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104 それぞれの戦い(3) グレナの場合

続いて、グレナ様視点。

 風と火の複合魔法で可能な限り広範囲を焼き払うと、全滅とはいかないまでも、魔物の数はかなり減った。

 通用門から冒険者たちが駆け出し、精霊馬に乗ったユウが凄まじい勢いで飛んで行く。


「──全く、若いね」


 先程の掛け声を思い出し、思わず苦笑が漏れた。


 ──覚悟は良いか、野郎ども!


 あの小柄な体躯からは想像できない、腹の底にズシンと響く声。

 続く攻撃開始の合図も、若い連中の士気を上げるのには十分だっただろう。正直、私も少々心臓が跳ねた。


 つい半年前までは武器の扱いもろくに知らなかった小娘が、先陣を切って魔物に襲い掛かる。目を疑うような光景だが、これが現実だ。


「グレナ」


 そして、こちらも。


「師匠」


 ゆったりとした足取りで歩み寄って来たマグダレナは、私が師事していた頃と寸分違わぬ美少女の姿をしている。傍から見たらすっかり年を食った私の方が師匠に見えるに違いない。


「私はこれより、結界の維持に入ります。グレナ、くれぐれも気を付けて」


 落ち着き払った表情をしているが、目には心配の色が見える。冒険者ギルドのサブマスターなどという御大層な肩書きを持つわりに、一度懐に入れた相手には甘いのだ、この御方は。


「分かってるさ。そっちもしくじらんでくれよ、師匠どの」

「あら…そうですね、肝に銘じます」


 マグダレナは一瞬目を見張り、すぐに微笑んだ。


「──シャノン、私は手筈通り禁足地へ向かう。後は任せたよ」

「あまり深追いはしないように。皆のサポートに徹してください」

「はい! グレナ様もマグダレナ様も、お気をつけて!」


 2人で声を掛けたら、シャノンは真面目な顔で頷いた。


 よしよし、緊張してはいるが、変に気負ってもいないし落ち着いている。これから戦場に出るのには丁度良い。



 キャロルたちにも一声掛けてから、私は防護壁の上から降りた。


 すぐにでも前線に加わりたいところだが、今日は別の役割がある。『あの阿呆がすんなり鍵を戻せるとは思えないので、禁足地へ向かった連中のフォローをお願いします』とユウに頭を下げられたのだ。


(全く、あの子も苦労性だよ…)


 阿呆など放っておけば良いのに、わざわざ気を回して戦力を割くとはね。


 ──ただまあ、今回に関しては仕方がない部分もある。『勇者』以外鍵に触れられない以上、何としてでも奴にやらせるしかないのだ。


 阿呆の世話を騎士団に押し付けても、その騎士団が頼りにならないのは分かり切っている。あの連中に出来るのはせいぜい、酔っ払いの仲裁くらいだ。

 昨日、アレクシスには主な魔物の注意点を伝えたらしいが…覚えているかどうか。


(だからこその私、だがね)


 足早に城へと向かい、正門ではなく東側の通用門を抜けて城内に入る。


 門に見張りの姿はなかった。城の魔力持ちは全員、街を覆う結界魔法の維持に駆り出されているらしいが、不用心すぎやしないかね。

 我が師の『平和ボケにも程がある』という発言を思い出す。全くもってその通りだ。


 城の回廊を通過すると、独特の魔力の流れを感じた。恐らくこれが、結界魔法だろう。

 城の地下に街の防衛のための魔法陣がある──そうマグダレナが指摘した時、城の関係者は誰もその存在を知らなかったらしい。さらにその魔法陣が、今は牢屋として使われている区画にあると判明したら、城の連中はあからさまに嫌悪感を示したそうだ。


 そんな大事なものがある場所を牢屋として使い出したのは自分たちの先祖なのだから、恨むなら先祖を恨めと言いたいところだ。


 ともあれ──結果、城のやんごとなき人々は騎士団や使用人の魔力持ちと魔法師団を巻き込み、牢屋の床の魔法陣に魔力を注ぐことになった。


 その区画に収監されていたのは軽犯罪者だったため、一旦保釈されたらしいが…そいつらが問題を起こさないことを祈るしかない。


(騎士団の余剰人員はどこまで仕事をしてくれるかね…)


