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115 国からの頼みごと


 てっきりアレクシスだけだと思っていたら、もう1人、城の関係者がやって来た。


「遅れて申し訳ありません」


 ギルドに横付けした馬車から降りて来たのは、仕立ての良い服に身を包んだ文官。確か、文官長のケネス。

 馬車の見た目は『ちょっと裕福な家の馬車』くらいなのに、そこから降りて来た人物がいかにも文官っぽい服装なので色々と台無しだ。お忍びのつもりなんだろうけど、忍んでない。


 ギルド長が遠い目をして、相変わらずだな、と呟いていた。



 で。



「──それで、相談したいことっつーのは?」


 場所を資料室兼会議室に移し、私たちはテーブルを囲んだ。


 仮にも国の上層部の人間であるアレクシスとケネスの頼みごとだ。鎧戸も閉めて、入口の扉にも鍵を掛けてある。同席しているのは、ギルド長と私、そしてギルドのさらに上の役職の人間としてマグダレナ。


 マグダレナをちらちら見るアレクシスがちょっと挙動不審だ。ビビっているらしい。


「…実は、ユウ殿に折り入って頼みがあります」


 ギルド長に促されてゆるりと息を吸ったケネスは、真面目な顔でそう切り出した。



「──勇者殿と聖女殿の世話を、お願いできないでしょうか」


「断る」



 この間、体感で0.05秒。

 即答した私にケネスが目を瞬かせ、数秒後に困ったように眉根を寄せた。


「…少しは考えてくれませんか…?」

「い、や、だ、ね」


 噛んで含めるように区切って言うと、私は心底呆れた目でケネスを見遣った。


「何で私があの阿呆どもの世話をしなきゃならないんですか。城ならいくらでもメイドなり従僕なり雇えるでしょう。私が名指しされる意味が分かりません」


 敬語を使うべきか心底迷ったけど、一応、仮にも、国のお偉いさんの一人なのでギリギリ踏み止まっておく。


 …そういえば、ギルド長には敬語使ったことないな。一応この支部のトップだし、元の身分は『殿下』だしで、上の立場の人間には間違いないんだけど…初めて会った時の『山賊もどき』の印象が強すぎて敬語を使う気になれないんだよね。今更敬語に直したところで気味悪がられそうだし。


 そのギルド長は、私に負けず劣らす呆れた目でケネスとアレクシスを見詰めている。マグダレナは…また空気がひんやりしてるなあ…。


「…世話と言っても、普通の身の回りの世話ではなくてですね…」


 ケネスが困り果てた顔で言う。


「禁足地に『鍵』を戻して、勇者殿と聖女殿は相当なショックを受けたようで…『自分たちを召喚したのは王だ。帰りたくても帰れないのだから、責任を持ってこの国で全面的に面倒を見ろ』と、何もせずに部屋に引き籠るようになってしまわれまして」

