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114 脱走する精霊馬


 エレノアとギルド長が自分たちの連続勤務の言い訳をしようとしていると、カウンター横からマグダレナが顔を出した。


「只今戻りました──あらユウ、来ていたのですね」

「お疲れさまです、マグダレナ様。…何で裏庭から?」


 戦いが終わったので、ロセフラーヴァ支部のみんなは昨日隣国へ帰って行った。マグダレナはまだ事後処理が残っているため、シャノンと共にこちらに残留している。ここに居ること自体はおかしくないのだが…。


 裏庭からやって来たのに、『ただいま』とはこれいかに。私が首を傾げると、ああ、とマグダレナが後ろを振り返った。


「それは──」

《ワイと一緒に来たからやな!》

「…わあ」


 ポニーサイズのスピリタスが、グイグイと入って来た。楽しそうだな。


「お前また来たのか」

《レーナを送って来ただけやて。感謝ついでにおやつ食わせてくれてもエエんやで!》

「昨日は昨日で『脱走して来てやった! 帰って欲しけりゃおやつ食わせろ』とか言ってたくせに何言ってやがる」

「え、昨日も来てたの?」


 私が軽く目を見張ると、ギルド長は深く頷いた。


「昨日どころか、防衛戦以降毎日来てるぞ」

「…家出の常習犯?」

《んな人聞きの悪い。自主的な散歩や、散歩》


 いや、昨日自分で『脱走』って言ってたんじゃなかったっけ?


 私がジト目で見詰めていると、スピリタスは一旦目を逸らし、そわそわと前脚で地面をかく仕草をして、



《…仕方ないやん! ヒマやし!》



 いつかのように叫び始めた。


《騎士団で人死にが出たっちゅーんで連日葬式みたいな空気やし、前はおやつくれたメイドさんも執事もみーんなワイのこと遠巻きにしよるし! しまいには『息子が死んだのはお前が騎士団に同行しなかったせいだ!』とか言うてどっかのお貴族サマが突進して来よるし! どないせーっちゅーねん!》

「それは…理不尽だな」

《せやろ!?》


 冒険者は全員生き残ったが、あの阿呆どもに同行した騎士団と魔法師団の『精鋭』には死者が出た。

 グレナから聞いた話では、全て、アビススライムに喰われての死亡だ。遺体も遺留品も残らなかったので、死んだという事実そのものを信じられない遺族も多いし、信じたら信じたでその死の責任を周囲に求める者も多いらしい。


 気の毒だとは思うけど…敢えて突き放した言い方をするなら、それはただの八つ当たりだ。


「騎士団に入った時点で、『自分の命には自分で責任を持つ』って誓約書に署名してるだろ。大体、自分でアビススライム踏んでんだ。スピリタスが居ようと居まいと、結果は同じだったんじゃないか?」

「ええ、そうでしょうね。…遺族が納得できない気持ちも分からなくはないですが」


 対外的には武装集団である騎士団だが、その実、戦うことはまずないし、それっぽく剣を振るってそれっぽく歩いていれば良くて、危険と言えば街で犯罪者を捕らえる時くらい。一度入団すれば一生安泰なオイシイ職業──それが『騎士団』の内情だったらしい。


