102 それぞれの戦い(1) 助っ人冒険者の場合
ここから数話ほど、主人公以外の視点が入ります。
まずは隣国支部からの助っ人冒険者視点です。
小王国支部へ助力に行くから同行しろ、という指示が降りて来た時、俺は正直なところ、あまり乗り気ではなかった。
俺も一応、ロセフラーヴァ支部の上級冒険者だ。他の支部に応援に行ったこともあるから、ウチの支部のエイブラムの強権っぷりがおかしいという認識はあった。だから、奴からギルド長の地位を取り上げ、盗っ人どもを片っ端から処罰していったマグダレナの手腕には感服したし、感謝もしていた。
だが──だからこそ、小王国へと言われた時に『何故』と思ったのだ。
小王国はロセフラーヴァの街の北に位置する文字通りの『小国』で、冒険者ギルドの支部も一つしかない。
一度だけ観光目的の貴族を護衛して行ったことがあるが、良く言えば風光明媚、悪く言えば目欲しいものは湖くらいしかない、田舎のちょっとした街だった。道中、魔物にも殆ど遭遇しなかった。
田舎にしては魔物の少ない、極めて平和な国。それが俺にとっての小王国のイメージだったから、上級冒険者を10人も必要とする事態が全く思い浮かばなかった。
俺以外の招集された上級冒険者たちも同じような反応だったが、2人だけ──ウチのトップランカーであるジャスパーと、そのパートナーのキャロルだけは、深刻な顔をしていた。
2人は数ヶ月前、エイブラムが失脚してすぐの頃に小王国支部へ赴き、あちらの状況を1ヶ月程かけて確認して来た。
その2人が言うには、小王国の魔物は特別で、ロセフラーヴァ近郊に出没する魔物とは格が違うらしい。
マグダレナ曰く、小王国の異変とは『地下を流れる魔素の乱れ』。魔物の出現頻度の増加や活性化には魔素が深く関わっているから、もし本当に地下の魔素に異変が起こっているなら、小王国は大変なことになる──それがジャスパーとキャロルの見立てだった。
冗談を言っているようには見えない表情に、俺も、他の者たちも反論を呑み込んだ。
──そして。
翌朝、まだ小王国支部からの支援要請が届いていない状態で国境の関所に待機していた俺たちは、何らかの方法で情報を得たマグダレナの指示で小王国に入り、そこでようやく小王国支部の支援要請の文書を受け取った。
本来はその文書を受け取ってから動き出すものだ。マグダレナは先手を打ちすぎではないか──その時はそう思った。
だが、そんなことは全くなかった。
首都アルバトリアへ向かう道中、南の村から首都に避難する途中だという農民たちに出会った。
自分たちを護衛してくれていた小王国支部の冒険者が、魔物を足止めするためにこの先で戦っているから助けて欲しい──その願いを受けて、マグダレナはキャロル他3名を助力に向かわせた。
全員で行かなかったのは、他の場所でも同じようなことが起きているかも知れないというマグダレナの予想があったからだ。
そうして着いた首都アルバトリアの門前には、南東の村から避難して来た農民たちが居た。
彼らは、北の村から帰って来たばかりだという小王国支部のギルド長に『ユウを助けてくれ』と訴えていた。
ユウ──ウチの支部に新人研修を受けに来ていた小王国支部の冒険者だ。俺は直接話をする機会はなかったが、ソルジャーアントの巣の殲滅に一役買った、新人にあるまじき実力を持つウォーハンマー使い。
あと、ウチの支部に『カレー』を広めた張本人。
マグダレナはその場でジャスパーと俺ともう一人の仲間、それから弟子のシャノンを指名し、『自分たちが助けに行く』と宣言した。
向かった場所に居たのは、例の新人冒険者。
全身血まみれ埃まみれなのに、片っ端からウォーハンマーで魔物を叩き潰すバーサーカーだった。
呆然と見ている間に、ユウは足元から小さな影を拾い上げて走り出し、飛び掛かって来たウルフを頭突きで吹っ飛ばして──突然何かに躓いて体勢を崩した。
ユウに襲い掛かるキラーベアの姿にあっと声を上げたのは、自分か、それとも他の人間か。
ともあれ──その後間一髪、シャノンとマグダレナの魔法で難を逃れたユウは、一瞬前に死に掛けていたとは思えないほど平然としていた。
胆力が違う、そう思った。
そして、今日。
小王国支部のギルド長から『戦闘開始の合図をしろ』と無茶振りされた彼女は、とても嫌そうな顔をしていた。
そりゃあそうだろう。あっちは冒険者登録して半年そこそこの新人。他の面子は大部分が歴戦の冒険者、年季が違う。そんな相手に気合いを入れるための声掛けをするなんて、俺だって二の足を踏む。
だが。
精霊馬に乗って空中に駆け上がった彼女は、外を見遣るとガラリと雰囲気が変わった。
ピリッと空気が張り詰める。
そうして轟いたのは──
「──覚悟は良いか、野郎ども!!」
(…!)
