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116 不要品は返せばいいじゃない。


 自信満々なスピリタスの態度に、何だか気が抜けた。気が抜けるついでに、肩の力も毒気も抜ける。


 ええと…今なんつったっけ? 元の世界に帰す…?


「帰すって…出来るの? 私召喚された当初、帰せないみたいなこと言われたんだけど」

《あー…。多分やけど城の連中、送還魔法があるっちゅーこと忘れよるな》


 スピリタス曰く、『魔導の勇者アキラ』が開発した『送還魔法陣』が、今でも城の地下にあるという。


 『魔導の勇者アキラ』は、『建築の勇者トラジ』よりさらに後の時代に召喚された人物だ。

 魔法道具の開発・改造で有名だが、実は『元の世界に帰る魔法』、つまり送還魔法を生涯を掛けて研究していたのだという。


「ああ、あの魔法ですか。確かにあれなら帰せるでしょうね」


 スピリタスだけでなく、マグダレナもその存在を知っていた。


 当時既にマグダレナは小王国を離れ、冒険者ギルドのサブマスターの地位に就いていたが、召喚魔法の開発者としてアキラと手紙でやり取りしていたそうだ。アキラは召喚魔法を解析し、反転し、さらに様々な機能を追加して、晩年、何とか送還魔法を完成にこぎつけたという。


「もっとも当の本人は、そうして開発した送還魔法を使わなかったのですが」

「え、どうしてですか?」

「肉体的な時間経過に矛盾が生じないよう、こちらで過ごした時間分、未来の世界に帰ることになるからです」

「未来の世界…」

《要は、こっちで1年過ごしてたら召喚された時点から1年後、5年過ごしてたら5年後の世界に帰ることになるんや》


 なるほど、浦島太郎みたいなもんか。


 それならわざわざ作ったのに使わなかった理由が分かる。完成したのが『晩年』ってことは、アキラは召喚されてから何十年もこちらに居たのだろう。そうなるともう、帰っても色々と困る気がする。下手したら死亡扱いされてるよね。


 私だって、現時点で帰れって言われてもちょっと困る。半年経ってるから、アパートの契約とか、仕事のこととか、税金関係とか、奴らとの関係の清算とかもう…ねえ?


《…ゆーても、ユウはダメなんやけどな》


 スピリタスが耳を伏せて目を逸らす。


 送還魔法は特殊な魔法で、色々と制約があるんだそうだ。

 その中に『送還されようとする人間は、召喚されてから今に至るまで、小王国外に出ていないこと』という条件がある。小王国の地下を流れる魔素を利用するので、他の魔素の流れに触れたことのある人間は送還出来ないらしい。


 つまり、隣国のユライト王国に行ったことのある私は送還魔法の対象外になる。


「あ、そーなんだ」

《軽っ!?》


 私が頷いたら、スピリタスとギルド長たちが目を剥いた。え、そんなに驚くこと?


「いや、普通もっとショック受けるだろ!? お前だけ帰れないんだぞ!?」

「でも元々帰れないと思ってたし、帰っても色々面倒臭そうだし…」

「色々面倒臭い!?」

「だってあの阿呆2人と一緒に帰ったら、浮気発覚直後の修羅場からやり直しだよ? 一緒の空気吸いたくないのに、顔突き合わせて()()()()()()待ったなしだよ? やりたい?」

「あっ…」


 帰れないと聞いてむしろちょっと安心したよ、私は。


 だって奴らを帰せば、もう二度と会わなくて済むもんな。


 …まあ正直、『帰れる』と聞いて最初はドキッとしたけど…。何か自分でも不思議なくらい、帰りたいとは思わないんだよね。

 未練がないわけじゃない。急に居なくなったから両親と妹には心配掛けてると思うし、出来れば『私はこっちで元気にやってるよ』くらいは伝えたい。

 …職場? あそこの連中は急に同僚が減るのに良くも悪くも慣れてるから、放っといても大丈夫でしょ。


 こっちで生活していく目処が立ったのも大きいかな。何だかんだで、冒険者稼業も悪くないと思ってる。


「…送還魔法…」


 ケネスがぽつりと呟いた。


「…もし帰せるのなら、それでも…いや…」


 何やら葛藤が生じているようだ。


「あの2人を帰すと、何か問題でもあるの?」

「仮にも『勇者』と『聖女』ですから…帰したとなれば、国民感情が…」


 うん、面倒だな。


 私が内心乾いた笑いを浮かべていると、ほんなら、とスピリタスが提案した。


《勇者と聖女は力を使い果たして遠い地で療養することになった、とか、犠牲になった騎士たちの追悼の旅に出た、とか発表すればエエんちゃう? 要は、顔を見せなくなってもみんなが納得する言い訳があればエエんやろ?》


