107 小休止
「ユウ!」
戦闘が始まってから、どれだけ経っただろうか。
次の獲物を探して周囲を見渡していたら、下から声が掛けられた。
「小休止だ! 一旦戻って来い!」
「ギルド長? でも…」
まだ魔物は倒し切っていない。少し遠いけど、南の村の方に群れが見える。
そう言おうとしたら、分かってる、とギルド長に機先を制された。
「まだ離れてるだろ。俺たちの目的は『街の防衛』だ、むやみやたらに突撃しようとするな。大体、お前は突っ込めても俺らはついて行けないんだ」
《せやな。ここらで休憩しよか》
《賛成》
スピリタスとルーンにも言われてしまった。ちょっと気落ちしつつ分かったと頷いたら、スピリタスはするすると地上に降りる。
地上には既に全員集まっていた。今回の目的は街全体の防衛だが、戦力は一点集中で、分散させていない。
マグダレナが言うには、魔素消費装置から無作為に発生した魔物は強い魔力や生命力に惹かれる性質があるのだという。
街は結界で守られているから、その外に上級冒険者を中心とした集団が居ればこちらに魔物の注目が集まるのは必然。散らばって戦うよりお互いにフォローし合える状況に居た方が良いだろうということで、こうして集団で戦っている。
なお私は魔法を使えないがそれなり以上に魔力が豊富で生命力も高いそうで、『派手に暴れて魔物を引きつけてください』とも言われている。遊撃手であり囮でもあるってことだ。
(良いんだか悪いんだか)
固着魔法が解けてスピリタスの背中から飛び降りた途端、足から力が抜けて思い切りふらついた。
「姐さん、大丈夫ですか!?」
すぐにサイラスが背中を支えてくれる。うう…格好悪い。
「ありがとサイラス。平気平気」
「ユウさん、怪我は?」
「無いよ。心配してくれてありがと、シャノン」
心配そうな顔に笑顔で応える。
気合いを入れ直して立つと、今度はちゃんと直立出来た。でも頭の中がフワフワしている。
これ多分、ランナーズハイ的なやつ…。自分で思ったより疲れていたらしい。まだまだ行けるつもりだったんだけど。
《俺の身体強化魔法も掛けてたからな。痛みも疲労も感じにくくなってただろ。でも疲れないわけじゃないんだよ》
《それが身体強化のおっそろしいところやな。あと滅茶苦茶腹減るし、翌日以降の反動もヤバいしな》
腹が減るのは実感として確かにある。朝ごはんを食べて来たはずなのに、もう腹ペコだ。しかし、
「反動?」
《せやで》
スピリタス曰く、身体強化魔法を使い過ぎると次の日大変なことになるらしい。具体的には『この世のものとは思えない、めっちゃ激しい筋肉痛に襲われる』とか。
「言うなよ、折角忘れてたのに」
ジャスパーが思い切り苦い顔をした。経験があるらしい。
「え、そんなに?」
私が首を傾げると、ロセフラーヴァからの助っ人たちが次々頷いた。
「そうだぞ」
「あれはなあ…」
「覚悟の上でやるしか」
「オレはもう、ちょっと癖になってる」
「オイ」
苦笑いしたり遠い目をしたり、表情は様々だが、とりあえず本当にヤバいということは分かった。
使わないに越したことはない魔法だからな、と溜息をついているギルド長は、確か身体強化と魔力強化を両方掛けてもらっていたはずだけど…大丈夫なんだろうか。
「ま、それは覚悟しといて、だ。お前らは先に休憩しろ。今のうちにおにぎりでも食っとけ」
朝早くに集合した時、『念のため』とイーノックが全員に小さな包みを渡してくれた。例の葉で包まれたおにぎりだ。私たちよりさらに早起きして、ご飯を炊いて一つ一つ作ってくれたらしい。本当に有り難い。
「じゃあお言葉に甘えて」
ギルド長の指示で、私と他数名が小休止に入る。その他の面子は周囲の警戒だ。みんな慣れてるなと思ったら、魔物の大量発生が起きた時など、交替で休憩をすることはわりとあるのだという。
「魔物の大量発生?」
「洞窟なんかで起こる、スタンピードってやつだな。まあそっちは特定の魔物の群れで、こんなアホみたいな魔物の見本市は今まで見たことがないが」
「小王国は特殊な土地だとは聞いてたが、これはなあ…」
『……』
私とギルド長とデールとサイラスとシャノンはそっと目を逸らす。
スマン、これ人為的に引き起こされた事態だから、自然現象とはわけが違うんだ…。
「──お? 何だこれ、美味いな」
疲れた顔でおにぎりを頬張ったジャスパーが、軽く目を見張った。
「?」
「ほら、これこれ」
見せてくれたおにぎりの中身は、艶々した黒くて細長いものの集合。中に見える白い粒々は白ごまだ。…これは、もしや…
「昆布の佃煮…!」
私も自分のおにぎりにかぶりつくと、甘じょっぱくて懐かしい味が広がった。
一気にテンションが上がる。まさかここで海産物にお目に掛かれるとは…!