 騎士団と魔法師団の精鋭は『勇者』と『聖女』と共に禁足地へ。残りの魔力持ちは結界魔法の維持に。

 となると、今街を巡回している騎士団員の実力は推して知るべし。恐らく、今回助っ人として名乗りを上げたオフィーリアとその部下たちの方がよほど頼りになる。



「…ああ、なるほどね」


 禁足地への侵入ルートは大雑把にしか教えられていなかったが、実際来てみたらすぐに分かった。


 城の北側、防護壁のメンテナンス用の通用門を出てすぐの場所から、下草や枝を切り払った即席の道が続いている。

 よくもまあ、こんな鬱蒼とした場所から入ろうと思ったもんだ。少し森に詳しい者なら、獣道なりなんなり、歩きやすい場所を探しただろうに。


 とはいえ、これなら追い付くのは難しくなさそうだ。魔物の気配に注意しながら歩を進めると、5分そこそこで少し拓けた場所に出た。


「…うん?」


 拓けたというか、拓いた、というか──草を刈った後の青臭さと血と汗の臭い。状況からして、ここで魔物に襲われたらしい。その証拠に、


「ひっ…!」


 こちらを見て小さく声を上げる、若い騎士。右のふくらはぎのあたりを負傷していて、動揺しているのも分かるが──こっちの顔を見て悲鳴を上げるたぁ、ご挨拶だね。


「落ち着きな。わたしは冒険者ギルド小王国支部顧問のグレナだよ。こっちの助勢に来たんだが──他の連中は先に進んだのかい?」


 右手奥に道が続いているし、真新しい足跡もある。見れば分かることをわざわざ訊くのは、騎士を正気に戻すためだ。

 騎士はきょろきょろと周囲を見渡し、青い顔で頷いた。


「ゆ、勇者様たちは先に行った。俺たち怪我人は、城へ帰るように言われ…っ!」


 サッと顔が強張る。視線の先には──ああ、そういうことかい。


火球(ファイアボール)!」


 即座に魔法を放ち、地面に転がっていたアビススライムを始末する。続けざまに5、6体ほど倒すと、騎士は呆然を目を見開いた。

 私は知っていて放置していたんだが…こいつは気付いてなかったらしいね。


「アビススライムは動きがやたら遅いから、居ると分かってれば火魔法使いにとっちゃ大した脅威じゃないんだよ。上司に教わらなかったかい?」

「あ、アビススライム? これが…?」


 …どうやら、教えられたことが現実と結びついていなかったらしい。これだから箱入りどもは…。


「ああそうだよ。──で? 『俺()()怪我人は』ってことは、他にも居たんだろう? そいつらはどうしたんだい」


 訊くと、また騎士の顔に恐怖が浮かんだ。


「み、みんな…アビススライムに…」

「…はあ?」


 よくよく話を聞くと、怪我人はこの騎士を含めて3人、その護衛として残っていたのが3人。

 最初、足を怪我していた1人がアビススライムに喰われ、状況が分からず迂闊に近付いた護衛役も喰われ──パニックになった他の連中はてんでバラバラに逃げ出そうとして、それぞれ別個体のアビススライムを踏んで片っ端から喰われたらしい。

 結果、足の痛みで動けなかったこいつだけが生き残った、と。


 …アビススライムは自力ではほとんど移動しないから、ちゃんと見ていれば──分裂に気を付けさえすれば、回避は簡単だってのに…。


(揃いも揃って、大馬鹿者だね)


 その大馬鹿っぷりが死に直結しているのだから目も当てられない。先に行った阿呆どもが生きていると良いが…。


「あんた、立てるかい?」

「足が、痛くて…」

「骨が折れてるわけでも筋肉が切れてるわけでもないだろ。根性で立ちな」


 見たところウルフか何かにやられた、それほど深くもない咬み傷だ。歩けないわけではない。

 涙目になる騎士を、私は冷ややかに一瞥した。


「歩けないなら置いてくよ。アビススライムに喰われたって知らないからね」

「…!!」


 騎士が真っ青になって立ち上がった。

 ほら、動けるじゃないか。


「さあ、行くよ」


 先頭に立って歩き出すと、騎士も足を引きずりながらついて来る。道中のアビススライムを焼きながら歩くこと十数分、前方で悲鳴じみた声が上がり──不自然に途切れた。

 ああ、これは…やられたね。


「…」


 覚えがある状況なのだろう、騎士が身を硬くする。

 私はスタスタと前に進み、集っている一団を確認して即座に魔法を放った。


火炎嵐(ファイアストーム)!」

『!?』


 炎の壁が周囲を覆い、地面を舐めるように焼き尽くす。一団を包囲していたアビススライムの気配が大体なくなったのを確認してから、私は炎を消した。


「生きてるかい、ガキども」


 声をかけると、アレクシスが目を見開いた。


「グ、グレナ殿…!?」


 何故ここに、と続けられたので、思い切り睨み付けておく。


「ユウの頼みさ。全く、()()()()()ガキどもだよ」

「…」


 お前らじゃあ頼りにならない、という皮肉は珍しくちゃんと通じたらしい。アレクシスが青い顔で沈黙する。


 が、通じなかった輩も居た。



「優の頼み、だと!? あいつやっぱり、自分だけ安全な場所に避難してるな!?」

「ずるいわ! 私たちはこんなに苦労してるのに!」


「あ゛あ゛?」


『!!』



 私が睨んだ途端、ブタ2匹──『勇者』と『聖女』がビクッと固まる。


「お前らはただただ守られながら歩いてるだけだろ。ユウは最前線に出てるんだ。一緒にするんじゃないよ」

「そっ、そんなの信じられるか!」


 …あの子が『あの阿呆と結婚したことは人生最大の汚点』と無の表情で呟いていた気持ちが分かったよ。


 これは、ダメだね。


「なら、見てみれば良い」

「へっ?」


 私は『勇者』の前に魔法を展開した。遠くの光景を映す特殊な魔法だ。霧の中に鏡のようなものが現れ、そこに映っていたのは──



『……』



 ケットシーと共に精霊馬に乗って空中を駆け、ゴーレムやサイクロプスといった大型の魔物を片っ端から粉砕していく、鬼のような形相のユウの姿。

 …今日は一段と鬼気迫ってるね。


「──これで分かったかい?」


 他の冒険者たちの戦う姿も見せた後、私は絶句する連中に告げた。


「分かったらさっさと進みな。でないと私がお前たちの尻に火を点けるよ」







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