるようなことが『勇者』絡み以外で起きていない。完全に国民の思考が停止している。歴史書を読み込めば、それがよく分かる。
…何で知ってるかって? ギルドの仮眠室に滞在してた頃、暇を持て余して資料室の本を読み漁ってたからだよ。一見普通の歴史書だけど、何か大きな技術革新があるたびに必ず『勇者』が出て来てたら気付くって。
「いい加減、自分の足で立って自分の頭で考えるべきだと思うよ。どこの馬の骨か分からない人間に頼ってないでさ。だって、この国はこの国の人たちのものでしょ?」
「…」
ケネスとアレクシスがぽかんと口を開けてこちらを見ている。…ちょっと格好つけすぎたかな?
こほん、とマグダレナが小さく咳払いした。
「私もユウの意見に賛成です。そもそも召喚魔法で喚べるのはあちらの世界に住んでいる『ただの人間』です。今までは偶然国の発展に寄与出来る技術を持った者が召喚されていただけで、本来、召喚される人間に特別なことなど何一つありません。このまま召喚魔法に固執すれば、また今回の『勇者』のような者が現れますよ」
それこそ時間とカネと魔力の無駄だ。そんなことに費やすコストがあるなら、技術革新に繋がりそうな国内の事業に補助金を出した方がよほどリターンは大きい。
「召喚魔法の破棄に同意してくれるなら、私とカルヴィンとユウで送還魔法を使いましょう。──カルヴィン、ユウ、構いませんか?」
「ええ」
「勿論です」
私とギルド長が頷くと、マグダレナが微笑んだ。そして、ケネスとアレクシスに向き直る。
「──今すぐに結論を出せとは言いませんが、農村や周辺地域の復旧作業がある以上、ずっと待つわけにもいきません。10日、待ちましょう。国王とも相談し、10日以内に結論を出してください。──良い返事を期待していますよ」