110 焦熱の魔法
数秒後、ぐら、と巨大ゴーレムの身体が傾いだ。
《ユウ!》
空中に放り出される前に、スピリタスが駆け寄って来て私を回収してくれる。
距離を取ってから見遣ると、ゴーレムの身体は左右真っ二つに砕け割れて倒れて行くところだった。我ながら見事な砕きっぷり。今までで五指に入るんじゃないだろうか。
《全く、どんだけ無茶するんや!》
満足して頷いていたら、降って来たのはお説教だった。何か最近、色んな相手に怒られまくってるなあ。何でだろ。
それはともかく、
「拾ってくれてありがとスピリタス。──で、ルーン」
《何だ?》
「もう一段、身体強化重ね掛けしてくれない?」
《…は?》
ルーンにすごい目で見られた。ちょっとルーン、瞳孔開いてるよ。
私はパッと両手を開いて見せた。ウォーハンマーの先端から半分まではゴーレムの目からビームで蒸発しちゃったし、残った柄の部分も右目砕いて瓦礫と一緒に地面に落ちて行った。当然、私の手の中には何も残っていない。
「いやだって、武器壊れちゃったし…後は殴る蹴るでどうにかしないと」
《は? まだ戦う気なんか!?》
スピリタスがギョッとした顔で振り返った。空中を走ってる時は前見て欲しいんだけど。
「え? まだ終わってないでしょ?」
《後は他の連中に任せといたらエエやん!》
「ユライトゴーレムを砕ける人が居たら良いんだけどねー」
超大型ゴーレムは倒したけど、通常サイズのユライトゴーレムはまだうようよ居る。
ロセフラーヴァ支部から来てくれた助っ人の中には重戦士も居るけど、彼の武器は長柄戦斧だ。砕くのには不向きだろう。
つまり現状、ユライトゴーレムに効くレベルの打撃系の攻撃手段は私の殴る蹴るしか残っていない。
丁寧に説明したら、サクラが呆れたように溜息をついた。
《…ゴーレムは素手では砕けないんですよ、普通…》
「大丈夫、普通じゃないから」
《胸を張るな》
ルーンの視線が痛い。
それでも身体強化魔法の重ね掛けをお願いしたら、ルーンは大きく溜息をついた。
《…一応言っとくけど、身体強化魔法の重ね掛けは反動が相っっ当きついからな。一重掛けの比じゃないからな。後で文句言うなよ》
「言わないよ、こっちが要求してるんだから」
一瞬脳裏に過ぎった不安を思考の端に押し込めて頷く。今回の厄介事を片付けたら2、3日くらい休んでもバチは当たらないだろうし、家で寝てれば良いよね。
《──身体強化!》
ルーンの魔法が掛かる。私は礼を述べてから、スピリタスたちに頼みごとをした。
「スピリタスとルーンとサクラは、このまま上空からみんなのフォローをお願い。私は地上に降りてゴーレム片付けて来る」
《しゃーないな…》
《…分かった》
《はい…》
何でそんな不満そうな目を…。
「──じゃあよろしくね!」
その視線を振り切るように、私はスピリタスから直接飛び降りた。
着地と同時に襲い掛かって来たウルフをアッパーカットで吹き飛ばし、近くのゴーレムに思い切り蹴りを入れる。
蹴った胴体の中心からひびが広がり、ゴーレムはばらばらになって崩れ落ちた。やっぱり『力の伝わり方を制御できる』って便利だな。
「ユウ、無茶するな!」
ギルド長たちが合流した。氷の矢で魔物を牽制し、私の方を見て眉を顰める。
「武器はどうした」
「消し飛んだ」
「はあ!?」
「ゴーレムは殴る蹴るで何とかするから、他のやつらよろしく!」
「ちょっ…!」
今は押し問答している暇はないのだ。ゴブリンのナイフをかいくぐり、私は別のゴーレムに突進する。
「オラァ!」
飛び蹴りで頭を砕き、そこから一気に胴体まで破砕する。バラバラになったゴーレムの向こう側に着地するついでに着地地点に居たゴブリンをぶん殴って吹っ飛ばす。
「──ああクソ!」