腹に響く芯のある声に、全身がぞくりとした。
──これは、本物だ。
『おおっ!!』
血が沸き立つ。視界が拓ける。
心のままに俺たちが叫ぶと、ユウはウォーハンマーを軽々と片手で掲げ、真っ直ぐに魔物の群れが居るらしい方向を指し示した。
「魔法、ぶっ放せ!!」
風魔法と火魔法の複合技。防護壁の向こうの空が、一瞬オレンジ色に染まる。
その中で、業炎を見詰めるユウは微動だにしなかった。
やがて炎がおさまると、再びの号令。
「近距離組、行くぞ!」
『応!』
俺たちが通用門を通って外へ飛び出すと、その頭上を精霊馬に乗ったユウが駆け抜けて行った。
前方には種類も個体数も統一感のない魔物の群れ。洞窟や平原で魔物が大量発生して暴走する『スタンピード』という現象は稀に観察されるが、それは基本的に単一種、精々2種類か3種類くらいの魔物の群れだ。こんなに無秩序な混成群は見たことがない。
ユウを乗せた精霊馬は、その中でも一際巨大なゴーレム系の魔物に突進し──ユウが振るったウォーハンマーで、ゴーレムの頭が大きくえぐれた。
その直後、ゴーレムは頭を精霊馬に完全に踏み砕かれ、全身がバラバラに崩壊する。
あまりのあっけなさとあまりの破壊力に、俺は開いた口が塞がらなかった。
「何だあれは…」
「ユウは普通じゃないんだよ」
隣を走っていたジャスパーが、呆れたように笑う。
確かに、普通じゃない。次に狙われた岩石系のゴーレムは、一撃で粉々に粉砕されている。あんな壊れ方、見たことがない。
「──俺らも負けてられないぜ!」
ジャスパーが剣を抜き、自分に身体強化を掛ける。
「…そうだな!」
俺も武器を手にスピードを上げた。
「小型の雑魚は任せてくれ!」
「助かる!」
俺の武器は、右手に長剣、左手に短剣の変則的な双剣。長剣は普通の剣だが、短剣は火属性の魔剣だ。
常に熱を帯び、ごく小さい火球なら放てるので、今回、例のアビススライムの討伐に活躍できそうな気がする。
──正直、あれほど厄介な魔物はない。
昨日ユウの助力に行った際に目の当たりにしたアビススライムの特性は、俺の知る既存のスライムとはあまりにもかけ離れていた。
何より、『触れたら終わる』という理不尽なまでの能力。見付け次第倒せ、無理なら即座に火魔法使いを呼べとマグダレナが厳命するだけのことはある。
初撃の業火で倒されていれば良いが──
「…!」
視界の端に灰色の影が見えた。即座に火球をぶつけると、ジュッと音がして灰色の物体が弾け飛ぶ。
「アビススライムが居るぞ! 気を付けろ!」
「了解!」
「こっちも居た! 頼む!」
「任せろ!」
俺が声を上げると、あちらこちらで応じる声がする。
俺は剣を構え直し、飛び掛かって来たウルフを切り捨てた。
(──これは、俺の人生始まって以来の大仕事だな…!)
きついときこそ笑え。剣の師の教えが不意に頭をよぎる。
口の端を上げて、俺は再び駆け出した。




