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112 勝利の宴


 キャロルと共に移動すると、ギルドの裏庭ではものすごい勢いで宴の準備が進んでいた。


「こっちコップが無いぞー!」

「ジョッキで我慢しとけ!」

「火力これで足りるか?」

「馬鹿、強すぎだ! 肉が消し炭になるぞ!」


 何だか大変なことになっている。


 木箱と木の板で作られた急ごしらえのテーブルが4つ。それぞれ、大鍋4つ、串に刺さった生肉と野菜が山盛りになった大皿、そのまま食べられるサラダや揚げ物、フルーツなど、そして酒やジュースやお茶といった飲み物類が所狭しと並んでいる。


 串に刺さった生肉と野菜のテーブルの横では、耐火レンガで組んだ大きなかまどに焼き網が設置され、火力を調整しようと2、3人が奮闘していた。ちょっと薪を突っ込みすぎてるな、あれ…。


《下手くそだなあ…》


 やれやれと首を振ったアルが、魔法で余分な薪を取り除き、火の勢いを落としてくれる。器用だ。


 冒険者たちだけかと思っていたら、ケットシーのみんなも次々集まって来ていた。どうやらルーンが招集を掛けているらしい。隣の屋根の上で、ポンポンと魔法の光を打ち上げているのが見えた。


「おっ、来たな今日の功労者ども」


 ジャスパーが空のジョッキを両手に近付いて来た。


「ほらよ、これを使え。飲み物はあっちにあるからな」

「ええ」

「ありがとう」


 今日の功労者は全員だと思うが、ジャスパーたちが言うには筆頭が私、次点でキャロル、らしい。

 『あの馬鹿デカいゴーレムを瞬殺した人間が『その他大勢』なわけないだろ』と呆れ顔で言われた。


 飲み物のテーブルに近付くと、デールがすぐに場所を空けてくれる。


「デールはお酒じゃないの?」


 確か結構な酒好きだったはずだけど、今注いでいたのは冷たい紅茶だ。私が首を傾げると、デールは何やら深刻な顔で頷いた。


「ジャスパーが言うには、身体強化魔法を掛けた後に酒を飲むと、反動が滅茶苦茶キツくなるらしいんですよ」

「でもビールとか持ってる人、多いよね?」

「……あれはそれを承知でなお飲むことを決めた()()です」

「…わあ」


 そこまでして飲みたいか。キャロルが溜息をついた。


「…全く、あの男どもは…」


 どうなっても知らないわよ、と、地を這うような呟き。


 身体強化魔法の反動はきつい筋肉痛。回復魔法を使ってもあまり効果はないそうだ。

 つまり今ここで酒を飲もうとしている近接戦闘組は、酒狂いか…もしくは、


(筋金入りのドM…?)

「おい、何か失礼なこと考えてないか?」


 ギルド長がやって来た。やだな何も考えてないよ。


「まさかあ。──じゃあ私も紅茶にしとこうかな」

「私もそうするわ」


 自分のジョッキに紅茶を注ぎ、キャロルと交替する。


 この世界、飲み会での『お酌』みたいな文化はない。みんな手酌で好きなものを好きなだけ飲むスタイルだ。自由だし、気楽で良いよね。


 …忘年会でナチュラルに『女性陣は管理職にお酌してー!』とか要求される会社とは違うのだ。

 あれ何だろうね。私らはコンパニオンじゃないんだけど。それ要求するならその分の給料欲しい。


 ちなみに、『コンパニオンみたいなことして給料貰ってた』のがあの『せいじょ』こと美海の所属していた『秘書課』だ。

 秘書とは名ばかりで、お偉いさんに黄色い声を上げてにこにこしてヨイショして取引先との会食でお酌して回るのが仕事。美海のように見た目美人の集まりで、裏では『次期社長の嫁候補が集められて吟味される部署』などと揶揄されていた。


 美海は最初の1年、私と同じ部署に配属されて新人教育を受けた後、秘書課に引き抜かれて行った。まあ事務処理はそれほど得意じゃなかったみたいだから、秘書課は天職だったんじゃないだろうか。何にも知らないフリして「やだーすごーい」って言ってれば良いんだもんな。

 そんなんで『秘書』名乗ってんだから、全国のプロの秘書さんに謝るべきだと思う。


 ──閑話休題。


「賑やかだね」


 グレナとマグダレナがやって来た。すかさず、デールとサイラスが空のコップを渡す。


「あっちに飲み物があるんで、好きなのを選んでください」

「ええ、ありがとう」

「ご苦労だね」


 2人とも何だか疲れた顔をしている。そんなに大変だったんだろうか──いや、大変だったんだろうな。マグダレナは城のお偉いさんと一緒だったし、グレナはあの阿呆御一行のフォローに行ってたし…。


 私たちは昼過ぎに一旦解散したけど、2人はそのまま城に詰めていた。ルーンとアルが『夕方から小王国支部で打ち上げをやる』と伝えてくれて、今ようやく城から抜け出して来たらしい。