 すごいな、それっぽい筋書きがポンポン出て来る。


「スピリタス、脚本家になれそうだね」

《褒めても何も出ぇへんで。いや、アイデアは出て来るけどな!》


 素直に褒めたら、何だか複雑な感じで調子に乗り始めた。落ち着け。


「療養…追悼の旅…」


 ケネスが目をしばたいている。適当な言い訳を用意するなんて発想はなかったんだろう。文官ってそういうの得意だと思ってたんだけど、そうでもないらしい。

 …いや、スピリタスの『帰せばいい』が斜め上の発想すぎてついて行けてないのか。


「実際さ」


 とりあえず、私は話をちょっと単純にしてみる。


「国民の感情とか根回しとか『勇者』と『聖女』の肩書きとか立場とかそういうの全部抜きにして──あの2人、国の役に立つと思う?」

「いいえ」


 ケネスが即答し、アレクシスも黙って首を横に振った。2人同時に否定してから、お互い気まずそうに顔を見合わせる。大丈夫、誰も咎めたりしない。


 数秒後、ケネスはそっと視線を外して呻いた。


「…貴女に見当外れな依頼をしておいて申し訳ないのですが……正直、あの2人は居ない方が平和だと思っています……」


 こっちがケネスの本音か。


 聞けば、何としてもあの2人に役に立ってもらわねばならないと考えているのはケネスではなく、国王らしい。自分が召喚して『勇者』と『聖女』として大々的に宣伝した手前、目に見える功績がなければ困るんだそうだ。召喚したのはむしろ失敗だったなんて世間に知られれば、自分の立場も危うくなるもんな。


「けどよ、もう城の関係者にはあの2人がダメ人間だって知れ渡ってるんじゃないか? 連中に仕えてるメイドとか、結構居るだろ?」

「…はい。ただでさえ、あのお二方の怒鳴り声はよく響きますし…」


 城の中では既に色んな意味で評判になっているようだ。功績のあるなし以前に、そもそも行動自体が目に余る。ケネスが把握しているだけでも、気に入らない教師やメイドや執事を解雇したり、自分の思い通りにならないと癇癪を起こしたり…って、子どもか。


(いや、比較対象にしたら子どもに失礼か)


 イマドキの子どもたちは下手な大人よりマナーが身についてるからなぁ…。


 私が遠い目をしていると、ならば、とマグダレナが口を開いた。


「スピリタスの提案通り、表向きは適当な言い訳を用意して、送還してしまえば良いと思いますよ。今後、何もしない人間を国の予算で養う余裕はなくなるでしょうし」

「あ、そうか」


 役に立つか立たないかだけじゃなくて、金銭的な問題もあった。


 今回の魔物の大量発生で、農村と田畑は大きな被害を受けた。


 ここ3日、私以外の小王国支部のみんなで手分けしてざっと調査したところ、田畑は半分近くが踏み荒らされ、食い荒らされ、一部は魔物の毒で汚染されていたそうだ。水路も複数ヶ所壊されていた。今年の農産物の収量は例年の半分以下、復旧にも数年掛かると見ていい。


 さらに、農村自体の被害も深刻だ。門だけでなく周囲を囲う石壁も一部破壊され、家屋が壊されているケースもあった。最低限、石壁と門を直さなければ村に人が住めないし、復旧作業も進まない。家の建て直しだって必要だけど、個人で何とかしろというのは無理がある。そもそも今回の魔物の大量発生は、『国が召喚した勇者がやらかしたせい』だし…。


 そして、首都防衛戦前日に取り決められた、冒険者ギルドへの謝礼金の支払い。

 冒険者の労働力は無料ではない。まして今回は依頼としての難易度がかなり高く、助っ人参戦のほぼ全員が上級冒険者。ギルドへの謝礼金は冒険者個人への報酬も込みだから、ものすごい金額になっているはずだ。


 あとは、今回の件で犠牲になった騎士たちの遺族への見舞金に、街の中で魔物退治に奔走したオフィーリアたちへの謝礼。街道の石畳も破損しているかも知れないから、そっちの調査の手配も必要か。


 指折り数えて行くと、ケネスの顔色がどんどん悪くなって行く。

 農産物の収穫量が減るのだから足りない分の食糧を他国から買い付けなければいけないし、街道や農村の再建には資材が要る。その調達だけでも膨大な量──というか、金額になるだろう。


 収入が減って支出だけが増えて行くという悪夢のような状況になっているのだ、今。


 こんな状況下で、我儘放題の阿呆2人を肥育している余裕なんてあるだろうか。いや、ない。



「…早急に予算案を見直して、国王を説得します…」



 ケネスは絞り出すように呟いた。







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