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101 鬨の声


「よーし、じゃあユウ、初撃の合図を頼む。ああその前に、気合いを入れる掛け声もな」

「へっ?」


 いきなりギルド長に言われ、私は慌てて下を見る。

 みんなとがっつり目が合った。ああなるほど、飛んでる私が一番目立つから…。


「私、何の肩書きもない、ただの新人冒険者なんだけど」

「史上最速で『中の上』までランクアップした奴が何言ってる」


 確かにギルド長の指摘通り、私は今『上級に近い中級』、Bランクの冒険者になっている。


 ただそれは先月、小王国に出現する固有種の魔物が全て上位種または最上位種相当だと正式に認定されたからだ。後追いで討伐実績が上方修正された結果、『初心者』のEランクからいきなり『ベテラン』のBランクまで上がってしまった。


 なおデールとサイラスも、同じ理由でDランクからBランクに上がっている。私より上昇幅が少ないのは、魔物討伐にかまけてその他の依頼をあまり受けていないからだそうだ。

 魔物討伐実績だけなら現時点で一般的な上級冒険者を余裕で超える。でも実際にAランク──上級冒険者になるには、魔物討伐以外の依頼も一定以上経験していなければいけないらしい。ジャスパーたちが居た頃はちょっとだけやってたけど、街の依頼を避けて来たツケが来たな。


 もっとも本人たちはBランクになった時点で目を白黒させていたので、Aランクにならなくてかえって良かったのかも知れない。


 ──閑話休題。


「大体お前、城に殴り込みに行っといて新人もなにもないだろ」

「それギルド長とマグダレナ様も一緒だったよね!?」


 公衆の面前で何てこと言うんだ。誤解されるじゃないか。


 …ああもう、カーマインたちも冒険者のみんなもケットシーたちもニヤニヤしてるし…。


「…気合い入れるとか言われても、何言ったら良いの?」


 あれか、集団競技の試合前に円陣組んで叫ぶやつみたいな。やったことないけど。

 私が困惑気味に首を傾げると、ギルド長はにやりと笑う。


「何でも良いぞ。まあ冒険者だからお上品な感じじゃダメだな。あの阿呆を恫喝してた時くらいの感じで丁度良い」

「ええ…」


 ここで私の口の悪さを披露しろって? 何の拷問?

 でもこの状況で変に躊躇(ためら)っても士気を下げるだけだ。それは流石に分かる。


(これは覚悟を決めるしか…)


 恥は捨てろと自分に言い聞かせる。中途半端な方が余計に格好悪いし、結果的に恥ずかしい思いをすることになる。


 恫喝…恫喝ね…みんないい大人だし、多少変なこと言ってもその場のノリと勢いで流してくれるだろ。っていうか流してくれ。信じてるぞ。



「…分かった」



 私が少し低い声で応えたら、お?とギルド長が片眉を上げた。

 みんなが注目する中、スピリタスに頼んで壁より高く飛び上がる。


 拓けた視界に飛び込んで来たのは、湿原に集う大小様々な魔物の大群。明るい中でそれを目の当たりにして、流石に背中がぞくりとする。


 昨日の夜の時点で、既に結構な数の魔物が出現していた。作戦会議中、今のうちにある程度数を減らしておいた方が良いのではという意見も出たが、『暗闇で戦うのはこちらに不利です』とマグダレナに止められた。

 確かに、明かりの魔法を使っても夜は夜。うっかりアビススライムでも踏んだら目も当てられない。


 そんなわけで、昨夜はマグダレナが通用門や正門に強化魔法を掛け、そこにケットシーたちが隠蔽魔法を重ねて、魔物を刺激しないように一夜を明かしたのだが──思ったより数が増えていないのは、共食いの結果か、それともまたどこかでアビススライムが出現しているせいか。


 疑念は一旦横に置いて視線を巡らせると、防護壁の上で杖を掲げたマグダレナと目が合った。


「──」


 薄らと笑みを浮かべたマグダレナが、一つ頷く。グレナもシャノンもキャロルたちも、こちらを見上げている。その眼前には、それぞれいつでも発動できる状態の魔法陣が浮かんでいた。


