111 勝ち鬨と衝撃の事実
ギルド長が周囲を見渡し、よし、と頷いた。
「これで魔物は片付いたな。ルーン、スピリタス、魔素の流れはどうだ?」
《さっきのでむしろ枯渇気味だな。流れ自体は安定してるから大丈夫だろ》
《2、3日で元に戻ると思うで》
お墨付きをもらい、全員がホッと息をつく。これでまだおかわりがあるとか言われたら発狂するところだったよ。
ふー…と長く息を吐いたギルド長が、ニヤリと笑って剣を空高く突き上げた。
「──首都防衛戦、俺たちの勝ちだ!」
『うおおおおおっ──!!』
みんなが一斉に武器や腕を突き上げて雄叫びを上げる。私も一緒になって叫びながら、自然と顔が笑み崩れた。
みんな、大なり小なり怪我をしている。正直汚れもひどいし、周りも死屍累々、ちょっと直視しにくい光景だ。
でも──生きてる。
街を守り切って、全員生き残った。
私たちの勝ち鬨に釣られて、防護壁の上の兵士たちも腕を振り上げたり、振り回したりしている。
カーンカーンカーンと鐘の音が鳴り響き、正門の巨大な扉が開いた。中から駆け出して来たカーマインとオフィーリアが、辺り一帯に散らばる魔物の破片を見てギョッとしている。
復帰はカーマインの方が早かった。
「あんたたち、怪我は!?」
駆け寄って来て──思い切り顔を顰める。
「汚っ! どう戦ったらそうなるのよ!?」
「なりふり構ってられる状況じゃなかったんだよ」
ギルド長が負けず劣らず顰め面で応じた。顔はそんななのに、2人とも何だか楽しそうだ。
《はいはい、夫婦喧嘩はケットシーも喰わないってな》
街の中の防衛に回っていた白いケットシー、アルが、やれやれと肩を竦めた。
…え? ちょっと待って。夫婦? 誰と誰が?
《そいじゃあ余力があるやつ、冒険者どもを丸洗いするぞー!》
《《おーう!》》
《せぇのっ!》
呆気にとられているのがいけなかったらしい。
だばんと水塊が降り注ぎ、私は意識を飛ばしそうになった。
「カーマインとギルド長が夫婦とか、聞いてないよ?」
夕刻。
ギルドのテーブルで一息ついて、ジト目で見詰めたら、ギルド長に思い切り首を傾げられた。
「あれ、言わなかったか?」
「聞いてない」
「ギルド長、言ってないですね、姐さんには」
「確かに」
「言ってないです」
デールとサイラスとエレノアがうんうんと頷く。
同意してくれるのは嬉しいけど…みんな知ってたんかい…。
「あっ、俺らを逆恨みしないでくださいよ姐さん!?」
「こういうのは、本人が申告するのが筋ですよ!?」
まあ確かに。とりあえず、デールとサイラスを睨むのはやめておく。
エレノアは苦笑するばかりだ。
「つまり全部ギルド長のせい、と」
「いや何でだよ! つーか普通は分かるだろ!? あいつの本名知ってるし、村人避難させるのに『カーマインの実家に頼む』とか言ってただろ俺!?」
「昔からの知り合いなら本名知っててもおかしくないし、カーマインの取引先にも避難先の提供をお願いするって言ってたでしょ。それでどうしてカーマインが嫁だって分かるわけ?」
「確かに」
「一理ある」
「ですね」
「あと…」
私はすうっと目を細めた。
「──この支部をゴミ屋敷にしてた山賊もどきが既婚者だなんて、想像出来る? 結婚相手どころか恋人だって居るわけないと思ってたよ」
『うっぐう…』
途端、ギルド長だけでなくデールとサイラスまで胸を押さえて目を逸らした。散らかしてた自覚はあるもんね、君たち。
…でもそういえばカーマインも、店の中、在庫が廊下までみっしり詰まってたっけ。ゴミとごちゃ混ぜかそうじゃないかの違いだけで、物を溜め込むのは一緒か。
そのカーマインは今、オフィーリアたちと一緒に街の外を見回っている。