背後でギルド長の罵声が聞こえた。ウォン、と、背後で魔力が膨れ上がる。
「邪魔すんな! 氷槍!」
氷の槍がゴブリンの集団に着弾して丸ごと氷漬けにするのが視界の端に見えた。ギルド長もやる気だな。
先程スピリタスの背中から見渡した限り、ここ以外に魔物は出現していない。つまり、この場を収めることが出来れば私たちの勝ちだ。
《風刃!》
《炎刃!》
スピリタスとルーンの魔法が合わさり、魔物に降り注ぐ。それを避けた個体はデールとサイラスが狩り、ダメージを受けた個体はジャスパーたちが順に倒して行く。ここに来て連携の噛み合い方が格段に上がっている。
私は片っ端からゴーレムを砕き、魔物の群れの中を飛び回った。
魔物も馬鹿ではない。一瞬でも気を抜けば背後から刺されるし、一瞬でも止まれば襲い掛かられる。結構な数の魔物が私を警戒しているのだ。
だから、私が目立てば目立つほど、仲間たちが魔物を倒すのは容易になる。
そして──
「全員退避して!!」
唐突にキャロルの声が響いた。
ちらりと見遣ると、キャロルとシャノン以下、魔法を使える面々とケットシーたちがずらりと並んでいる。その眼前には、いくつもの魔法陣が並んでいた。
「!」
最後のゴーレムを殴り砕き、私は素早く地を蹴る。ゴブリンの頭を飛び越えて魔物の群れから離れた直後、
《《魔力増幅!》》
《《領域拡張!》》
ケットシーたちの魔法で、魔法使いたちの魔力が膨れ上がる。
キャロル以外の魔法使いたちが杖を振り上げた。
『魔法障壁!!』
ヴォン!と音を立てて、ほんのり白っぽい透明な壁が出現する。本来は防御に使う魔法障壁が、魔物を捕らえるようにぐるりと周囲を囲っている。
さらに間髪入れず、キャロルが杖を魔物の群れに突き付けた。
「獄炎!」
瞬間──音が消えた。
『!?』
青白い光が魔法障壁の中を埋め尽くし、さらに上空に向かってものすごい勢いで立ち上がる。
白い──白いが、多分これは、火柱だ。
(火って、温度が上がれば上がるほど白に近くなるんだっけ…)
ならばこれの温度はいかほどか。魔法障壁のおかげで至近距離でも熱さは感じないが…ちょっと考えたくない。
白い火柱は街の防護壁の3、4倍の高さまで立ち昇り、数秒後、ゆっくりと消えて行った。私は何度か瞬きする。驚きのあまり白い光をバッチリ直視してしまったので、目がチカチカする。
障壁が消えるとぶわっと猛烈な熱が吹き付けて来て、私は慌てて距離を取った。もう火は消えたのに、髪が焦げそうな温度だ。
「うわ…」
見れば、障壁の内側だった場所は完全に焦土と化していた。
当然魔物の姿はなく…と言うか、姿どころか死体もない。所々に転がっている炭化した塊がそうなんだろうか。
中心部分に至っては地面が赤熱している。これ、魔法障壁がなかったら大変なことになってたんじゃ…。
「みんな、無事…!?」
キャロルがシャノンの肩を借りて、ゆっくりと歩み寄って来た。額どころか全身汗だく、足元もおぼつかないようだ。ケットシーたちの補助魔法の支援を受けたとはいえ、こんな威力の魔法を一人で発動したんだから当然か。
「こっちは大丈夫。キャロル、すっごい無茶したね」
「貴女が言って良い台詞じゃないわよ、それ…」
「私もそう思います…」
何故かキャロルとシャノンが呆れ顔になる。解せぬ。
「キャロル、こんな隠し玉いつ習得したんだよ」
ジャスパーが駆け寄って来て苦笑した。そこでようやく、場の空気が緩む。
キャロルはちょっとだけ口の端を上げた。
「こっちに滞在してた時、グレナ様に教わったのよ。私の魔力量じゃ補助魔法込みで1発が限度だけど…『焦熱の魔女』の代名詞とも言える攻城戦級魔法だって言ってたわね」
…グレナが現役時代、毛皮を回収できなかった理由が分かった。
こんな威力の魔法使ってたんじゃ、毛皮なんて残るわけないわ…。