「…ルーン、スピリタス、出来れば耳塞いどいて。大声出すから」

《分かった》

《おう》


 2匹がぺたんと耳を伏せるのを確認してから、私は深く息を吸い込み──そして。




「──覚悟は良いか、野郎ども!!」



『おおっ!!』




 腹から出した大音声に、それ以上の雄叫びが応えた。

 大気がビリビリと震え、周囲で見守っていた人々が何事かと目を見張る。


 私はウォーハンマーを片手で持ち、魔物の群れの中央付近を指し示した。



「魔法、ぶっ放せ!!」


気紛れ(ウィムズィクル)暴風(・カレント)!』

火炎嵐(ファイアストーム)!』



 風と火の広範囲魔法が合わさり、一気に膨れ上がって魔物の群れに襲い掛かる。

 見渡す限りが一瞬火の海になり、轟音が響いた。


 でも、爆風や高熱はこちらまでは届かない。


 マグダレナがその存在を教えた街全体を守る結界の魔法を、城に居る国王や貴族たちが発動させているのだ。

 もっとも、彼らだけで結界を維持できるのはほんの数十分。万全を期すために、マグダレナはこの後、攻撃ではなく結界の維持に回ることになっている。


 火の勢いが弱まったのを見計らって、私は地上に合図を送った。



「近距離組、行くぞ!」


『応!』



 通用門が開き、ギルド長たちが街の外へ飛び出して行く。

 背後で人々が息を呑む気配。開いた門の隙間から、外の光景を見たのだろう。


 私はスピリタスとルーンと共にそのまま防護壁を飛び越え、ギルド長たちの頭上も通過する。──本当に速い。あっという間に魔物の群れが近付いて来た。


「スピリタス、まずあいつ!」

《おう!》


 少し後方のゴーレムっぽい魔物に狙いを定める。炎に耐え、街に突進しようとしているそいつは、他の魔物より明らかに大きい。

 身長おおよそ5メートルの黒灰色の巨人。スピリタスがにやりと笑った。



《飛ばすでぇ!》



 実はこの精霊馬、かなり喧嘩っ早いらしい。騎士団やら『勇者()』やらが見回りに出た後やたら魔物が出現していたのは、スピリタスがわざと地下の魔素の流れをかき乱していたから、だそうだ。

 そうやって定期的に少しずつ『ガス抜き』していれば魔素が溢れる確率は下がるし、装置の負担も減る。上手く行けば騎士団が出動して、自分も暴れられると思ったらしい。

 『まあ無駄やったけどな!』と笑い飛ばしたスピリタスは、マグダレナとギルド長に叩かれていた。


 そんな性格なので、魔物を前に怯むはずもなく──



《今や! ぶちかませぇ!》


「はああっ!!」



 黒灰色のゴーレムの頭部ギリギリをすり抜けるスピリタスの上で、私はウォーハンマーを横殴りに振るった。



 ──ボン!



 岩を叩いたにしては妙に濁った音と共に、ゴーレムの頭がウォーハンマーの形に()()()()()


「うえっ!?」

《ははっ、勢い良すぎやな!》


 スピリタスがくるりと取って返し、足でゴーレムの頭を蹴り砕く。そこからひびが広がり、ゴーレムはばらばらと崩れて行った。


 様子を観察していたルーンが呟く。


《金属とか岩石系じゃなくて、硬い土のゴーレムだったみたいだな。あとユウ、スピリタスの突進のスピードが加わるから、いつもより破壊力──と言うか、貫通力が上がってるんじゃないか?》

「あっ」

《ほんなら、ハンマーで打ったところから力が広ーく拡散するのをイメージしたらええ》

「イメージ?」


 私が首を傾げると、スピリタスは次の獲物目掛けて空中を駆けながらにやりと笑った。


《スキル『剛力』の裏技でな、力の伝わり方を操れるらしいで。まっ、コテツの受け売りやけどな》


 何と『建国の勇者コテツ』も『剛力』持ちで、その裏技を駆使して『薄刃の剣で岩を砕く』といった目を疑うような戦い方をしていたらしい。

 なるほど、それなら…


《ほれ、次やで!》


 打撃点から放射状に衝撃が広がるのを強くイメージしながら、先程のより一回り小さい岩石系のゴーレムにウォーハンマーを叩き付ける。



 ──ゴバッ!



 胸あたりに打ち込んだら一瞬で全身にひびが走り、ゴーレムは弾け飛ぶように砕け散った。


《ヒュウ!》

「うっわあ…」


 自分でやっといてアレだけど、ドン引きだわあ…。


《よっしゃ、この調子で行くでー!!》


 スピリタスのテンションが高い。ルーンは無言で呆れている。


 …まあ、変に悲壮な覚悟で戦うよりは良いよね。

 今回はあの阿呆が鍵を戻して、残った魔物を倒し切るまで街を防衛出来れば良いだけだし…。


「スピリタス、次あのデカブツ!」

《任せい!》


 私の指示に、スピリタスが嬉々として空を駆ける。


 背後では、他の冒険者たちの戦いも始まっていた。








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