アビススライムの残党狩りだとか言ってたけど、あれは多分討伐済みの魔物の素材回収が主な目的だ。ユライトシリーズは大部分消し炭になったって言ったら、『何でそんな勿体ないことを!?』って叫んでたし。
…でもあれ、カーマインたちには悪いけど、消し炭になって良かったと思う。大型のユライトウルフとか、毛皮回収出来てたら逆に大変なことになってたんじゃないかな。毛皮のためにあれを出現させる方法を探る人とか出て来そう…。
「よっ、おつかれさん」
遠い目をしていると、ジャスパーたちがやって来た。
全員着替えて軽装になっている。打ち上げは武器を整備して一休みしてからと昼過ぎに一旦解散して、今再集合した感じだ。
「おつかれさん。早かったな」
「みんな腹ペコなもんでな」
言ってるそばから誰かのお腹が鳴る。それも複数。
苦笑し合っていると、奥からイーノックが出て来た。
「みなさん、お待たせしました! 食事の準備が出来ましたよ!」
「来たぁー!」
「待ってました!」
「メシ!」
「この匂い、カレーだな!?」
すごい勢いで食い付く男性陣にも怯まず、イーノックはにこにこと頷く。
「カレーも、あります」
『も!』
「くうっ、魅惑の響きだな!」
「裏庭に用意しますから、運ぶの手伝ってください」
「ああ!」
「任せろ!」
戦いの疲れもどこへやら、食べ物に釣られた冒険者たちは喜び勇んでキッチンへ向かう。身体強化魔法の反動は大体翌日以降に現れるらしいから、まだみんな元気だ。
エレノアが『御用のある方は裏庭まで』というメモ書きをカウンター前に貼り、いそいそとそれに続いた。
奥の方で、あれやこれやと指示するイーノックの声がする。
「やっぱりすごいわね…」
「みんな元気だよね」
キャロルに同意したら、それもあるけど、と苦笑された。
「イーノック。ロセフラーヴァじゃ、あんなに生き生きしてなかったわ。ずーっと俯いてたし、上級冒険者とまともに話も出来なかったのよ?」
「えっ、そうなの?」
でも確かに、あの無法者どもとパーティを組んでいた頃と比べると随分明るくなった。今じゃああやって上手いこと冒険者を動かすことも出来るし。
「彼にとっては、こっちに来て正解だったのね」
目を細める表情が、弟を見守る姉のようだ。新人研修の講師をやってるだけのことはある。
「──さ、私たちも行きましょうか」
視線に気付いたキャロルは、赤くなった頬を誤魔化すようにコホンと咳払いして立ち上がった。
「早くしないと、全部食べられちゃうわ」
「流石に大丈夫だと思うけど…」
防衛戦が終わったのは昼頃。簡単に昼食をとって一休みして、今は夕刻。
ちなみに、街は午前中の防衛戦の話でもちきりだ。防護壁の上から見ていた兵士は結構居たし、街の中でも丘の上の方や少し高い建物の上からなら戦いの様子が見えたらしい。
普段見ることのない冒険者たちの戦い、派手な魔法に派手な魔物、ケットシーが参戦していたこと──とにかく色んな話が飛び交っている。
既に『防衛成功記念セール』などと銘打って商品を売り出している店も多い。なんだったら無料で串焼きを配っている屋台まである。私も1本貰って食べたら、お酒が飲みたくなる濃いめの塩味だった。
その流れで、ギルドには近隣住民から『冒険者へのお礼』と称して大量の食材や酒が持ち込まれている。
イーノックは朝早く起きて私たちに持たせるおにぎりを作り、その後私たちの昼食も用意して、さらに戦闘終了直後の昼過ぎから、その近隣住民の持ち込み食材をひたすら調理していた。
私もちょっとだけ手伝ったけど、もうね。イーノックの包丁さばきがヤバかったよね…『ゾーンに入る』ってこういうことかなって…。プロの料理人も真っ青の働きっぷりだと思う。
そんなわけで、イーノックが作った料理の物量は推して知るべし。そう簡単には食べ尽くされないはずだ。
…多分。