「こんぶの…つくだに? 何だそれ」
「昆布っていう海藻の一種を、砂糖と醤油で汁気が無くなるまで煮込んで作る料理だよ。ご飯に合うんだよねえ…!」
「確かに美味い」
「見た目はちょっとアレだけどな」
「てか、醤油って高級品だろ? 海藻だってここらじゃあんまり見ないのに、どうやって手に入れたんだよ」
多分それはフェルマー商会のベイジルの仕業だ。
何だかんだイーノックと和解(?)したらしく、最近は10日に1回くらいの頻度でギルドに来て、新商品のお試しだなんだと理由をつけて高級食材を置いて行く。あと、醤油や味噌、各種スパイスといった珍しい調味料も割引価格で提供してくれる。小王国内の店で買うよりかなり安い。
イーノックがその食材を使った料理のレシピをベイジルに渡してるらしいから、持ちつ持たれつってやつなんだろうけど。
ちなみに昆布の佃煮に関しては、以前私が『醤油を使ったおかずの一種』としてイーノックやベイジルに紹介したことがあった。佃煮そのものは難しくても、昆布は乾燥状態で流通させることが出来るはずだから、見付かったら欲しいと頼んだ覚えもある。
その要望を飛び越えて、こうもあっさり再現してみせるとは。
「ウチのイーノックは優秀だからね」
食材が手に入っても、それを美味しく調理する腕がなければ意味がない。私が胸を張ったら、助っ人の一人が悔しそうな顔をした。
「くそ、こんな特技持ってたなんて…あいつ何で冒険者やってるんだよ。勿体なさ過ぎるだろ」
「私もそう思う。まあでも、本人の希望もあるし」
実質的にはもうほぼ料理人だが、イーノックは今も冒険者だ。そこはまだ譲れないらしい。
「おっ、もう1個は味が違うぞ」
「つーかこの黄色いの、カレーだよな!?」
2個目のおにぎりは、黄色が鮮やかなサフランライスで鶏ひき肉のドライカレーを包んだ『カレーおにぎり』だった。ロセフラーヴァ支部の面々のテンションが上がる。
「マジかよ。手で持って食べられるとか神だろ」
「出先でカレーが食べられるとは…」
ひき肉はあらびきで油分少なめ、だが濃いめの味付けでサフランライスにとてもよく合う。…やるな、イーノック。
それにしても、助っ人の面々の食いつきがヤバい。
「みんなカレー好きすぎない?」
「広めた張本人が言うな」
「他にない味だからな」
「疲れが吹っ飛ぶ感じがするんだよ」
「それな!」
もはやドーピング剤みたいな扱いになってる…。まさかここまでウケるとは。
「最近、ウチの支部の近くにカレー専門店も出来たしな」
「え、マジ?」
「マジ。カレーって匂いがヤバいだろ? 食堂で働かせてくれとかレシピを教えてくれとか希望者が殺到してな。料理長が何人かに作り方を教えたんだよ」
結果、カレーのレシピは街中に広まり、とうとう先月、カレー専門の食堂がオープンしたそうだ。
アンディにレシピ教えた時、確かに『好きにアレンジしてみんなに広めたらいいよ』って軽い気持ちで言ったんだけど…すごいなカレーの魔力…。
「お前ら、仲が良くて何よりだけどな」
周囲を警戒していたギルド長が、恨めしげにこちらを見た。
「さっさと食って交替しろ。滅茶苦茶腹減るんだよその匂い」
「あっ」
見張り中の面々のうち、複数人のお腹が鳴った。
…スマン。