 だから、今回のような事態は誰も想定していなかったし、本人たちもその家族も、魔物と戦って死ぬかも知れないなんて欠片も考えていなかった。


「今回の『勇者の護衛』も、本当にただついて歩くだけの簡単な仕事だと思っていたようですし」

「ええ…」


 打ち合わせの時、マグダレナがあれだけアレクシスに警告してたのに…。


 …あ、もしかして、部下がアレクシスの言葉自体をまともに聞いてなかった、とか? アレクシス本人も、きちんと危機感持ってたかどうか怪しいもんなあ…。


《ワイ、騎士団抜けてギルドに入りたいんやけど》


 スピリタスが死んだ魚のような目で呟いた。

 くだを巻き始めるスピリタスに、マグダレナが苦笑する。


「それも良いかも知れませんね」


 いや、止めないんかい。


「召喚魔法を廃棄してしまえば、コテツとの『後の時代の勇者を支える』という約束も無効になりますし…」

「召喚魔法の廃棄って…実際出来るんですか?」


 その件は、宴の時に少し話した。


 召喚魔法はマグダレナが特別な材料で作った専用の魔法陣が書かれた紙──のようなものを使うので、それさえ廃棄してしまえば使えなくなるんだそうだ。


 ただ、城の連中が大人しく廃棄に同意するかというと、


「…今、交渉中です…」


 マグダレナが疲労感の滲む顔で呟いた。まあそうなるよね。


 今までずっと、魔物退治も街の整備もその後の文化・文明の発展も異世界から召喚した『勇者』に依存してきたのだ。それをやめろと言われたところでピンと来ないというか…『なんで?』とか真顔で呟きそうだよね、ここのお偉いさん。


 召喚される方からすれば、いきなり非日常の中に放り込まれて勝手に頼りにされるわけで、正直たまったもんじゃないんだけど──『勇者』って呼ばれて有頂天になってたどこぞの阿呆は置いといてな。


「黙ってこっそり燃やしちゃえば良いんじゃないですか?」

「それも考えたのですが…どこに保管されているのか分からないのですよ」


 冗談半分で言ったら真面目に返された。考えたのか、それ。


「最悪、アルに頼んで保管場所を調べてもらおうとは思っています」


 必殺・ケットシー頼み。


 とはいえ、それは最終手段だとマグダレナは言う。この国のお偉方が破棄に同意してくれるのが一番良いので、今後も辛抱強く交渉していくつもりらしい。


(…あっちが考えを変える見込みはほとんどないと思うけど…)


 この国のお偉方からすると、勇者召喚はこの国にとって必須のイベント。国益のためでもある。マグダレナの話も右から左に流している可能性は高いだろう。

 自分に都合の悪い提案を『検討します』で保留にするのは、どこの世界のお偉いさんも得意だと思う。


 マグダレナと一緒になって溜息をついていると、入口の扉が開いて、騎士団長──アレクシスが顔を出した。


「──大変申し訳ない。こちらにスピリタスは来ているだろうか?」


 疲れた顔で訊きつつも、視線は既にポニーサイズのスピリタスを捉えている。スピリタスは防衛線以降、連日ギルドに来ているらしいけど、もしかして毎回アレクシスが迎えに来てるんだろうか。


《なんや、早かったな》


 スピリタスがケロリとした顔で言うと、アレクシスの眉間にしわが寄った。


「…今回は、マグダレナ様を乗せて空を飛んでいるのを部下がしっかり目撃していたのでな」

「あら、少しだけ進歩しましたね」


 マグダレナがにっこりと嫌味を言う。


 ちなみに昨日までは、スピリタスはきっちり兵士を撒いてからここに来ていたため、アレクシスは街の住民に目撃情報を募って探し回っていたそうだ。…いや、ホント大変だな。


「…お褒めの言葉をありがとうございます」


 アレクシスが深く溜息をついて呻いた。


《ほんなら帰ろか。ホントはおやつ食べるまで待って欲しかったんやけど》


 スピリタスが歩き出そうとすると、いや、とアレクシスが首を横に振る。


「カルヴィン殿下──こちらのギルド長と、ユウ殿に相談したいことがある。帰るのはその後だ」

《ホンマか!?》


 スピリタスがぱあっと目を輝かせて、受付カウンターのエレノアに駆け寄った。


《ほんなら、おやつ! 今日はニンジンのグラッセが食いたい気分やなー!》

「…エレノア、そっちの対応を頼む」

「分かりました。ではスピリタスさん、裏庭で待っていてください」

《合点やで!》


 エレノアが苦笑しながら促すと、スピリタスはスキップしそうな足取りで裏庭に出て行った。






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