「それ、ショックを受けた人間の台詞じゃねぇだろ、どう考えても」

「そうですね」

「同感」


 被害者面して相手を脅迫しているだけだ。見苦しい。


 ギルド長の指摘にマグダレナと私が同意すると、ケネスはぐっと言葉に詰まる。アレクシスが眉を寄せた。


「…それは確かにそうかも知れないが…このままでは我々としても困るのだ」


 一生困ってれば良いと思うよ。喉まで出掛かった言葉を何とか呑み込む。


 あの阿呆2人の言動も言動だけど、こっちもこっちだ。勝手に連れて来ておいて、望んだ成果を上げられないと文句を言う。身勝手にも程がある。


「──そこで、ユウ殿にお願いしたいのです」


 その身勝手さを全く自覚していない深刻な顔で、ケネスが言った。


「この国の発展に力を貸してくれるよう、あの2人を説得していただけませんか?」

「無理だね」

「……は?」

「無理。あと、そんなことする義理もない」


 もう、敬語とか要らないや。


 私は1周回ってスッキリした気分でひらひらと手を振った。


「要は、あの無駄飯食らい2人に働いて欲しいんでしょ? 無理だよ。私の説得程度でどうにかなるような真面目で素直な性格なら、今頃あんなにブクブクに太ってない」


 お説教は受け取る側がきちんと受け取って初めて意味を持つ。最初から聞く気がない相手にお説教したところで時間と労力の無駄だ。


「それに、奴らを説得しても私に一切メリットが無いし」

「ほ、報酬なら、世話係のメイドに準じた金額にさらに上乗せして…」

「安い」

「や、安い?」

「安いと言うか…どれだけ金を積まれてもそんな仕事は受けない」


 金額の問題じゃないんだよ。あと世話係のメイドの賃金プラスアルファって何だ。明らかに『お仕えする側』になれって言ってるじゃん、それ。何の嫌がらせ?


 私はゴリッとした笑みを浮かべた。


「そもそもその依頼、私の一番の望みを思いっ切り否定して来てるから」

「の、望み?」



「──『あの阿呆2人と同じ空気を吸いたくない』」



 言った瞬間、ギルド長がブフッと噴いた。ケネスとアレクシスがぽかんと口を開け、数秒後にケネスがハッと再起動する。


「…い、いや、貴女は勇者殿の妻…なのだろう?」

「だから旦那に働くように促すのは当然だ、って? それとも、旦那に尽くせ? ──冗談じゃない。浮気野郎とその浮気相手の世話係なんて請け負うわけないでしょ、馬鹿馬鹿しい」

「ば、馬鹿馬鹿しい?」

「じゃああんたは、奥さんが浮気してて、『浮気相手と奥さんの方が国にとって重要人物だから、お前が全面的にその2人の後押しをしろ』って言われたらはいそうですかって従うわけ?」

「え…」


 私の例えに、ケネスが固まった。視線を彷徨わせ、徐々に顔色が悪くなって行く。一応、自分の立場に置き換えて想像できる程度には頭が回るらしい。

 最初からその不自然さに気付いて欲しいもんだね。


「あんたらが言ってるのはそういうことだよ。自分たちがどれほど馬鹿げた要求をしてるのか、理解出来た?」

「…」

「…だ、だが、国にとっては重要なことで」

「個人の感情は脇に置いとけって? 私から言わせると、『国にとって重要』だってことこそ、私には関係ない」

「え?」


 沈黙したケネスに代わってアレクシスが食い下がって来たので、私はスパッと切り捨てる。


「だって私はこの国どころか、この世界の人間ですらないからね。この国のことなんざ知ったこっちゃないんだよ。──召喚した人間に国の発展を全面的に押し付けてそれをおかしいとも思わない狂った国は一度滅べ、とは思ってるけど」


『!?』


 過激な言葉にケネスとアレクシスは愕然とするが、


「…まあ気持ちは分かる」

「そうですね…」


 ギルド長とマグダレナは冷静に頷いた。


 私はさらに畳み掛ける。


「そもそも、今回の魔物の異常発生はあの阿呆が引き起こした人為的な災害だったわけだけど、それについてきちんと処分したの? 話を聞く限り、内々に処理してなかったことにした上で私にあの阿呆どもの世話を押し付けようとしてるように見えるんだけど。また同じようなことが起こるかも知れないとは考えないわけ?」

「そ、そこは、その、ユウ殿が上手く…」

「馬鹿なの?」

「…」


 この国、本格的に一度滅んだ方が良いんじゃないだろうか。


 私が心底そう思っていると、コンコン、とドアがノックされた。


「何だ?」

《ワイや、ワイ! 何や面白そうな話しよるな。良いアイデアがあるんやけど、ワイも混ぜてーな!》


 …多分だけど、盗み聞きしてたな。


 テンションの高いスピリタスの念話に、ギルド長は一瞬迷う。代わりにマグダレナが入室許可を出すと、勝手に鍵が開いてドアも開いた。


「…鍵開けの魔法?」

《せやで。便利やろー?》


 自分で勝手に入って来れるのに許可が出るまで待つあたり、変に律儀だ。


 入室したスピリタスは器用に前脚でドアを閉め、元通りにきちんと鍵を掛ける。そして振り返ると、ドヤ顔で胸を張った。



《ほいで、提案な。──『勇者』と『聖女』、元の世界に帰したらエエんちゃう?》









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