 なお、スピリタスは城に帰らず、ちゃっかり裏庭の端で待機している。サイズは小さくなってるけど、目の前に置かれた桶にはなみなみとビールが注がれていた。…精霊馬だから許されるんだろうな、あれ…。


「お疲れさまです、マグダレナ様、グレナ様」


 2人が近付いて来るのに合わせて場所を空け、私が一礼すると、2人は軽く片手を上げて応じた。


「あんたもね、ユウ。街で随分と噂になってるじゃないか」

「えっ」

「防護壁より高い大型のゴーレムを粉砕したそうですね。『白い炎の魔法』も注目を浴びていましたが」

「あっ」


 ここまで来る道中、街で小耳に挟んだようだ。…聞かなくて良いのに…。


 何とも微妙な気分でキャロルと顔を見合わせていたら、マグダレナが苦笑した。


「とにかく皆さん、無事で何よりです。正直、死者が出てもおかしくないと思っていましたから」

「ええ…本当に」


 キャロルが真面目な顔で同意した。ロセフラーヴァのみんなは、それを覚悟の上で参戦してくれたらしい。感謝しかない。


「禁足地に来てた騎士団や魔法師団の連中とは大違いだね」

「え、まさか…」


 グレナが首を横に振った。


「…後で話そうじゃないか。今は、腹を満たしてお互いを労うのが先だ。そうだろ?」

「──そうですね」


 そこで不穏な話題を一旦打ち切る。


 マグダレナはワインを、グレナは蒸留酒の水割りを選び、それぞれのコップに用意した。2人とも結構な酒豪らしい。身体強化魔法の反動を警戒して酒を控えたデールが、ちょっと羨ましそうにしている。


「準備出来たかー?」


 そうこうしているうちに、ギルド長の声が掛かった。


 かまどの火は良い感じに熾火になり、網の上で肉と野菜の串が焼かれ始めている。既にカレーやご飯を確保している人も居て、乾杯の音頭を待っていた。


「いつでも良いぜー!」

「早ーく!」

「腹減った!」

「よーしハラヘリども、そこに直れ!」


 ギルド長の言葉に、男性陣が背筋を伸ばした。何だこのノリ。


 ごほん、とギルド長が咳払いして、



「──みんな、今日は本当にご苦労だった! 全員無事で何よりだ! …というわけで…」



 何故か一斉にこちらへ向き直る。



「冒険者ギルドサブマスター『銀の秘蹟』と、小王国支部顧問『焦熱の魔女』、それからウチの『ゴーレム殺し(キラー)』とロセフラーヴァの『消し炭魔女』に敬意を表して!」


『はあ!?』


「乾杯!」


『乾杯ー!!』



 私とキャロルの声は、みんなの声にかき消される。


「ちょっと、何なの『消し炭魔女』って!?」

「何でその渾名(あだな)定着させようとしてんの!?」


 マグダレナとグレナに敬意を表するのはまだ分かる。でも何で私とキャロルに変な渾名つけてるんだ。


 叫んでいると、ニヤニヤ笑いながらルーンが近付いて来た。


《まあ諦めろよ。もうみんなに認知されてるし》

「…ルーン、さては仕掛け人その1だね?」

《さてなー》


 しらばっくれるが、表情でバレバレだ。くそう、他人事だと思って。


「まあまあ、とりあえず食べましょう姐さん」


 サイラスが焼き上がった肉の串を渡してくれる。脂の滴る色の濃い肉は、多分山鶏──この国ではとても珍しい、山に棲む野生の鶏の肉だ。お値段は普通の鶏の10倍以上、肉屋でも滅多に店頭に並ばない、とっておき。


 …炭火で焼かれた匂いがヤバい。匂いだけでご飯が食べられそう。


「タレもありますよ」


 デールがボウルに入った黒っぽい液体を示した。ちょっと味見してみると、醤油ベースの甘辛ダレだった。

 これは…焼き鳥のアレじゃないか…。


「…って姐さん、それもう焼けてますって!」


 私がタレをつけた肉の串を再度(あぶ)り始めたら、サイラスが驚いた表情で声を上げた。ふふん、甘いな。


「まあ見てなって」

「見て………ん?」

「…何か…」

「……滅茶苦茶良い匂いしないか…?」


 ぞろり、周囲の視線が一斉にこちらを向いた。


 焦げた甘辛ダレの匂いがたまらないだろう。肉を焼く匂いもヤバいけど、これはこれで攻撃力が高いのだ。


「じゃーん。山鶏の炙り焼き、甘辛ダレ仕立て! お好みでスパイスを振るのもアリ!」


 私が掲げた焼き串を、飢えた獣のような視線が追う。



 ──なおその後、甘辛ダレは大変な好評を博し…イーノックはタレを倍量、追加で製造することになった。


 …スマン。







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